1-17 反感
初の実戦訓練。それからは、これまでの連携を磨く訓練と、オドルの森での実戦訓練を交互に行うことになった。
もっとも、どちらの訓練でも俺のやることに代わりはない。
木陰でのんびりと陽の光や吹き抜ける風を感じながら、杖を振るって性質変化をひたすらに磨いて時間を過ごす。
ただ、俺にも1つの役割が課される。それは、オドルの森への行きと帰りに、転移魔法で城から即座に全員を移動させるというものだ。
かなりの距離なので、発動までにそれなりに時間がかかったが、一度行ったことのある場所で、なおかつその地点の方向がわかれば、魔力の糸を伸ばしてゲートを開くことができた。
まぁ、それさえやれば後はお役ご免ということで、のんびりピクニックになるので大した労力でもないのだが。
これによって、移動時間を計算に入れる必要がなくなった分、長時間の戦闘訓練を行うことができるようになり、戦闘組は初回に比べて飛躍的に経験を重ねることができていた。
俺以外の2人の後方組も、それぞれの恩寵に合わせて役割を担っている。
一人は”時魔法”を操り、刃こぼれした武器をその場で修復している。
時魔法は、対象の時間を巻き戻し、以前の状態に遡って復元することが可能だ。
たとえ剣が折れてしまっても、それ以前の完全な状態に戻すことが出来るので、戦場ですぐに戦線復帰が可能になる。
また、これは人体にも同様で、怪我を負っても回復することが可能だ。
ただ、その他の支援魔法に対する適正がない分、戦力としてはカウントしにくく、後方支援に回っているらしい。
もう一人は、ガロンと同じく”鷹の目”を習得しており、ガロンがついて戦況の把握、戦術理論といったものを指導されていた。
そんな風に、森の近くで忙しく動く二人を眺めながら、俺は今日も今日とて日陰に入っていつもどおりに時間を過ごす。残された仕事は城へとゲートで皆を連れて城へと帰るだけだ。
周囲の喧騒に耳を傾けながら、俺は自分の仕事を全うするべく、穏やかに鋭気を養っていた。
ゲートで城へと帰還して、夕食の時間。いつもと同じように愛姫と談笑しながら食事を進める。
「にいちゃん! あとでまたゲートくぐりさせて?」
「いいけど、よく飽きないな」
「だってめっちゃ楽しいんやもん」
「はいはい、分かったよ」
「えへへ、やった~」
甘えてくる愛姫と和やかに話していると、不意にその会話に水を差される。
「いい気なもんだな」
「ん?」
声の方に目をやると、前衛攻撃役の男子がこちらを睨み付けていた。
黙ってそちらを見ていると、
「俺達が必死で訓練したり、命を懸けて魔獣と戦ってるってのに、いつもいつもサボりやがって......。 挙句の果てに魔法でお遊び? ふざけるのも大概にしろよ」
室内の会話が途切れ視線がこちらに集中し、気まずい雰囲気が場を包み込む。
「別に何もふざけちゃいない。俺に出来るのは転移魔法で、俺の役目は城とオドルの森を繋ぐことだ。俺はそれを十全に果たしていると思うんだけど?」
「それだけのことしかしてないくせに何を偉そうにしてるんだよ」
「それだけのこと? 転移魔法で移動の時間をそのまま訓練に充てることができて、訓練の効率が上がってるのに、そんな言いぐさはないんじゃないか?」
「お前が2回の魔法しか発動せず、楽をしてることに変わりはないだろ」
「そう言われれば確かにそうだ。だけど、じゃあ俺に何をしろっていうんだ?戦闘に参加しろとでも?」
「それは......」
「もうよせ」
二人の会話に朝倉が割って入る。
「なんだよ大志......。お前、こんな奴の肩を持つのかよ」
「そうじゃない。だけど、不二の恩寵が役に立っているのは事実だし、戦闘に不向きってのも事実だろう?」
「......そりゃ......そうだけど、だけど、俺たちが必至で魔獣を殺してるとき、こいつは安全な場所で魔力を飛ばして遊んでるだけなんだぞ?」
「だから落ち着けって。それが恩寵の効果なんだからしょうがないだろ。もっとも、俺もそこは気に入らないけどな」
おいおい、止めに入ったんじゃないのかよ。人数が増えて面倒くささが増えただけなんじゃないのか? これ......。
「気に入らないっていうのは? 俺が安全な後方で待機していることか?」
「いや、そうじゃない。俺が気に入らないのはもっと根本的なことさ」
「根本的?」
「そうだ。ここにいる全員が、この世界に連れてこられて、何もわからない中で、元いた世界に帰るために必要な能力を願った。それが今俺たちがこうしている恩寵だ。そうだろ?」
「あぁ」
「てことは、俺たちの恩寵は、どうやってこの世界で生き残り、元の世界に帰るかという意思を反映したものっていえるはずだ。......ここまで言えばわかるだろ?」
「そういうことか。......俺がこの戦いから逃げたいと願ったから、転移魔法が俺の恩寵になったって言いたいわけだな」
朝倉の意図を察して俺が呟くと、場の雰囲気がさらに重くなる。
俺に向かって、厳しい、怒りのこもった視線がぶつけてくる者もいる。
「あぁそうだ。俺たちが必至で戦っているすぐ横で、役に立っているとはいえ、自分だけ生き残ろうって考えでいる奴を見て、気に入らないのは仕方のないことだと思わないか?」
「自分だけ生き残ろうとしたのは、あの時に日本に帰った3人じゃないのか?」
「たしかにあの3人は論外だ。
でも、それは程度の差でしかないだろう。
お前がこの世界での戦いで命を惜しんだからこそ、その転移魔法が発現したんじゃないのか?」
「はぁ。まぁ、お前らがどう思おうと別にいいけど。俺は逃げるために転移魔法を使ってるわけじゃない」
「それをどう証明するんだ」
「するだけ無駄だろ。それこそ悪魔の証明だ。」
「なっ」
「別にお前らが俺のことをどう思おうとお前らの自由だ。好きにすればいい。
俺は俺で、元の世界に帰るために手を尽くすだけだしな」
そこで議論は終わり、とばかりに俺は立ち上がる。
隣では、愛姫が不安そうにしながらこっちを見上げていた。
「愛姫、部屋に戻ろう」
「いいの?」
「ん? もう話は終わったからな」
「ちょっと待てよ。まだ話は......」
「何を話すんだ? これ以上、意味のない会話をつづけるなんて面倒くさいマネはごめんだ」
朝倉は怒りに表情を歪めながらなおも言い募ろうとするが、俺は出口に向かって歩き出す。
広間の視線を一身に浴びながら、俺は愛姫をつれてその場をあとにした。
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(バッカだなぁ......。大人しくやりすごせばいいのに......)
