2-8 面白い商談
夕方。その日の旅程を終え、オラクルに戻った俺たち一行は、オーウェンに連れられて大きな商店・商会の本部が軒を連ねる通りを歩いていた。
日が暮れたということもあって、日中のような喧騒は小さくなっており、人通りも少し減っているように感じる。
しばらく歩くと、オーウェンがとある建物の前で立ち止まる。
見ると、赤い煉瓦造りの建物で、鐘楼の絵が書かれた看板が吊り下げられていた。
「こちらが、我が商会”夕暮れの鐘”の本店でございます。さ、こちらへどうぞ」
オーウェンが扉を開け、それに続いて中に入る。
店内は武器屋、防具屋、道具屋の複合店舗といった感じだ。
奥行の広い店内で、もう日暮れだというのに冒険者がまだ店内に多く残っていた。
「すごいな。王都の大規模な店とほとんど大きさは変わらないんじゃないか?」
店内をきょろきょろと見渡しながら思わず口を開くと、オーウェンが嬉しそうに
「そうですか? これでもここオラクルでは中規模といったところですよ。
大規模な店にはやはり広さや品揃えではどうしても差をつけられてしまいます」
「これで中規模って......。さすがは商業都市オラクルってことか」
「えぇ。我々もさらなる拡大にむけて頑張っていますが、大規模な商会にはなかなか太刀打ちできませんね。
あ、こちらです」
そういって、店舗の奥へとオーウェンは俺たちを招き入れる。
店の裏手へと招かれ、通路を奥へ進んで階段を昇ると、先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、商会の従業員があわただしく働く事務所のような場所に出た。
オーウェンの姿を見た従業員の一人らしき女性が声をかける。
「副会頭? もうお戻りになられたんですか? 予定では1ヶ月以上の長期出張とのことでしたが......」
「あぁ、ミゼ。実は道中に盗賊に執拗に狙われてしまってね。出張の継続が困難になってしまったんだ。
襲われていたところで、こちらの方々に命を救っていただいてね。
会頭に報告と面会を合わせてこうしてお越しいただいたんだ」
「まぁ......。とにかくご無事でなによりでした。皆様、この度は副会頭をお助けいただいて、誠にありがとうございました」
ミゼがオーウェンから話を聞いてこちらに深々と頭を下げる。
話を聞いていた近くの従業員たちも、一斉にこちらにお礼をしてきた。
これだけの大人の人たちに頭をさげられる経験がなかったから、どうしたものかと困惑していると......
「ん? オーウェンじゃないか。出張じゃなかったのか? どうしてここにいる?」
事務所スペースの奥の方から、こちらに気づいた一人の男が不思議そうな顔をして近づいてきた。
オーウェンより少し年上、30代半ばくらいの、大柄な体格をしている。
スラリとしているが、ひ弱というわけでもなく、むしろ全身からエネルギーがほとばしっているかのように闊達な雰囲気を醸し出していた。
「会頭。申し訳ありません、道中盗賊に襲われまして、移動の継続が困難となり、こちらの方々に護衛を頼んで戻って参りました」
「そうか。盗賊に......。とにかく、無事で何よりだ。取引先には鳥をやるから心配するな。
で、こちらの方々がお前を護衛してくれたという?」
「はい。イオリ様とヒナ様、お連れのアキ様とアル様でございます」
オーウェンからの紹介を受けて、俺たちはぺこりと頭を下げる。
「なんと! このたびは我が商会の者の命を救っていただき、本当にありがとうございます。私、この商会”夕暮れの鐘”の会頭を務めております、ロイと申します。わざわざお越しいただき、感謝に堪えません。
ぜひお礼をさせていただきたいのですが......」
そういうと、オーウェンがロイに話しかける。
「会頭、イオリ様方は先ほどまで旅をされておいででしたので、夕食を摂りながらということでいかがでしょうか? イオリ様方ともその約束でここまでご同行いただいておりまして......」
「なるほど、分かった。おーい、ミゼ! 俺のこの後の予定は?」
「はい、会頭はこの後ユルゲン子爵との会食と商談のご予定が入っておりますが......」
「キャンセルだ! 子爵にはお詫びに何か適当なものを送って、後日に予定をずらしてもらえ」
「かしこまりました」
あまりの思い切りの良さに呆気にとられてしまう。
しかし、貴族との商談の先約が入っていたと聞いて、さすがに躊躇われてしまい、
「あの、先約が入ってたのなら、そちらを優先してもらって構いませんよ?」
俺がそういって辞去しようとすると、
「何をおっしゃる! 私の従業員の命の恩人を差し置いて話すことなどありません。
貴族の方との面会はずらすことはできても、皆様に私の感謝をお伝えできる機会は今を置いてありません。
お急ぎなのでしょう?」
何か見透かされているような感覚を覚えるが、商人の勘ってやつか?
