1-16 実戦
森の中からは、剣や盾が何かとぶつかる音、魔法が着弾する音、生徒たちの声、魔獣の声といった様々な音が断続的に聞こえてきている。
そんな喧騒に耳を傾けながら、俺は馬車の陰に座ってゆったりとくつろいでいた。
だって俺後方支援だし。
他人が労働に勤しんでいるときに、ゆったりと過ごす時間ほど、ラグジュアリーを感じられる時間はない。贅沢だ。
そんなことを考えながら、俺は片手間に杖をふるって魔力を周囲に漂わせる。
最近は、暇潰しに魔力の性質変化を練習しているし、この杖のおかげもあって、縦横無尽に魔力を操ることが出来るようになってきていた。
「へぇ。すごいじゃないか。この短期間でここまで魔力操作をものにするなんて」
閉じていた瞼を開けると、微笑を浮かべてガロンがそばに立っていた。
「だいぶ杖に助けられてますけどね」
「それを加味してもすごいよ。すでに駆け出しの域をはるかに超えてる。っていうか、赤プレートの魔法使いに相当するんじゃないかな」
「そうなんですか? でもほかの魔法組の連中だって似たようなもんだと思いますけど?」
「ん~、シャロたちから聞いた話だと、他の子たちはだいたい緑プレート相当の技術って言ってたかな。それでも十分に規格外だけどね。
どうやったらここまで急速に魔力の性質変化をものにすることが出来たのか、後学のために
教えてもらってもいいかな?」
「そう言われても、暇さえあれば練習してたとしか......。
あとは、俺の使う転移魔法は異なる性質変化を同時に行使することが求められるから......ですかね」
「へぇ、転移魔法ってそういう原理なのか。術者が極端に少ないから浅学でね。
でも、同時に異なる性質変化か。なるほど、それは上達速度に差が出るのも頷けるよ。これは一般的な魔法使いの初期訓練にも導入することを検討しないといけないな」
真剣な、それでいてどこか楽しそうな表情を浮かべながら、ガロンは俺の言葉に耳を傾け思考を巡らす。
会話の間も、森の方からは絶えず音が聞こえてくる。
「上手くやってるんですかね」
「う~ん、半々ってとこだね」
「状況がわかるんですか?」
「あぁ、僕の恩寵は”鷹の目”。一定の範囲内を俯瞰で見ることができるんだ。
この恩寵のおかげで、大規模戦闘でも戦況を即座に把握して行動できる。
戦闘能力がほとんどないけど、僕が七聖天の一席を担っているのはこの恩寵のおかげさ」
「そんな恩寵もあるんですか。すごいですね。
......でも、さっき言ってた半々ってのはどういうことです?」
「うん、魔法使いの子達はとてもよくやってるかな。ただ、前衛、特に攻撃の子達の動きが鈍いんだよね。なにか迷いや怯えが強い感じだ」
「あぁ、なるほど」
「? 理由が分かるのかい?」
「えぇ、おそらく、殺すことへの躊躇いです」
それを聞いて、ガロンが怪訝な表情を浮かべる。
「? どういうことだい?」
「えっと、俺たちの元いた世界、元いた国では、生き物の命を奪うってこととの縁がほとんどないんですよ」
「どういうことだい? 君たちの国では肉は食べないのかな?」
「いえ、もちろん食べます。ですけど、俺たちの食卓に並ぶ肉は、すでに切り分けられ、あとは調理するだけの状態で入手するんです。
それまでの過程、殺す、という行為はそれを生業とする人たちにほぼ丸投げされているんですよ」
「なるほど。僕たちの世界では生きていくために、身近な危険である魔獣との戦いは日常の一部だ。お国柄の違いってことか......」
「平たく言えばそういうことなのかなって思いますね」
「なるほど、じゃあ戦闘組と魔法組で動きに差があるのはどうしてだと思う?」
「これも恐らくですけど、感覚的な違いでしょうね。
刺す、切るといった感覚は、触覚を通してダイレクトに伝わってくる。魔法は俺たちの元いた世界にはなかったものですし。
直接触れることがないぶん、直接戦闘を行う者達よりも精神的な負荷が少ないんだと思います」
「......そういうことか」
「俺としては、そんなことで躊躇いを覚えるなんて甘えてるとしか思えませんけどね」
「へぇ、手厳しいね。君は躊躇いを感じないのかい?」
「えぇ、俺の祖父母は畜産業をやっていたので、育てられた家畜が殺されるところを何回も見てきました。俺も手伝って鶏を〆てましたし。
そもそも、自分が口にするものがどうやって食卓に並ぶのかも理解もせず、それでいていざ自分が命を奪う立場になったら身がすくむなんて......反吐が出る偽善でしかない」
「ぐうの音も出ないとはこのことだね」
「とはいえ、俺はこうして後ろでのほほんとしてるだけですし、そんなことを言う資格はありませんがね」
「あはは、違いない。僕らに出来るのはこうしてみんなが無事に帰ってくるのを待つことだけだからね。なんとか乗り越えてくれればいいけど」
「それは大丈夫でしょう。やらなきゃやられるんです。無我夢中になって戦えば、いつの間にやらそんな甘えた考えも消えうせてると思いますよ」
