1-15 オドルの森
本日もごらんいただき、誠にありがとうございます。
投稿4日目、ここから第1章の折り返しとなります。
それでは引き続き拙作をお楽しみくださいませ。
朝食。これまでと違って、今日の広間は沈黙が場を支配していた。
軽く挨拶を交わすものの、誰もその後に会話を続けることなく黙々と朝食に手を伸ばす。
今日の訓練はこれまでとは意味が違う。正真正銘の命のやり取りだ。
相手は弱いと聞いてはいるが、経験したことのない戦闘に対して緊張を感じないはずがない。
それぞれの顔には緊張、不安といった感情が浮かんでいる。
重い雰囲気を感じたエリィが、場を和ませようと口を開く。
「みなさん、油断をしてはいけないと依然お伝えはしましたが、とはいえ今日の相手は魔獣といっても、駆け出しの冒険者でも楽に相手が相手をできる魔物ばかりです。
まだ訓練を始めて2週間ほどですが、皆様の実力はそんな駆け出しの冒険者たちより遥かに強いです。
これはガイアスさんたちの評価ですから、自信をもってください」
そういって笑みを浮かべる。完全に払拭できたとはいえないものの、エリィの言葉でいくらか気が楽になったのか、すこし雰囲気が和やかになった気がした。
エリィの言葉に応じるように、朝倉がおもむろに立ち上がり、
「エリィの言うとおりだ。俺たちはまだ実戦の経験はないけど、個々の力は恩寵のおかげで強力だし、連携も磨いた。これまでの訓練どおりにやれば絶対にうまくいくさ。だから、がんばろうぜ」
「「「おぉ~!!」」」
朝倉の親しい男子を中心に元気な声があがり、緊張もだいぶほぐれたようだ。
さすがはクラスの人気者だ。主人公みたいだね。
活も入って朝食を終え、それぞれは装備を身に着けに部屋に戻る。
俺は軽装だったのでパッパと着替えを済ませ、集合場所に向かおうとすると、ローブの袖がキュッと愛姫に引っ張られる。
「にいちゃん......気を付けりぃね?」
「愛姫......。あぁ、心配すんなよ。俺は直接戦闘には参加しない。後ろの方でのんびり昼寝でもして戻ってくるさ」
笑みを浮かべて最愛の妹の髪を撫でる。
「うん......帰ったらまたゲートくぐりで遊んでね?」
「あいよ。夕食前には戻ってくるから、ルミアナと遊んで待ってな」
「うん。わかった」
ニヘラっと笑顔になり、ヒシっと俺に抱きついた後、
「にいちゃん! ハ○ーみたいでカッコいいよ」
「そうか、額に稲妻型の傷跡とメガネがあれば完璧だな」
「帰ったら書いちゃる」
「顔に落書きは勘弁してくれ」
「あはははは。行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってきます」
お互いに手を振り合って扉を開け、外に出る。
さぁ、実戦だ。
外の訓練場のそばの木陰でゆったりと時間まで待っていると、次第に面子がそろい始める。
比較的軽装な魔法組や中衛攻撃のやつから揃いだし、次いで前衛攻撃・防御のやつらもガチャガチャと音を立てながら集まった。
パッと見では重くてとても動きにくそうだが、あの重装備には重さを軽減する付与魔法が施されているらしく、防御力はそのままに身軽な動きを実現しているらしい。
そうこうしていると、ガラガラっという音が遠くから聞こえ始め、しばらくすると数台の馬車がこちらにやってきて停車した。
一台の馬車の扉がガチャリと開き、中からエリィと七聖天の面々が降りてくる。
全員がそろっていることを確認してエリィが目くばせすると、ガイアスが一歩前に進み出て口を開く。
「いよいよ実戦だ! 場所は王都の西のオドルの森。
ここには小さな獣型の魔獣、およびゴブリンが出現する。知っているとは思うが、これらの魔獣は非常に力が弱い。だが、弱いといっても数が集まれば厄介だ。
そこで、ここ1週間で君らには連携を磨いてもらった。連携を以て望めば、一人で相手をするよりもはるかに楽に、多くの敵を迎撃することができる
森についたら、パーティごとに行動してくれ。それと、今日のところは遊撃の者たちもパーティに加わって戦ってもらう。
