2-1 問題発生 ☆
本日から第2章スタートです。
引き続き拙作をお楽しみくださいませ。
【追記】表紙イラストを追加しました(2018/3/12)
うららかなる陽気に包まれ、草の香りがほのかに香る。
時期は春の終わりごろ。間もなくこの世界にも厳しい暑さの夏がやってこようかというそんな気配を感じられる。
そんな、まさに行楽日和といえる素晴らしい天気にも関わらず、地面に座り込んで険しい表情を浮かべている4人組がいた。
その中心にいるのは、俺、不二伊織だ。
ある日突然学校から異世界に召喚され、その世界と元いた世界を救うために立ち上がった者のうちの一人である。
なんでも、この世界の魔王を倒さないと、元いた世界が魔王連中によってエネルギー源として使われてしまうとか......。
しかも、そのなれの果ては絞りかすのミイラ死体らしい。
この世界に召喚される直前に日本を賑わせていた、連続失踪怪死事件、通称”ミイラ事件”。
これが魔王によって実験的に利用された人間の末路と知った時、俺たちは逃げてもいずれ悲惨な運命を辿ることを悟り、異世界で戦うことを決意したのだ。
なんだかんだあって、今は王都で知り合った獣人の少年......もとい少女であるアルを故郷に連れて行くために旅をしている......のだが......。
俺たちは、旅を続けていくうえでの重大な問題に直面していた。
それは......戦力不足。
「俺たち、火力足りないわ」
そう、圧倒的火力不足である。
旅に出て数時間。安い馬車に揺られて街道をひたすら進み、しばらくすると、ちょくちょく魔獣と遭遇するようになった。
もっとも、出てくるのはオドルの森で戦った魔獣とさして強さは変わらないので、問題なく倒すことはできる。
俺は転移魔法で地上の敵を空中へと放りだして転落死させるという戦法をとり、同行するもう一人の転生者、白石陽和は、”竜使い”の恩寵によって召喚した子竜のティナを操って敵をなぎ倒していく。
一見すれば特に支障のない順調な旅の滑り出しだったが、俺はただならぬ危機感を覚えて一旦行動を止め、一同が車座になってこうして草原に腰を降ろしている、という訳だ。
「そう? にいちゃん達あっという間にやっつけよるし、大丈夫やないん?」
俺の言葉に、自分の感想を口にする我が妹、不二愛姫。
天真爛漫な性格で、裏表のない素直な素晴らしい妹だ。
王城に置いていこうかとも考えたが、当然のようにその案を却下してこうして俺たちと行動を共にしている。
「うん、ボクもイオリ兄ぃとヒナ姉ぇはとっても強いと思うよ?」
そんな天使の言葉に、ピョコリとしたケモミミをピンと立てながらアルも頷く。
旅の道中で雑談を交わす中で、アルは俺と白石のことを兄ぃ、姉ぇと呼ぶようになっていた。
確かに、愛姫やアルの言うとおり、ここまでは順調に進んでいる。
敵も強くないし、俺と白石で十分に対応可能だ。
しかし、そんな甘い環境がいつまでも続くと考えるのは楽観的に過ぎる。
どうやら白石は俺の言いたいことを察したようで、
「そうね、今はまだいいけどこのままの状態で進むと、いずれ息詰まる可能性が高いと思うわ」
と俺に同意してきた。
そう、今はまだいい。
しかし、このまま進めば魔獣の数は増えるだろうし、その強さも強力になるだろう。
そうなったときに、現状ではどうしても苦戦を強いられてしまう可能性が高いのだ。
「どういうこと?」
愛姫がよく分からないといった表情で問いかけてくる。
「あのな、今は敵が弱いし、王都に近いってこともあって数も少ない。
だから、俺と白石の二人でも問題なく先に進めてるんだけど、俺も白石も、その恩寵に戦闘面で大きい欠点があるんだよ」
「欠点?」
「そうなのよねぇ。いい? あたしの操るティナは魔物の中でも最強ランクの戦闘力を誇る竜種の子供。
だから今でも十分強いし、今後成長していけば、さらに頼りになってくれると思うわ。
だけどね、いくらティナが強くなったとしても、私自身の戦闘力がないっていうのが致命的な弱点なのよ」
「「あ~」」
愛姫とアルが納得といった声を上げる。
そう、白石の恩寵の欠点は、白石自身に戦闘力を向上させる内容が一切ないということだ。
今後敵が強くなったとき、白石は自身を守る術を持たないため、自分をティナで守りながら戦うことになり、戦端を切り開くことはできないのだ。
「ちなみに、ティナ以外の竜を呼び出すことはできないのか?」
「えっと、ティナがもう少し成長すれば可能になると思うんだけどね......。まだ生まれたばかりのティナの成長には、あたしが魔力を供給する必要があるのよ」
「へぇ、そうなのか」
「えぇ。戦闘でのティナの攻撃であたしの魔力も使われることを考えると、今はこれ以上ほかの子を増やすわけにはいかないわね」
「なるほどな」
この問題の改善策として考えていた可能性の一つがつぶれた。
まぁ、いずれは可能になるらしいし、今はティナの成長に期待しよう。
「で、あたしの弱点はこれで分かったとして、あんたの魔法の弱点ってなんなの?
