1-3 恩寵
「ミイラ事件......」
無意識のうちに口からついて出た言葉に、白石が反応する。
「え、あのミイラ事件の干からびた死体がってこと?」
「他に思い当たるような事件に心当たりがないからな」
ここ最近各地で起こる失踪事件と、ミイラ化した死体については不可解な点がありすぎた。
しかし、荒唐無稽な話ではあるのだが、もしエリィが話していることが事実だとすれば、説明することが可能といえなくもないのかと俺は黙考する。
「そちらの方のおっしゃる通りでございます。魔王による一連の実験結果から推察するに、その”ミイラ事件”と呼ばれているもので間違いないかと。」
「その魔王とやらの狙いは、こっちの世界の人間の魔力?を奪い尽くして殺すことなのか?」
「いいえ、ゆくゆくは支配下において、安定的に魔力を奪うことを想定しているようです。
これまでの実験は、一度にどれくらいの魔力および生命力を奪えるのかを調査していたようですね」
「つまりはある程度の平均値を割り出すためのサンプルってわけだな」
「......えぇ、本当にお気の毒に」
「それで、魔王の準備が整えば、こっちの世界に”道”を作って本格的に侵略。最終的に、俺たちを支配して燃料がわりってことか」
「はい。それが魔王の狙いですわ」
「なるほどな、それが俺たちの世界の危機で、俺たちがあんたに協力しなかった場合、いずれは俺たちもあのミイラ死体みたいになっちまうって訳だ」
「おっしゃる通りです」
他のクラスメイトも、一心に俺とエリィの質疑に耳を傾けている。
こんなことはありえない、と否定したいのは山々だが、辻褄があってしまうのも確かで、なんとも言えないといった様子だ。
次いで朝倉が口を開く。
「つまり、俺たちが戦うのはもちろん危険を伴うけど、何もしないところでどのみち危険な目に合うってことか」
「はい。ここで戦わずとも、魔王が道を作り上げてしまえば、悲惨な未来が待っているのは間違いありません」
「......」
皆黙り込んでしまう。知らぬ間に俺たちの世界はとんでもない計画の標的にされてしまっていた。
しかし今度は、それで召喚されたのがどうして自分たちなのかという疑問が浮かんでくる。
こんどは女子の一人が疑問を口にする。
「どうしてここに連れてこられたのが私たちだったの? ランダム? それとも何か狙いが?」
「それにはいくつかの理由がございます。
まず一つ目は、今回皆様を召喚した転移魔法によるものです。本来、転移魔法とは、ある地点から別の地点に瞬時に移動するという性質の魔法であり、異世界間を結ぶほどの効力を持たせることは不可能です。
しかし、高い転移魔法への適正と条件が整えば、次元の異なる世界どうしを繋ぐことが可能となるのです。その条件とは、異世界間の次元の位層が重なることでございます。」
「異世界間の次元の位層?」
聞き覚えのない言葉に呆けた顔をする一同をみて、エリィは説明を補足する。
「私たちの生きるこの世界、皆様が生きる世界。それらは異なる次元を漂うように存在しております。
そして、それらの世界は基本的には繋がりを持たないため、本来であれば行き来などできるはずはないのです。
しかし、それらの世界が漂う中で、異なる次元間ながら、位置が重なることがあり、これを”次元の位層が重なる”といい、またの名を”次元蝕”と呼びます
そして、次元蝕が起きた時に超高度な転移魔法を使用することで、異世界間に道を作ることができる......と考えられています」
「次元蝕......」
「ちょっと待てよ、じゃあ、エリィも魔王と同じで異世界間に道を作ることができるってことなのか?」
「いえ、私の力では一時的なものまでしか作れません。次元蝕が終わったあとも道を残すようなことは、魔王しかできないと思われます。
それに、魔王が道を作るためには、こちらとあちらの世界が完全に重なる”皆既次元蝕”まで待たねばなりません。
私が皆さんを召喚したときは、こちらとあちらが部分的に重なる”部分次元蝕”が起きたときでしたので、この場所と重なる範囲で対象となりうる方々をお探ししたという訳です」
聞いたことのない言葉がどんどん出てくるが、エリィの説明でぼんやり理解できた事にし、無駄に口は挟まないようにする。
「第2の理由が、この世界への適正および補正が最も大きいのが皆様のような年代の方々だったのです。 つまり、この空間と次元的重なりがあり、なおかつその範囲内でこの世界への適正を最も兼ね備えた方々を探したところ、皆様がぴったり合致した、という訳でございます」
一通りの説明が終わったのか、エリィはほうっと一息ついてこちらを見渡す。
自分たちが異世界に召喚された理由も一応理解した。しかし、まだ引っかかることは残っている。自分たちに、異世界の魔王が望むほどの力があるなんてどうしても思えないのだ。