まぁなんにせよ、ここまで言わせて断るってのも寝覚めが悪い。
「そうですか。ではお言葉に甘えさせてもらいます」
「おぉ、そういっていただけるとこちらとしてもありがたい。では、すぐに店を押さえますので、こちらの応接間で少々お待ちくださいませ」
4人でこじんまりとした応接間に通され、席について10分ほど待つ。
程なくして、
「お待たせいたしました。店の予約がとれましたので、参りましょう。
どうぞこちらへ」
ロイとオーウェンの先導で店の外に出ると、一台の馬車が止まっていた。
「ささ、どうぞお乗りください」
促されるままに乗車し、全員が腰を降ろすと、馬車がゆっくりと動き出す。
「ここから10分ほど先の歓楽街にある高級料理店を予約いたしました。
味はオラクルでも屈指ですので、お楽しみにされていてください」
愛姫やアルはそれを聞いて顔を見合わせながら嬉しそうにしている。
俺や白石は、店への移動の間に、オーウェン達との遭遇や、これまでの経緯をかいつまんでロイに説明していた。道中で打ち解けていたのでいつのまにやらオーウェン同様にくだけた口調になっていた。
店に着くと、店の奥の方の個室へと通された。
ほかの客もいるなかでの食事を想定していたが、こういった個室があるあたり、かなりこの町ではランクの高い店なのだろう。
注文を済ませ、前菜とドリンクが並ぶと、ロイがグラスを掲げ、
「それでは、我が従業員の命の恩人と、こうして食事を共にできるに感謝して、乾杯」
グラスをチンと軽く合わせて食事が始まった。
食事は確かに抜群だった。
料理に舌鼓を打っていると、
「イオリ様、先ほど馬車でお話を伺いましたが、お約束通り、売り払った奴隷の代金は、全額をイオリ様方にお支払いいたします。それと、護衛料ですが、護衛いただいた時間は半日ほどですが、転移魔法がなければ1週間近くかかっていたことでしょう。
そこで、一週間分の金額をお支払いさせていただきたいのですがいかがでしょうか?」
ロイがそう申し出てくる。
先ほど馬車の中で、普通に話していいと言ってもらっていたので、
「いや、そんなにもらうのは気が引けるな。実際、オーウェン達と出会ってなくても夜には宿に戻ってたんだし。そう考えれば物のついでだ。
護衛料は1日分で構わないよ」
「ですが......」
ロイは渋い顔を浮かべる。感謝を示すためにも受け取ってほしいんだろう。
ただ、俺たちはそこまで資金的に不足を感じていないので、それならと俺は口を開く。
「なら、残りの6日分を貰わない代わりに、俺たちの秘密を絶対に漏らさないと誓ってくれ。
俺はロイたちから”情報の秘匿”ってのを買うってことで......どうかな?」
俺の言葉にロイとオーウェンが顔を見合わせる。
直後、ロイが声を上げて笑い出した。
「あっはははは。なんと面白いお方だ。こんなに愉快な商売は久しぶりです。
ええ、いいでしょう。取引成立ですね」
ロイがそういってスッと片手をこちらへと伸ばす。
お互いにニヤリと笑みを浮かべながら、俺たちは商談成立っと握手を交わすのだった。