「そうだね。それまでに大きな怪我を負ったりしないようにガイアスたちもいるんだし」
「そうですね。オーバーキルもいいところでしょうが」
「あっははは。君、ほんとに面白いね。僕気に入っちゃったよ」
「お褒めに預かって光栄ですね」
「興味深い会話ができて楽しかったよ。じゃあガイアスたちが戻るまでもうしばらく、大人しく待っていることにしよう」
ガロンはそう言うと俺の隣から立ち上がり、御者を努める者のほうへと向かっていった。
ガロンを見送り、俺はふたたび馬車に背を預け、杖を振るって魔力の操作を再開した。
陽が頂上を少し過ぎたころ。森の喧騒が次第に小さくなり、やがて生徒達が森の入り口へと戻ってきた。
そちらのほうに目をやると、特に目立った傷を負った生徒はいないようだ。
エリィもそれを見てホッと胸を撫で下ろし、穏やかな微笑を浮かべて帰還した者達へと歩み寄る。
「皆さん、お帰りなさいませ。初めての実戦での訓練でしたが、いかがでしたか?」
エリィの質問に、生徒達はさまざまな反応を見せた。
疲れ、安堵、達成感、悔恨。
よく見れば、ガロンの言うとおり、魔法組には晴れ晴れとした表情を浮かべた者達が多く、戦闘組、特に攻撃を担った者の多くは渋い表情をしている。
「初の実戦で、皆様一人ひとり感じることがあったかと思います。
それを反省・改善することで皆さんの力はまた大きく高まるのです。
しかし、そのための最低条件は、生きて帰ることです。今日は本当にお疲れ様でした」
そういって、戦闘訓練に参加した者達に深々とお辞儀する。
「エリシア様の仰るとおりだ。確かに前衛戦闘を担った者は序盤に硬さが目立った。
しかし、時間が経つにつれてそれも改善されていたぞ。むしろ、終わってみれば初実戦としては
桁外れの数の魔獣を仕留めている。
それに、今日失敗したのなら、次以降に繰り返さなければいいだけだ。お前達は十分によくやっていた。この俺達が保障しよう」
そういって、ガイアスはニッコリと笑顔を浮かべて暗い表情の者達を励ます。
「初陣としては上出来だ。さぁ、帰るぞ!! 戦いのあとの飯ほど旨いものはない。食べて騒いで、疲れを吹き飛ばすんだ。さぁ、馬車に乗れ!!」
ガイアスの掛け声に従い、生徒達は自分達が乗ってきた馬車に乗車し帰路に就く。
初の実戦での疲労と無事に生還した安堵から、移動が始まるとまもなく、戦闘に参加したすべての者は、城に到着するまでの間、まどろみの中へと意識を手放すのだった。
城に着くと、夕食まで自由時間となり、特に会話もなく全員まっすぐに部屋へと向かう。
よほど疲れているのだろう。俺はのんびりと草原でピクニックをしていたのと大差なく、特に疲れるようなことはないのだが......。
部屋に戻ると、ベッドに寝転んで本を読んでいた愛姫が飛び上がる。
「にいちゃん!! お帰り!!」
「あぁ、ただいま」
ベッドから飛び降りて、こちらまですっ飛んでくると、勢いそのままに俺に抱きついた。
「とうっ」
「おわっと......危ないだろ?」
「えへへ、ごめんごめん」
「まったく反省してないな、こいつめ」
心配してくれていたんだろう。そう思えば強く咎める気も起きず、愛姫の頭をガシガシと
なでてやる。
「魔獣ってどんなんやったん?」
「そうだなぁ、俺が見たのは角の生えた狼だったな」
「へぇ~、他には他には?」
「前も言ったけど、ついては行ったけど俺は後ろのほうで待ってただけだから、他の魔獣は見てないな」
「なぁんだあ、心配して損した」
「言ったなこいつ」
悪戯っぽく下を突き出す愛姫に、自然と笑みが浮かんでしまう。
「なんだ、俺が危ない目にあったほうがよかったってのか?」
「それは嫌~」
「だろ? まぁ、これからもあの森には行くだろうから、他の魔獣を見たら教えてやるよ」
「うん。で、兄ちゃんはこれからどうするん? 何か訓練あると?」
「いや、今日はもう何もないよ。夕食までは自由時間だ」
「やったぁ~♪ じゃあさじゃあさ、あれやりたい! ゲートくぐり!!」
「はいはい。あ、そうだ。俺も少し試したいことがあるんだけどいいか?上手くいけばもっと楽しく遊べるぞ?」
「やる!!!」
即答する愛姫を見て苦笑を浮かべながら、俺は余暇の時間を過ごすのだった。
その日の夕食は、これまでに増して豪華絢爛だった。
初の実戦ということで、いつもよりも料理人が腕をふるってくれたらしい。
ガイアスの言葉通り、生徒達は戦闘での疲れを吹き飛ばすように食べ、飲み、語らい、にぎやかに時間が過ぎていった。
俺も、戦闘に参加していないにも関わらず、この豪華な食事のご相伴に預かることができて大満足だ。 漁夫の利とはまさにこのこと、などと不謹慎極まりないことを考えながら、他人の労力で得た豪華な食事を愛姫と楽しむ。
さりげなく、それでいて明確に不快感をまとった視線を無視しながら......ではあるが。