俺はその疑問を口にする。
「俺たちが選ばれた理由は分かった。だけど、お前が言うような適正なんて、俺には全く感じることができないんだけど?」
「皆様はこれまで、魔力というエネルギーとは全くゆかりのない生活を送っていらしたので、感じにくいかと思いますが、今この瞬間にも、どんどん皆様の肉体がこの世界に適応しております。少しの訓練でそうしたものを知覚することはできますのでご安心くださいませ。
また、この世界への適正にはもう一つとても重要な要素があります。それが恩寵でございます」
「恩寵?」
「はい。この世界に生を受けた者は、ちょうど皆様ほどの年の頃になると恩寵と呼ばれる、その人特有の適正が発現いたします。剣術、格闘術、陰行、攻撃魔法、回復魔法、支援魔法、炎、水、風、土、雷、光、闇、無の属性など、発現内容は本当に様々です。
そして、その恩寵で得られる能力が、そちらの世界に住む方々は本当に強力なのです。
さらに、驚くべきことに、この世界に住まう私どもとは違い、皆様は任意の恩寵を発現させることができるようなのです」
「つまり、自分が願った通りの力が手に入るってことか?」
「簡単に言えばそうなります」
「とは言っても、俺たちはこの世界や魔法についても全く勝手がわかってないから、願った通りの力が手に入るといわれてもなぁ」
「そうですね、この世界にどんな魔法が存在するかなどはきちんと説明させていただ......」
エリィの話の途中、突然生徒たちの足元に、直径80cmくらいの大きさの魔法陣が発現した。
「まさか、もう!? 早すぎる」
「おい、一体なんだ」
いきなりの事態に、落ち着きつつあった雰囲気は再度パニックの様相を呈する。
エリィも驚いているようだが、表情を引き締めて声を張り上げる。
「皆さん、どうやら恩寵の発現が始まりました。その足元の魔法が消えるまでに、どんな力を望むかを頭の中で思い描いてください。
敵をうち倒す矛なのか、敵から守る盾なのか。
倒すとしたらどうやって? 守るとしたらどうやって? それは剣を使うのか、弓なのか、杖なのか。
具体的に頭の中で願えば願うほど、恩寵は皆様の願いに沿ったものになるでしょう。
逆に願いがあやふやだと、強力な力とはいえ、どんな恩寵が発言するかはランダムです。
さぁ、目を閉じて、恩寵の声に耳を傾け、ご自身の望む力を思い描いてください。」
エリィの説明のあと足元に目をやると、魔法陣は当初の直径の半分ほどになっていた。
おそらく、タイムリミットはあと20秒ほどといったところか。
他の生徒も、魔法陣の変化に気づいたようで、慌てて言われた通りに目を閉じる。
俺も目を閉じ、一度深呼吸をしてみる。
すると、体の中に得体の知れない何かが流れ込んできている感覚を覚える。
その流れを辿っていると、体の内側から何やら声が聞こえてくる。
(オソレルナ、オナジモノヨ。ワレハオノレデアル。ワレハホコデアル。ワレハタテデアル。)
これがエリィの言っていた恩寵の声ってやつか。禍々しい声色だが、不思議と恐れは感じない。
(ワレハワレニナニヲノゾム? ワレハソレヲカナエヨウ)
体内の力の流れが加速している。それと同時に、足元の魔法陣が小さくなっていくのが、目を閉じていても感じられる。早く決めないと、願いどおりの力は得られなくなってしまう。
しかし、俺はなかなか自分の望む力というのを思い描けないでいた。
攻守万能の力を創造したいところだが、そんな都合のいい能力というものに心当たりが生憎とない。
(テキヲホフルチカラデモヨシ。オノレヲマモルチカラデモヨシ。オノレノネガイヲソノママサケベ)
んなこといってもわかんねぇよ。俺は平穏に生きたいだけなんだ。他に望みなんて抱いちゃいない。これが俺の本音だ
(ソノノゾミノタスケトナルチカラヲネガエバヨイノダ)
だからそれがわかんねぇんだよ。
体内を巡る力の流れはさらに勢いを増して全身を駆け回る。
しかし、それとは裏腹に、もう足元の魔法陣は両足ぶんの大きさよりも小さい。
まもなく効力が切れそうだ。
そんなとき、本当に唐突に、俺の脳裏に幼いころの記憶が走馬灯のごとく蘇る。
それは、俺が小学校低学年で、愛姫がようやく言葉を喋りだしたころ、家族4人で初めて山梨県の富士五湖のあたりに旅行にいったときのことだ。
温泉につかって、宿泊したコテージから湖まで歩き、湖の畔にみんなで寝転がって夜空を眺めていた。
夜空いっぱいに散りばめられた無数の星々。力強い光、今にも消えてしまいそうなか弱い光を放つ星を眺めながら、父さんが俺に話かける。
「伊織、流れ星にお願いするとしたらどんな願いごとをする?」
「ん~、金金金かな」
「お前......夢がないこと言うなよなぁ。」
我ながら夢も希望もない答えを返したもんだ。
「だって、流れ星が見えなくなるまでに言い切らないと願いって叶わないんでしょ?