二人のやり取りを眺めながら、あたしは心の中で一人ごちる。
朝倉君みたいな子に歯向かって、悪目立ちもいいところじゃない。
折角これまで誰の目にも留まらずに過ごしてこれたっていうのに。
完全に朝倉君、いや、前衛で戦う子たちから目をつけられちゃったでしょうね。
クラスの中心的なグループに歯向かって、おまけに戦闘向けじゃない恩寵じゃあ、もうここで気楽にやっていけることはないでしょ。
まぁ、少しはあたしと同じ立場になってみればいいのよ。
あたしに言ったことがどんなに無神経だったが思い知るがいいわ。
しーんと静まり返る広間のなかで、あたしは少し胸がスッとする感覚を感じていた。
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「......にいちゃん、大丈夫なん?」
「ん?なにがだ?」
部屋に戻ると、愛姫が俺の服の裾をつまんで、不安そうにこっちを見上げて話しかけてきた。
「にいちゃん、怒られちょったみたいやけん......」
「あいつらは俺の魔法が気に入らないみたいだな」
「なんで? 戦えない魔法やけ?」
「そうだろうな。あいつらは俺が逃げるためにこういう魔法を手に入れたと思ってるんだろうな」
「でも、にいちゃん愛姫に言ったやん! 転移魔法は戦いに使えるって」
「うん、言ったな」
「なら、ちゃんと言い返してよ! にいちゃんが臆病者みたいに言われてて、愛姫、悔しい!!」
いつの間にか、愛姫は目に涙をためてこちらを見ていた。
さっきのやりとりや雰囲気は、小学生の女の子にはとても怖かったろう。
なのに、こうして俺のことを思って怒り、悲しんでくれている妹を見て、俺の胸はじんわりと暖かくなる。
俺はしゃがんでそんな愛姫をそっと抱きしめた。
「愛姫、ありがとな。俺のために怒ってくれて」
「違うもん、言われ放題のにいちゃんに怒っとるんやもん」
そういってポカポカと背中を叩いてくる。
「ははっ、ごめんごめん」
「笑うな~」
ポカポカ
「確かに転移魔法は戦いにも使える。
だけど、だからといって戦い向けの魔法じゃないってのも間違いないんだ。
それをあそこでいくら説明したって通じやしないさ。それに、俺の本当の恩寵をまだバラすわけにはいかないしな」
そう、俺の本来の恩寵”100の星屑”なら、どんな恩寵も発現が可能なはずだ。
だけど、そんなとんでもない恩寵を今明かせば、面倒極まりない事態になるのは火を見るよりも明らか。
今はそれより、基本的な魔力操作を極めて、どんな恩寵を得たときにも十分に使いこなせる下地を作ることに集中するべきだ。
「う~、でもぉ」
理解はできるが納得はできない。といった感じで不満の表情を向けてくる愛姫。
「別に、俺はどう思われようが気にしないしな。
他人にどう思われようが、俺は俺の思うままに動くだけだし。愛姫がわかってくれてればそれでいいよ」
そういって頭を優しく撫でる。
ムスッとしているのは相変わらずだが、照れているようで少し頬が赤くなっていた。
「......なら......するよ」
「ん? なんだって?」
「練習するの! いざ転移魔法で戦うってなったときに、上手くいかんやったら困るやろ」
「あ~、遊びたいってことね」
「れ・ん・しゅ・うっち言いよるやろ」
ガルルルっといった感じの愛姫を見て、やれやれ......と苦笑いをひとつ。
「はいはい。わかりましたよ」
「はいは一回!!」
「イエス、マム!」
それからは、愛姫が疲れて眠りにつくまでゲートくぐりに付き合わされた。
練習と言い張る愛姫に、いつもより激しい注文をだされ、失敗しないように必死に杖をふるう羽目になった。
もっとも、いつの間にか愛姫の機嫌はすっかり良くなって、気づけばいつものように楽しそうに笑っていたが。やっぱ遊びたかっただけじゃないのか?
寝息を立てる愛姫を眺めながら、俺は兄を想って怒ってくれる、悲しんでくれる妹と、絶対に安全な日本に帰すと決意を新たにする。
(他人にどう思われたって構わない。俺は愛姫と俺自身のために、自分の思う道を突き進むだけだ)
本日の更新は以上となります。
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明日も午前、夕方、夜に1話ずつ投稿する予定です。
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