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2-12 戦闘狂

『みんな、いらっしゃい』


 エルザがそんな言葉を紡ぐと、ゴウッとエルザの周囲に風が吹き荒れる。

 それは次第に集まり、4つの塊を形作った。 

 その内側から魔力のようなものを感じたかと思うと、次の瞬間それらの塊がはじけ、中から何か得体のしれない存在が現れた。


 どれも大きさは全長40㎝くらいか。思ったよりも小さい。

 そういえば仮初の姿ってエルザが言ってたし、小さくなって顕現しているのだろうか。


 現れた存在に目を向けると、炎を全身に纏ったトカゲ、全身水でできている少女、風を纏った緑色の衣服を着た少年、土でできた人形......土偶みたいなやつか? といった外見の存在が、エルザの周囲を漂っていた。


 どれも俺がファンタジーの知識通りの4大精霊だ。本当に目にする日が来るとはな。


「うわぁああぁぁ!!」

「すっごおぉ~い!!」


 愛姫とアルはそんな精霊たちを見て両の瞳を輝かせている。

 俺も白石も、はしゃいではいないものの、初めて見る精霊という存在に激しい興味を禁じえずにじっと見つめていた。


「この子たちが精霊よ。あたしがけしかけない限り危害を加えたりしないから安心して」

「そうか。よろしくな」


 俺が精霊に挨拶すると、精霊たちがおずおずと俺の方へと近づいてくる。

 それぞれ思い思いに俺の肌をペチペチと触ったり、スンスンと匂いを嗅いだりしていたが、敵ではないと判断したのか、俺の周囲を勢いよく飛び回り始めた。


「あ~、にいちゃんズルい!! 愛姫も仲良くなりたい!」


 愛姫が駄々っ子のように俺の服の裾を引っ張るが、俺から挨拶した以外に特にアクションを起こしたわけではないので困惑してしまう。

 助けを求めるようにエルザに視線をやると、なにやら鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情で固まっていた。


「なぁ、どうかしたのか?」

「......! あ、ごめんなさい。初対面の相手に精霊がここまではしゃいでいるのを初めて見たものだから驚いてしまって」

「はしゃいでるのか? これ」

「そりゃもう。はしゃぐどころか狂喜乱舞って感じね。よっぽど気に入られたんでしょうけど......。 エルフでもここまで精霊に好かれる人がいるかどうか......。イオリ、あなたほんとに一体何者?」


 エルザが何やら化け物でも見ているかのような感じで俺に問いかけてくるが、俺としては全く思い当たる節がないのでさらに困惑してしまう。


「そんなこと言われてもなぁ......。精霊ってのと接するのは今回が初めてだし、俺自身ほかの召喚されたやつらと違うところなんてないはずだけど」

「う~ん、不思議なこともあったものねぇ」


 エルザが不思議そうな表情を浮かべる。

 その間も、精霊たちは俺の周りをひっきりなしに飛び回っていて、さすがに視界をチラついて鬱陶しい。傍らには我も我もとアピールしてくる妹。


「はぁ。悪いけど、ちょっとそこの子たちと遊んでやってくれないか? 君らと仲良くなりたいらしいから」


 言葉を解するのかわからなかったがとりあえず話しかけてみる。

 すると、精霊たちは愛姫とアルの方へと移動し、先ほど俺にしたように敵かどうかを確認し、問題ないと判断したのか二人の周囲をフヨフヨと漂った。


「わ~い、あのね、あたしは愛姫っていうの! よろしくね」

「ボクはアルだよ。精霊さんたち、よろしく」


 愛姫は元気いっぱいに、アルは少し人見知りなのか怖がっているのかオドオドとした様子で自己紹介していた。

 それを聞いて、精霊たちは先ほどよりはゆっくりとした速度で二人の間を飛び始め、愛姫とアルはそれを追いかけて楽しんでいるようだ。


 愛姫の嬉しそうな顔を見てホッと息をついていると、エルザが俺の方をじぃっと見つめてくる。視線がぶつかるが、エルザは微塵も逸らす気配はない。むしろさらに俺の瞳からさらに奥を眺めようとしているかのようだ。


