2-13 商人の矜持
ーーオラクル。
エルザから転移魔法で逃れた俺たちは、馬車を返してすぐに宿屋に向かう。
併設された食堂に座ると、はぁ~っと盛大にため息をついた。
「なんなんだよあいつは......。あんなに好戦的なやつだったなんて」
「確かにあの見た目からは想像できないわね。びっくりしちゃった」
「お前がいうか」
「はぁ?」
「そういうとこだよ」
どの口で賛同してるんだか、うちのミス猫被りは......。
そんなやりとりを交わしながら、俺は机に突っ伏して再度ため息をついた。
「おもしろいお姉ちゃんやったね」
「うん、また会いたいなぁ」
「勘弁してくれぇ」
無邪気に再会のフラグを立てようとするちびっ子二人の言葉に背筋が寒くなるのを感じてしまった。
とはいえ、先に進まないといけない以上、また途中で出くわさないとも限らない。できる限りあの辺りは転移魔法で進むことにしよう。うん、そうしよう。
内心で固い決意を固め、俺たちは食事の到着を今か今かと待ち受けるのだった。
食後、俺たちは”夕暮れの鐘”へと向かう。先日話した専属契約を交わすためだ。
入口の扉を開けて中に入る。
「いらっしゃいませ。何かお求めですか?」
従業員の一人がこちらを見て声をかけてくる。
「あぁ、会頭のロイに会いに来たんですが。専属契約の件で」
「あ、イオリ様ご一行でございましたか。失礼いたしました。すぐに会頭に伝えますので、どうぞこちらへ」
従業員が俺たちを先導し、応接間へと通される。
ほどなくしてオーウェンとロイが入ってきた。
「お待たせしてしまって申し訳ない。ようこそおいでくださいました」
「あぁ、専属契約を交わしに来た」
「はい。それでは早速契約と参りましょう」
ロイがオーウェンから書類一式を受け取り、こちらに提示する。
条件などに目を通し、先日提示されたものと変わりがないことを確認し、名前を記入する。
白石にも紙を渡して記名してもらい、ロイへと書類を返した。
「......はい、問題ございません。これで我が商会とイオリ様方との専属契約が成立いたしました。あとの手続きは私どものほうでやっておきますので、イオリ様方にしていただかねばならない手続きは以上です」
「そうか。じゃあ改めてよろしく」
「こちらこそ」
再度ロイとオーウェンと握手を交わし、晴れて専属契約が成立した。
その後流れで、先日助けた礼として、俺と白石は装備を何か1つもらうことにする。
店舗スペースへと移動して順繰りに武具や防具を見て回る。
さすがは商業都市だけあって、王都の店と見劣りしない品ぞろえに俺は舌を巻いた。
「すごいな。王都の店の品ぞろえと変わらない。夕暮れの鐘って、ひょっとしてかなりの大手だったのか?」
「いえいえそんな。うちはオラクルでは中堅といったところでしょうね。大手の店の品ぞろえにはさすがに敵いません」
「へぇ、これで中堅って......」
「大手はその資金力を使って折り紙つきの実力の冒険者と専属契約を結んでいます。旅の護衛はもちろんのこと、冒険者の手に入れた珍しい一品を買い取って、一級品の道具をそろえたりと、真似しようにもなかなかできないのですよ」
「なるほどな。ちなみに、最大手っていうとどんなのがあるんだ?」
「ひょっとして、鞍替えをお考えで?」
ロイがこれは困った、といった表情で軽口をたたく。
しかし、口調から本気でないのが丸わかりだ。
「まさか。せっかくできた縁を切ってまで、よく知りもしない連中の傘下に加わろうとは思わないよ」
「そう言っていただけて何よりです」
ここ数日で、ロイとはかなり気楽に話せるようになった。
商人としての口のうまさもあるだろうが、何よりもロイから感じられる人の良さが俺にとっては心地のいいものだったのだ。
「で、最大手の商会ですが、オラクルで......というか、この国で三指に数えられるのは、”グリジット商会”、”泡沫の船団”、”黄昏の秋風”の3つでしょうか。前の2つは歴史ある商会で、最後の黄昏の秋風は、ここ数年で爆発的な成長を遂げている商会ですね」
「へぇ。そんな急成長を遂げてるのか」
「そうですね......」
不意にロイの口調に影が差したように感じ、俺は何事かとひっかかりを覚える。
「なにかあるのか?」
「いえ、別に大したことではありませんよ。ただ、あちらの主義と私はどうしても相容れないといいますか......」
「というと?」
「まぁ隠すことでもないのでお話ししますが、黄昏の秋風の気風というのは、簡単にいえば利益至上主義とでもいいましょうか。要は、儲けのためなら多少の無茶もいとわない強引な手法が散見されるのです」
「......なるほど。ちなみに、法に触れるようなことなのか?」
「それはなんとも。明白な違法行為は行っていないとは思いますが......」
「グレーなことなら......ってことか」
「はい。彼らの商売で涙を流す人も多いのですよ。私はそういった考え方にはどうしても賛同できかねます。あそことは設立した時期も近く、当初はお互いに切磋琢磨していたような間柄ですが、彼らのようなやり方をとってまで、利益を得ようとは私には到底思えないのですよ」
ロイは視線をどこともない方へと向ける。
その瞳には悲哀の色が浮かんでいるように俺には感じられた。
「会頭......」
オーウェンもそんなロイの姿を物憂げに見つめている。
「俺はロイのやり方でいいと思う」
「イオリ様......」
「確かにやり方は人それぞれだ。俺のもといた世界も、弱肉強食っていうか、富める者と貧しい者、勝ち組と負け組を生み出すことを容認するシステムの下に経済が成り立ってたし。
生き馬の目を抜くようなやり方で利益を上げて羽振りよく暮らしてるやつもたくさんいるし、法律を破ることすら躊躇わない連中だってたくさんいた。
だけど、たくさん儲けたやつが偉いってわけじゃない。貧しいやつだって、その生活の中に幸せを感じられればそれでいいんだと思う。
だから、ロイの仁義を重んじる考え方は間違ってないし、俺はその姿勢にすごく共感したからこそ、夕暮れの鐘と専属契約を結んだんだ」
「......」
「それに、ロイの思想に共感してるのは、俺だけじゃないと思うぞ? な?」
俺はロイの傍らのオーウェンに視線を向ける。
すると、オーウェンは俺に穏やかな笑みを向けた後、ロイに語りかける。
「イオリ様のおっしゃるとおりです。あなたは間違っていない。
私たちはあなたの姿勢に感銘を受けたからこそ、身を粉にして働けるのです。
あなたの信念を以て、いずれこの国で最大の商会になる。それが私たちの夢ですよ」
心から晴れ晴れとした表情でロイに語りかけるオーウェン。
ロイはそんな俺たちの顔を交互に見渡し、
「ありがとうございます......。私は果報者ですね」
「ま、お礼はきっちりもらうけどな」
「えぇ、もちろん」
軽口をたたき、場が和やかな雰囲気に包まれる。
ロイが俺よりも大分年上だからだろうか、それとも乗せられているのかは定かではないが、俺は当初の打算でできた関係としてだけではなく、一人の人間としてロイと絆が深まったのを感じていた。
同年代とは明確に壁を感じるし、作っている俺だが、こういう気の置けない存在と久しぶりに邂逅できたことに、俺はささやかな喜びを覚える。
(異世界の日々も悪いことばかりじゃないな)
そんなことを考えながら、
「それじゃあ、報酬の品定めに戻りますかね」
「はい。説明はお任せください」
俺たちは装備の品定めへと戻るのだった。