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2-9 専属契約

 俺はロイという男の人柄に結構好感を抱いていた。

 どうやらそれはロイも同じようで、先ほどのやり取りに大変満足したようだ。


「さて、私どもは先ほどイオリ様の秘密を口外しないという条件で買ったわけですが、売られた内容は”複数持ち”のことだけでよいのですか?」


 ロイはそういってにっこりと笑顔を浮かべてこちらを見つめている。

 俺はやれやれと苦笑を浮かべて言葉を返す。


「他にも秘密を抱えているとでも言いたいのか?」

「それはもう。どうですか? 差支えなければもう少し皆様のことをお伺いしたいのですが。もちろん、伺った内容は、先ほどの取引の範囲内とさせていただきますので、我々から漏れることはございませんよ」

「......もう少し高値で売りつけるべきだったかな」

「ははは、素人のイオリ様に手玉にとられるようでは我々は商人としては望みなしですよ」

「たしかに。まぁこれも勉強か」


 和やかに軽口を交わしながら、俺はどこまで話そうかと思案を巡らせる。

 ロイは見たところ協力的だし、盗賊からオーウェン達を助けたときの目的の一つを達成する上でも、ある程度胸襟を開いて話をした方がいいだろう。


「分かった。先ほどの取引の範囲内として、俺たちのことを話すよ」

「ありがとうございます」


 こうして俺は、自分たちが異世界からやってきたこと、その際に強力な恩寵を手に入れた事、今はアルを故郷に送るために旅をしていることなどをかいつまんで説明した。

 最初はニコニコとした笑みを浮かべていたロイも、俺たちが異世界の人間であることを知ってからは真剣に話を聞いていた。


「なるほど。まさか異世界の方々だったとは......。面白い方たちだとは思っていましたが、まさかここまで予想の上をいかれるとは。いやはや、これは先ほどの取引がいよいよ破格の安さだったと喜ばずにはいられませんね」

「ま、俺たちとしては余計なトラブルに巻き込まれたくはないから、秘密を守ってくれるっていうなら別に金なんていらないしな」

「もちろんです。恩を仇で返すくらいなら私は死を選びます。自分の矜持を曲げてまで、利益を得ようなどとは思いませんよ」

「助かるよ」


 さて、こちらとしては現状晒せる情報は与えたつもりだ。

 俺たちの存在はこの国にとっても希望そのもののはずだし、王都にいても接触を図ろうとする連中が数多くいたってのはエリィやお付きのメイドさんたちからも聞いてる。

 ロイが利益至上主義みたいな人間だったら、ここまでの話はせずにお礼だけもらってそれまでにしていたが、彼なら今後も関係を持つことは俺にとってもメリットになるはずだ。


 そんなことを思いながら、ロイが次に口を開くのを待つ。

 

「イオリ様。皆様は今後、そちらのアル様を故郷にお連れした後は王城に戻られるのですか?」

「う~ん、なんとも言えないんだけど、俺としては旅を続けたいとは思ってる。

 転移魔法があればいつでも王都には戻れるんだし。それよりも、こうして外の世界を旅して、この世界の見識を広めながら、実戦の経験を積んだ方が、来たる戦いの備えになるって感じてるからさ」

「なるほど。であれば、折り入ってお話させていただきたいことがございます」


 ロイは真剣な表情を浮かべて俺に切り出す。

 来た。俺は内心で握りこぶしを浮かべながら、会話を続ける。


「話って?」

「はい、単刀直入に申しますと、我々”夕暮れの鐘”と専属契約を結んでいただけませんでしょうか?」

「専属契約?」

「はい。あ、すみません、冒険者としての経験はまだ少ないのでしたら聞きなれぬ言葉ですよね。

 専属契約というのは、冒険者と我々のような商会が結ぶ、独占的な契約でございます。

 商会は、専属契約を結んだ冒険者の方に装備や物資、資金などの援助を致します。その代り、冒険者は、専属契約を結んだ商会以外の商会からの依頼を原則受けることはできません。