 たまらず視線をそらすが、エルザの視線が途切れる様子はない。

 さすがにこのままというのは気持ち悪いと感じて俺はエルザに話しかける。


「なぁ、さっきから見てくるけど、どうしたんだ?」

「......」


 俺の問いかけには反応を示さず、黙っているエルザ。

 再び問いかけようと息を吸ったとき、やおらエルザが一人ごちる。


「異世界からの転生者で見たことのないトリッキーな戦い方。しかも、恐らく”複数持ち”だし、おまけに精霊たちとの親和性もとびっきり......うん!」


 何やら納得したように一人で頷くと、エルザは俺にずいっと近づいてきた。

 急に距離を詰められ、反射的に一歩下がってしまう。


 そんな俺を見ながら、エルザはにっこりと笑みを浮かべている。


「な、なんだよさっきから」

「あぁ、ごめんなさい。あたし、考え事してると周りのことが見えなくなっちゃうのよねぇ」


 失敬失敬といった軽い感じで詫びるエルザに思わず嘆息してしまう。


「......まぁ、いいさ。考え事は済んだんだよな?」

「えぇ! というわけで、イオリ、私と戦いましょう?」

「あぁ、そりゃよかったな............はい?」


 突然告げられた言葉に思わず変な声を出してしまった。

 そんな俺を見てエルザは可笑しそうに笑いながら、


「だから、イオリ、私と戦って。模擬戦ね」

「......はい?」


 いやいやどういう流れでそうなるんだ。全くそんな会話じゃなかったよな?


 俺が理解できずに混乱していると、エルザの様子がおかしいことに気づく。

 頬は紅潮し、息が荒い。なにやらフェロモンなのか色気なのかが迸っている。


「だから、私と戦ってよ。異世界人で、”複数持ち”で、精霊からあんなに好かれる存在......。

 あぁ、なんて素晴らしいのかしら。これまでに出会ったことのない存在だわぁ。

 あなたには私の知らない何かがこれでもかって程詰まっている。私はそういった”未知”を求めて里を出たのよ? はぁ.......これで心躍らない訳ないじゃない」


 うっとりとした表情で矢継ぎ早に言葉を紡ぐエルザ。

 好奇心が強いってのは察してたけどここまでかよ!! 人格変わってんじゃねぇか。


 思わずドン引きしてしまうが、エルザはそんな俺の様子などお構いなしだ。


「イオリのことがもっと知りたいの! 未知な上に強いだなんて......あぁもう最っ高!!

 さぁ、戦いましょう? あなたのことを、もっと教えてちょうだい?」

「なんで戦わなきゃいけないんだよ! 俺のことは大概説明したろ?」

「それを確かめるために戦うんじゃない。百聞は一見に如かずよ。あぁもう、焦らさないでよ」


 我慢できないっといった様子で身悶えするエルザ。あまりの変化に言葉を失ってしまう。

 そういやこんな経験こないだしたばっかだよな......。

 方や腹黒、方や好奇心の権化......勘弁してくれぇ。


 今にも飛びかかってきそうなエルザを必死になだめるように言葉を発する。


「待てよ、別に強いやつならそこらじゅうにゴロゴロいるだろう? 冒険者として駆け出しの俺たちよりも経験も実力もあるやつらに挑めばいいじゃないか」

「そりゃ強い人間は多いわ。けど、エルフである私より魔法に長けた存在なんてそうそういないし、剣技にしたって、私が目を奪われるほどの相手はこのあたりにはいなかった。

 でも、あなたの複数の恩寵を使った予想不能の変幻自在の戦い方が、私を強く惹きつけるの。

 さぁ、もういいでしょう? もう限界、始めましょう?」


 荒い呼吸で言葉を切り、エルザはスラリと剣を抜く。

 気づけば精霊たちも姿を消していた。

 このままいくとこいつと戦わなきゃいけない? 意味わからん。冗談じゃない。

 普段は理知的な大人の色香漂う麗人と思いきや、こんなケダモノを飼っていたとは......。


「分かったよ。じゃあ流れ弾で巻き込まれたりしないように愛姫たちを遠ざけていいか?」

「ええ、いいわよ」


 早く早くと目を爛々と輝かせるエルザに許可をとり、愛姫たちに向き直る。

 3人も、あまりの急展開に思考が追い付いていないようだが、俺の口の動きを見てコクリと頷き、馬車の近くで一塊になる。


「悪いな、待たせた」

「それじゃあ......行くわよ」


 エルザの周囲を風がのたうつように渦巻く。

 先手をとって飛び込むつもりか。なら俺はさらにその先手を取らせてもらう。


『ゲート』


 俺は転移魔法で即座にその場を離れ、愛姫たちの側に移動した。

 観客であるはずの3人の近くに転移した俺の行動に一瞬キョトンとしたエルザだが、やがて俺の意図を察して、焦燥の表情を浮かべて飛び込んできた。


 しかし、いくら風を纏おうとも、俺との距離を瞬間移動のように一瞬で詰められるわけもなく、 


『ゲート』


 エルザの剣は、俺たちの姿が消えたあとに残された虚空ををむなしく一閃するのだった。


「......なんで逃げるのよおおぉぉぉぉぉ」


 感情を持て余した叫び声が周囲に木霊する。

 

 俺の好きな言葉の一つにこんなのがあるんだよな。『三十六計、逃げるに如かず』

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