1-21 獣人
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「返してよ。それはボクのだ!!」
叫び声の方へ歩いていくと、小さな子供がでっぷりと太った男に必死の形相で食い掛っていた。
太った男は、見るからに貴族って感じで、手には大きな宝石のあしらわれた趣味の悪い指輪をいくつもつけている。
子供の方は、いたるところが破れたり綻んでいる服を着ていた。靴も履かず、裸足の状況。
おそらく愛姫と同じぐらいの年恰好で、小麦色の髪色をしたショートカット。
しかし、何よりも目についたのは、その頭にぴょこりと生えたふさふさの物体......そう、ケモミミだ。
(獣人?)
城では俺たちと見た目が変わらない人しかいなかったし、これまで街を歩いていても獣人らしき存在を見ることはなかったので、てっきりそういった存在がいるとは思っていなかった。
そんな初めて見る存在ということもあり、足を止めて状況を眺める。
愛姫も俺の後ろに立って隠れながらも、心配そうに視線を向けていた。
ケモミミに気を取られていたが、ふと、周囲の様子に目をやると、違和感に気づく。
こういう揉め事が起きれば野次馬で人だかりができると相場は決まっているはずなのだが、どういう訳かそういった人間は一人もいなかった。
それどころか、逃げるようにその場を後にしている。
(どういうことだ? よっぽどこのデブが危険人物とか?)
そんなことを考え、念のために、他の通行人と同じように一度その場を通り過ぎ、デブ貴族の背後に移ってから再びやりとりに目を遣る。
「貴様! 汚らわしい獣人の分際で、子爵であるこの儂に口答えするか」
「そんなの関係ない! その首飾りはボクのだ!! 返してよ!!」
「黙れ!! 下賤の半獣が!! 貴様のような卑しい小僧がこんなものを持っているハズがない!
おおかた、盗んだのだろう! 盗品を没収するのは当然のことだ!」
「盗んだりなんかしてない! それはお母さんからもらったんだ!!」
「ふん、ならばその母親がどこかの貴族から盗んだのだろう」
「母さんはそんなことしない!!」
「ええい、やかましい。貴族である儂にこのような無礼の数々。子供だからと見逃していたがもう我慢ならん。お前たち!!」
そう言うと、デブ貴族の背後に控えていた護衛らしき2人組が進み出る。
「......っ!」
勝ち目のない相手に思わず後ずさる獣人の子供。
怯えた表情を浮かべるが、周囲には助けてくれる者はいない。
そんな子供の表情を見たデブ貴族は薄ら笑いを浮かべ、
「痛い目に遭いたくなかったらとっととこの場から消え失せろ。今行けば寛大な心で見逃してやる」
「......いやだ」
「あん?」
「いやだ!! その首飾りを返してもらうまで、絶対に逃げたりなんかしないぞ!!」
「この......お前たち、このガキに分を弁えなかったことへの報いを与えてやれ」
「「はっ」」
そういうと、護衛はさらに歩を進めて少年との距離を詰めていく。
どうみても勝ち目はない。それが自分でも分かっているのか、少年の目には涙が浮かび、足は小刻みに震えている。
でも、逃げることなく、潤んだ瞳でデブ貴族とその護衛を睨み付けていた。
「にいちゃん!」
愛姫が俺のローブの裾を引く。
その顔は、焦燥に駆られていて、必死な声で俺に語りかける。
「にいちゃん、あの子を助けて!!」
「愛姫......」
「あの子、きっとウソついてないよ。あの子は悪くない。それに、助けないと、酷い目
にあわされちゃう......。そんなの可哀想だよ。だから......お願い」
「......分かった。ここで待ってな」
「うん」
やれやれ、妹にあんな真剣な顔でお願いされちゃあ、断るわけにはいかないな。