正直、前衛戦闘系で最強の恩寵の”剣聖”持ちに勝っておいて、戦力が足りないなんて嫌味に聞こえちゃうけど?」
「まぁ......。あれは初見殺しみたいなもんだからなぁ」
「どういうこと?」
「思い出してみればすぐにわかると思うんだけど、俺が朝倉と戦ったとき、上空へと放りだそうとした以外に何か俺から攻撃してたか?」
「? ......そういえばしてなかったような」
「だろ? つまり、俺の転移魔法ってのは、相手の行動ありきのカウンターでしか敵を倒せないんだよ。加えて、唯一の攻撃手段である上空からのポイ捨ても、固い相手や空を飛べる相手には効果なし」
「......なるほどね。戦闘向きじゃないって言ってた意味がようやく理解できたわ」
そう、俺の転移魔法は、有効な攻撃手段が皆無といっていいほどにない、という致命的な問題を戦闘面において抱えていた。
朝倉と戦った時も、唯一の攻撃手段であるポイ捨て戦法が通じず、朝倉の攻撃をそのままお返しして勝利、というカウンター戦法をとったものだ。
朝倉がこの欠陥を理解していれば、俺の勝利はあり得なかっただろう。
つまり、強力な一撃で決めに来ず、じわじわと削りにかかられたとき、俺にはなす術がなくなってしまうのだ。
平たく言えば、負けはしないが勝つこともできない。
これが俺の転移魔法による戦闘の抱える致命的な欠点だった。
「そして、とどめの一発。
俺たちの行軍には完全なる非戦闘員のちびっ子二人がいる。
この二人を常に守って戦わないといけない以上、俺たちには現状の打破が急務ってわけだ」
「「「............」」」
一同のあいだを重苦しい空気が包み込む。
愛姫もアルも、自分たちが戦闘の足枷になっているということを理解して、しょんぼりとした表情を浮かべている。
もっとも、この旅の目的はアルの故郷にいくことだし、愛姫を城に一人残すことは俺の方から論外だ。
白石も、俺の事情は察しているのか、愛姫を連れていくことには反対せずにここまで来てくれている。
しかし、現状を打破する考えがそう簡単に思い浮かぶはずもなく、
「どうするの? あたしたちには知り合いの冒険者なんていないし、あれだけのことをやらかしてまで旅に出て、戦力が足りないから戻ってきましたなんてことになったら、お互い目も当てられないわよ?」
「ほんと仰るとおりだよ」
「だいたい、あたしだって......あそこまでしてあげたのに......」
白石が頬をほんのりと染めながらボソボソと呟く。
言わんとすることが分かり、やれやれといった感じだ。
「あれはお前が勢い余って暴走したせいだろ?」
「んなっ! あんた、何てこというのよ! あたし......初めてだったのにぃ!」
「俺だって初めてだ。それがいきなり奪われて、文句を言うのは俺の方だと思うんだけど?」
「クラスのアイドルからご褒美もらっておいて何が文句よ! あまりの幸運に感謝するところでしょ?」
「なにが感謝だ何が! あれのせいで朝倉の怒りが臨界点突破してたじゃないか」
そんな痴話喧嘩のようなやり取りを繰り広げていると、
「あはははははは」
うちの妹が楽しそうに声をあげて笑い転げていた。
「妹よ、今は笑うところじゃないと思うんだけど?」
「ええそうね、今あなたのところの失礼なお兄さんにお説教してるところなんだから」
「何が説教だ。勝手にキスしてきたくせに」
「な、な............なによ!」
なんだそりゃ、完全にぐうの音も出なくて、言い返す言葉がなくなってるじゃないか。
そんな俺たちを見ながら、愛姫は楽しそうに
「二人とも楽しそう」
そんなことを言ってきた。
「おいおい妹よ、どうこの状況を見たらそんな感想になるんだよ」
「まったくだわ。あなたのお兄さんのせいで私の心は深く傷つけられたっていうのに」
「なんだと?」
「なによ!」
お互いに怒りをこめて睨み合う。
そんな俺と白石を眺めながら、
「だって、二人ともなんか活き活きして見えるんだもん」
「ん?」
「はい?」
愛姫の言葉に俺と白石はキョトンとする。
「にいちゃんがこんなに他の人と話してるの初めて見たし、お姉ちゃんも、最初のときみたいに嘘ついてないってわかるもん」
「「............」」
うちの妹はどうしてこう鋭いのだろうか。たまにエスパーかと思うことがある。
思えば、確かにこうしたくだらないやり取りを愛姫以外と交わした記憶がない。
白石にしてみても、これまでみたいに猫を被っていないので、愛姫の言葉に思い当たる節はあるのだろう。
小学生に見透かされたことに気恥かしさを覚えながら、
「まぁ......そろそろ冷静になるか」
「そ、そうね......脱線しちゃったし、話を戻しましょうか」
と事態収束を図る。
俺たちの言い争いにハラハラとした表情を浮かべていたアルも、ホッと一安心した様子でため息をついていた。
「......で、結局どうするの? いったん王都に戻ってギルドとかで冒険者を雇う?」
「いや、誰ともわからない連中と行動するのは気が進まないな」
「でも、それだと問題が解決しないわよ?」
白石がもっともなことを言う。
しかし、獣人と転生者というパーティ?に率先して加わろうとするやつがいるとは思えないな......。
(結局こうするしかないか)
はぁっとため息を一つついて、俺は次の行動を決意する。
面倒だが、これが最善だろう。愛姫を守ることを他人に任せるわけにはいかないしな。
3人が見つめてくる視線を感じながら、俺は口を開いた。
「俺がやる」