 例外として、専属契約を結ぶ商会からの許可があれば可能ですが、それなしに依頼をこなせば違約金などのペナルティが発生します」


「なるほど、スポンサー契約みたいなもんか」

「スポンサー?」

「あぁ、俺たちの元いた世界にも似たような仕組みがあったなと思ってさ」

「そうでしたか。それは話が早くて何よりです」


「だけど、俺たちは冒険者としての肩書はないに等しいぞ? ホワイトプレートのままだし」

「そんなものは関係ありません。この契約は、商会と冒険者の合意があれば成立するのです。ギルドの評価などは一切契約内容の考慮にいれることはありませんよ」

「ちなみに、俺たちが専属契約を結んだとして、ロイ達からしてもらえる支援ってのを聞いてもいいか?」


「もちろんです。まず、我が商会が経営する換金所において、相場の2割増しの価格で魔石を買い取ります。

 それと、我が商会の商品であれば、定価の3割引きでお売りさせていただきます。」

「へぇ、かなり大盤振る舞いだな」

「もちろんです。ただ、これは専属契約を結ぶ上での基本的な条項です。

 また、専属契約の特性上、商会を通さないと他の商会は依頼をすることはできないので、今後別の商会からの打診を受けたときに断ることが容易になるかと思います」

「たしかに。面倒な勧誘を断りやすくなるってのは魅力的だな」


「はい。次に、イオリ様方に個別に提示させていただく条件です。

 第一に、これは断られてもさせていただきますが、この商店の品でお望みの装備をなんでも一つお贈りさせていただきます。

 加えて、我が商会の持つ情報網の提示、並びに我が商会からの依頼の強制権の放棄です」

「おいおい、さすがにそれはやりすぎだろう?」


 さすがに大盤振る舞いしすぎじゃないか? と聞いてるこっちが不安になって、思わず聞き返してしまった。しかし、ロイはそんな俺を涼しい顔で見つめながら、


「これは私からのお礼の意味も込められております。

 私の従業員の命を助けていただいたことへの感謝の印です」

「でもそれはこうして夕食をごちそうになったことでチャラでいいと思ってたんだけど」

「それでは私の気が済まないのです。イオリ様は、商人にとって何よりも大事なものはなんだとお考えですか?」


 そう質問され、俺はしばし黙考する。

 資本主義の世界で生きてきた俺にとって、会社とは利益をあげることが至上命題だったはずだ。


「”利益”かな」

「なるほど。たしかに、利益なくして商人は生きていけませんからね。

 しかし、私は利益よりも大事なものがあると思っています」

「利益よりも?」

「はい。それは、”信頼”です」

「信頼......」


「そうです。利益はそれすなわちお金です。これはたとえ阿漕(あこぎ)な商売をしたとしても手に入れることはできます。しかし、信頼というのは、目に見える形がないうえに、手に入れるには難く、失うに易い。

 お客様からの信頼を失った商人に、そして、そんな者の行う商売に、私は価値などないと思うのです。

 売った方も、買った方も十分以上の満足をできるような商売。これが私の理想です。

 ですから、恩人に受けた恩にはそれ以上の形で報いる。それが私なりの仁義です」

「仁義......ね」


 俺は素直にロイの考え方、姿勢に尊敬の念を感じた。

 そして、この男なら信頼に足るだろうという確信を内心に抱く。

 

 それに、この条件はこちらにとっても願ってもない。

 装備を貰えるのはもちろんのこと、この世界に疎い俺たちにとって、情報の価値は極めて高い。それに、依頼を強制的にこなさなくてもいいというのは、俺たちの本来の目的を邪魔しないという意思表示だ。


 もしほかの商会と専属契約の交渉をして、ここまでの条件提示はないだろう。

 というか、ありえない。


 俺はオーウェンの方を向いて、


「リーダーがこんなお人良しだと苦労しそうだな」

「全くですよ。平気で大赤字の取引を持ってくるなんて日常茶飯事ですからね」


 頭が痛いとでも言わんばかりに額に手を当てて首を振るオーウェン。

 しかし、そのあとにはすっきりとした笑顔で、


「ですが、だからこそ、私たちは彼について行くんです。彼より優れた商人はいない、私はそう確信しています」


 一切の偽りの感じられない晴れやかな表情を浮かべて答えるオーウェンを見て、俺の中での返答は決まる。


「こんな出血大サービスされて、断るのはバカのすることだよな。」

「いえいえ、これはほんの初期投資ですよ。私は仁義はもちろんのことですが、イオリ様たちと歩む先に、この商会の明るい未来をはっきりと幻視しました。これから先は、私の腕の見せ所ですよ」

「楽しみにしてるよ。じゃあ、改めてよろしく」

「こちらこそ」


 こうして、俺たちは”夕暮れの鐘”という商会の後ろ盾を得ることに成功したのだった。

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