面倒なことに巻き込まれるのはご免だけど、あんな子供がいたぶられるところを黙って見過ごすなんて真似したら、後で愛姫に許してもらえないしな。
そっちの方がよっぽどおおごとだ。
そんなことを考えながら、俺は詰め寄る護衛を追い抜き、獣人の少年の前に立つ。
「あ~っと......。その辺にしてやってくれませんかね?」
「何者だ」
護衛の片割れが腰の剣に手を伸ばす。
「こういう者っていえば分かります?」
俺はローブの内側から、首にかけた指輪を取り出し二人に見せる。
「?......!? それは!!」
護衛が驚いたように身を固まらせると、後ろのデブ貴族が声を荒らげる。
「お前たち、何をしている。その怪しい男がどうしたというのだ」
「いえ、それが......」
「突然割って入ってしまってすみませんね。たださすがに見ていられなかったもので」
「なにぃ?」
「あ、ちなみにこういう者です」
護衛の間をすり抜けてデブ貴族の前に立つと、先ほどと同じように首から下げた指輪を目の前にかざす。
すると、さっきまで怒りで真っ赤になっていた顔色が、一気に青くなる。
「な......!! ............これは大変失礼を」
「話はだいたい聞かせてもらいましたけど、その首飾りを返してあげてくれませんか?」
「......!! しかし、あのような卑しいガキが、このような分不相応なものを持てるはずがありません。何か後ろ暗い方法で手に入れたに違いありません」
「そうですか。では私がその子に話を聞いて事実関係を確認しましょう。それで問題ありませんか?」
「いえいえ、伯爵様にそのようなお手間をお取りいただくわけには参りません。これは私が責任をもって、官吏に届けますゆえ」
「どうぞお気になさらず。ささ、後は任せてください」
「......。分かりました......どうぞ」
苦りきった表情で手に握った首飾りを俺に手渡す。
受け取って見てみると、金色に輝く美しいペンダントだった。
ペンダントの中央には、赤い石が埋め込まれていて、確かに値が張りそうだ。
おおかた、官吏に届けるなんてのは嘘っぱちで、これ幸いと自分の物にするつもりだったんだろう。薄汚い奴だ。
デブ貴族に冷たい目をやると、後ろ暗い気持ちがあるのか、額に脂汗を浮かべながら笑顔を浮かべて俺に話しかけてきた。
「大変失礼かとは思いますが、お名前をお伺いさせていただけないでしょうか?
伯爵にあられる方々のことは皆様存じているつもりだったのですが、浅学ゆえ、今後無礼のないようにと思いまして」
「あぁ、名前ですか。ドナルド・○ランプと申します」
「ドナルド殿、でございますか」
「はい」
(嘘だバ~カ!!)
「まぁ、男爵といっても、ついこの間なったばかりですけどね」
「はぁ......。と、言いますと?」
「異世界からの転生者って言えばわかりますか?」
「なっ!! 先日エリシア王女殿下が転移魔法で連れてきたという!?」
「えぇ、それです」
驚きのあまり口をあんぐりと広げるデブ貴族。これ以上話すことはないな。そう判断し、
「ではこれで。愛姫、いくよ」
「うん」
駆け寄ってくる愛姫の手を握り、デブ貴族に背を向けて歩き出す。
振り返ると、獣人の少年が、ポカンとした顔でこちらを見上げていた。
「ほら、これ」
「あっ」
首飾りを渡してやる。
すると、大事そうに握りしめ、何か言葉を発しようとする。
ただ、先ほどデブ貴族から取り返す時に役人に渡すといった手前、このまま返すだけではまたこの子は首飾りを奪われてしまうかもしれない。
そう考え、俺はデブ貴族に見えないように口の前で人差し指を立てる。
それを見て、少年は言おうとした言葉を飲み込んで口を噤む。
「その首飾りについて話を聞きたいんだけど、いいか?」
「は、はい......」
「じゃあ行こうか」
そう言って、立ち尽くすデブ貴族を置いて、俺たちは通りをあとにした。