だったら、一瞬で3回言い終わることじゃないと消えちゃうじゃん」
「あ~、確かになぁ。その条件だとお金って願うしかないかも」
「でしょ」
「あなた、言いくるめられてどうするのよ」
母さんが可笑しそうにクスクス笑っている。愛姫は母さんの腕のなかでぐっすりだ。
「じゃあ、1回言うだけでよくて、流れ星が消えるまであと3秒だとしよう。それならどうだ?」
「うぅ~ん......」
だいぶ選択の幅が広がったことで、当時の俺は真剣にどんな願いにしようか考える。
頭の中にはいろんな願いが浮かんでくるが、今度は1つに絞れない。
「いっぱいあって1つに絞れないよ」
「そうか、そりゃ困ったな」
「父さんどうしよう」
困った顔で父さんに助けを求める。すると、父さんはニヤリと不敵な笑顔を浮かべて俺に告げた。
「それなら............」
「えっ!?」
父さんの発現に驚いて目を丸くしたのを覚えている。願いを考えることに一杯いっぱいになって、根本の定義に意識を全く向けていなかったから。
「でも......それって反則じゃないの?」
「あたしもズルいと思いま~す」
母さんがジト目で父さんを見ている。
父さんは俺でもたまに子供っぽいと感じるくらい無邪気な人だった。
母さんはそんな父さんの手綱をしっかり握っていて、まるで父さんも母さんの子供なんじゃないかと言う人がいたくらいだ。
「ばっか、お前は子供なんだぞ? 欲張らなくてどうするんだ!
ダメもとで、叶えば儲けってくらいに言ってみろよ。もしダメだったんなら、誇大広告だってゴネて、父さんが大人の喧嘩で勝ち取ってきてやるよ」
「言ってることがまったく大人げないと思うんだけど......」
「あたしもそう思いま~す」
「注意書きを書いてないほうが悪いんだよ! ってとにかく、俺が言いたいのは、やるなら制限いっぱい、相手の想定を超えるようなとんでもない願いをぶちかましてやれってことさ。
ダメならそのあとで考えりゃいい」
そう言って、屈託のない笑顔でニカッと笑う父さんを、俺と母さんは仕方ないなぁという苦笑いで見つめたんだ。
ーーーー(モウイチドキコウ。ワレハワレニナニヲノゾム? ワレハソレヲカナエヨウ)
力の奔流は体内を駆け巡り、魔法陣はもう直径5cmもない。タイムリミットは目前だ。
けど、先ほどまで感じていた焦りはもうない。むしろ、このあとどうなるのかを考えると自然と笑みが零れて出てしまう。
おもしれぇ。なら叶えてもらおうじゃねぇか。叶えられるもんなら叶えて見せろ。ダメとかぬかすと承知しないからな!!
(父さん、裏ワザ借りるよ。)
魔法陣が足元で小さな点になり、弾けて消滅しそうになったまさにその時。
体中を駆け巡る流れの奔流に、俺は思いの丈をブチまけた。
それならーーーーーーー
ーーーーーーーー叶えられる願いの数を100にしろ!!!!!!!!
言い終わった瞬間に、足元の魔法陣は弾けて消えた。