1-25 決別
夕食、広間は喧騒に包まれていた。
初めての市街地での休日を楽しんだ面々は、一様に思い出話に花を咲かせている。
どこどこの店の料理が上手かった、あの店の店員さんがカッコ良かった、すごい装備の冒険者がいた、などなど。
明るい雰囲気に包まれた広間で、俺は愛姫といつものように食事を進める。
やがて、デザートも食べ終わり、食事の時間が終わりを告げた。
エリィの方に目をやると、どうやらエリィも食事を終えたらしい。
頃合いだな、と立ち上がり、エリィの方へ歩いていく。
「? 不二さん、どうかなさいましたか?」
「あぁ、ちょっと話があるんだ」
「はい。いかがなさいました?」
「旅に出ようと思うんだ」
「......はい?」
エリィがキョトンとした表情を浮かべる。
また、会話が聞こえたらしい、エリィの机の近くにいた生徒たちがシンと静まり帰り、そんな雰囲気を感じたのか、広間の視線が俺とエリィに集まった。
「旅......とは、これまた急なお話ですが、理由をお聞きしても?」
「あぁ。実は今日、街で獣人の子供と知り合ってな。攫われてこの王都まで来たらしいんだが、なんとか故郷に帰してやろうと思ってな」
「獣人......ですか」
とたんにエリィの表情が曇る。それで大体の事情を察した俺は、
「あぁ、そいつに獣人の置かれている事情は大体聞いた。だから、俺が連れて行ってやろうと思ってさ」
「確かに......残念ながら私ではお力になるのは難しいとは思います。
ですが、なにも不二さんが自ら行かなくてもよいのではありませんか?
お金を渡して、商人の馬車に同乗させてもらったり、方法は他にもあると思いますが......」
「ちょっと急ぎでな。それに、獣人の子供だから、途中でどんなトラブルに巻き込まれるかもわからない。だから、俺が送ってやろうと思うんだ」
「危険です。獣人の国との国境付近には、強力な魔獣も多数出現します。
いかに異世界からやってきたといっても、まだそれらの魔獣を相手にするには早すぎます」
「そういう時のための転移魔法だ。危ない魔物が出れば戦わずに距離を取っていけばいい。別に、出くわす魔獣をすべて倒そうなんて考えちゃいないさ。
それに、俺は後方支援だ。俺が抜けても転移魔法はエリィも使えるわけだし、訓練に支障はないと思うんだけど」
「それは......」
そう、俺が抜けても全く問題はないはずなのだ。なぜならエリィも同じ転移魔法の使い手だから。
行きと帰りに転移魔法を使うだけであれば、十分替わりが効くし、戦力的なダウンもない。
ここのメンツを鍛えるうえでなんの支障もないのだ。
「別に、送ったらこっちに戻ってくるし。旅の途中で転移魔法をさらに磨く訓練も出来るかもしれないと考えれば、そんなに悪い話じゃないと思うんだけどな」
「不二、いい加減にしろよ」
「......朝倉」
最後の一押しと思っていた矢先に、朝倉が割って入ってきた。
まぁ、大体予想はしてたから、驚きもしないが。
「いつも訓練にまともに参加していないだけでも問題なのに、今度は旅に出たい?勝手なことを言うのも大概にするんだな」
「俺は一度も訓練で手を抜いたこともない。勝手なことを言ってるってのは否定しないけど、何もお前に不都合なことはないと思うけどな」
「不都合どうこうじゃない。勝手な単独行動を起こそうってのが問題だって言ってるんだ。
大体、お前の力でどう旅をするっていうんだ。戦力的に無理があるだろ」
「それは......」
「わたしもついて行くから問題ないわ!」
「「!?」」
突然の横槍に俺も朝倉も呆気にとられる。
声の方へ視線を向けると、笑顔の白石が立っていた。
「私が召喚魔法で戦うから、これで戦力も解決ね」
「お前......」
「あははは、どうしたの? 不二君、そんな驚いた顔して」
こいつ、ほんとに嬉しそうに笑ってやがる。
絶対今の俺の顔を見て楽しんでるな......。
「白石、何を言ってるんだよ。こんな奴について行くって?」
「うん、実はあたしもその獣人の子と知り合ってて、力になってあげたいの」
「......だからって......」
「それに、不二君はあたしを助けてくれるくらい強いんだよ?
転移魔法で逃げることも簡単なんだし、戦力って意味では全く問題ないと思うけど......」
「白石が怪我するかもしれないだろ? そんな危険なこと、認められるはずがない。それに、助けるとか調子のいいこと言って、この戦いから逃げ出すためのでまかせかも知れない」
「はぁ? あんた何言ってんの?」
「えっ!?」
白石の雰囲気が変わる。
突然のことに、朝倉をはじめ、ほかのクラスの連中もポカンとして白石を見ている。
「おい、白石」
「いいの」
とっさに割って入ろうとすると、白石は振り向きもせずに俺を制する。
「不二君は逃げたりなんかしない。それは獣人の子と約束したときの様子はもちろんのことだけど、普段の練習の姿からも見ればわかる。
たしかにサボってるように見えるかもしれないけど、あたしをホブゴブリンから助けてくれたときだって、誰よりも早く魔法を発動してくれた。魔法使いなら、誰でもあの技術がどれだけの練習の上に成り立ってるかは分かるはずよ」
「でも......でもそれは、相手が空を飛べない弱い魔獣だったからだ! 空を飛べる相手にそんな技は通じないだろ!」
「だから、敵わないなら戦わずに避ければいいし、あたしも戦うってさっきから言ってるでしょ?」
「だから危険だって言ってるだろ! 白石がそんな旅に同行する必要ないじゃないか!
行きたいなら、不二ひとりに勝手に行かせればいい」
「あんた話聞いてた? その獣人の子を助けたいのはあたしも同じなの! あたしはあたしの思うとおりに行動するだけ!文句あんの?」
そう言って、白石は朝倉を睨み付ける。
そこに立っているのは、作り笑顔でできた仮面をかなぐり捨て、自分の思いを正直に口にする、本当の白石陽和がだった。
しかし、そんな白石を知らない朝倉は、混乱したように言い募る。
「白石、いったいどうしたんだよ。こんなの白石らしくないって、まるで......まるであいつみたいな......」
「あいつみたい......か。......ふふ、あっははははははは」
「白石」
突然高笑いを始めた白石に、全員茫然としている。
「あ~あ、おっかしぃ。そっか、こんな感じなんだ」
「......」
「これまでのあたしはもうお終い。みんなの顔色を窺って、本音を隠して、嫌われないように自分を隠すのはもうやめたわ! これがあたしよ! ビックリした?」
「......」
「あたしは不二君と一緒にアルを故郷に帰す旅に出るわ。これがあたしの結論。文句ないわよね?」
そう言って、白石は俺へと視線を向ける。その顔は、どこか憑き物が取れたかのように晴れやかで、心から楽しそうだ。
そんな顔を見て、俺は苦笑いをこらえきれなかった。
「俺はついて来てくれなんて一言もいってないんだけどな」
「あら、そう。でも、あんたがあんたの思うとおりに行動するように、あたしもあたしの思うとおりに行動するだけよ? それに......」
そういって白石は俺の方へ近づいてくる。
距離がどんどん縮まり、白石の顔が目の前に迫り......二人の距離がゼロになる。
その瞬間、視界が暗くなり、俺の口がなにか柔らかいものに塞がれた。
時間にしてほんの数秒。視界が明るくなり、白石と目が合う。
白石は頬を赤く染めながら、ペロッと悪戯っぽく舌を突き出して、
「責任は、ちゃんと取ってもらわなきゃね?」
「......ちょっと待て! 何のだ何の!」
「何って、あたしの初めてに決まってるでしょ?」
「なっ!! 今のはお前から勝手に......」
「し~らない」
「おまっ......ホンっと、いい性格してるよ......」
「でしょ」
とんでもない爆弾抱えちまったな......