慣れてきたら、いずれは遊撃本来の役割に回ってもらうからそのつもりで。
後方支援の者たちは、馬車近くで待機だ。戦闘には直接関与しないが、実戦が何たるかを目で見て、感じてもらいたい」
そこまで言うと、こちらを見渡し、獰猛な笑みを浮かべる。
「心配するな。俺たち七聖天もいる。敵さんからしたら、過剰戦力もいいところだ。雑魚どもを軽く蹴散らして、勝利の美酒としゃれ込もうぜ」
「「「おぉ~」」」
ガイアスの鼓舞に呼応するように声が上がる。士気は上々と見て取ると、
「それではパーティ、遊撃、後方支援に分かれて、それぞれ馬車に乗りこめ! さぁ、初陣だぁ」
全員が馬車に乗車し、扉が閉まると、御者が馬車を進め始める。
俺の乗った馬車には、他の後方支援2人に、エリィと参謀のガロンが乗車した。
馬車はやがて城から出て、市街地に出る。
メインストリートらしき通りには、様々な店が立ち並び、多くの通行人でにぎわっていた。馬車が近づくと、通行人は脇に避けて道をあける。
木と煉瓦によって作られた街並みは、日本ではみたことのない景色であり、中世ヨーロッパがこんな感じだったのかなと思いを馳せる。
しばらく進むと、王都をぐるりと取り囲む城壁をくぐる。外に出る者、王都の中に入る者、それぞれがここで身分照会、荷物の検閲を受けるらしい。
こっちでいう税関みたいなもんか?などと考えながら大きな門をくぐって外に出た。
この馬車は検査の列に並ぶことなくほぼフリーパスで通過できた。不思議に思ってエリィに聞いてみると、この馬車に王家の紋章が刻まれており、その馬車はフリーパスで通過できるらしい。
やっぱり王族ってすごいのね。
門の外に出ると、見渡す限りの草原が広がっており、馬車がすれ違えるくらいの幅の道が整備されていた。
このまま街道に沿って進めば周辺の都市へと移動できるらしい。
辺境では整備の進んでない地域もあるが、都市と都市を結ぶ街道はきちんと整備されているらしかった。
目の前に広がる雄大な大自然を眺めながら道を進む。広大な草原が広がっているが、魔獣らしき存在を認めることはできなかった。
こんなだだっ広い平原だから、少しはそういった存在がいるだろうと予想していたので、疑問に思って聞いてみる。
「なぁ、こんなに広い草原に、魔獣が一匹もいないってのが予想外だったんだけど、魔獣ってそんなに数が多いわけじゃないのか?」
「あぁ、そのことですか。さすがにこの国の心臓となる都市の近くですから、この辺りは定期的に魔獣を掃討しているんです。
もっとも、このあたりに出てくる魔物は弱い魔獣がほとんどなので、たいした労力はいらないんですけどね。
ここに王都ができたのも、出現する魔物が弱いというのが大きな理由のひとつになっているんですよ」
「なるほどね」
「ただ、あくまでそれは王都に近い街道に限られます。こういった平穏な景色は王都から半径5kmといったところですね」
「まぁ、さすがに街道沿いすべてをカバーするなんて土台無理な話だよな」
納得して再び景色に視線を戻し、車内は静寂を取り戻す。
そして、馬車に揺られることしばらく......、彼方に鬱蒼とした森が見えてきた。
森からほど近くに馬車を止め、全員が馬車から降りる。
ガイアスが前に進み出て声を上げる。
「ここがオドルの森だ。すでにここはやつらの縄張り。いつ出てきてもおかしくないから、パーティと遊撃は隊形を整えろ」
それを聞いて、後方支援組以外の面子がテキパキと動いて隊列組んだ。
「よし、後方支援組は、御者が護衛する。安心しろ、こいつらは俺たち直属の騎士団から連れてきてる。実力は折り紙つきだ。
さて、こちらの体制は整ったな。あとは敵が現れるのを待つだけ.......来たな」
「ウオオォオォォォォン」
突然、森の方から遠吠えが響き渡り、ガサガサっと何かが茂みを掻き分けてくる。
数秒後、近くの木々の間から、5匹の角の生えた狼のような生き物が飛び出してきた。
「ホーンウルフか。肩慣らしには丁度いいや。こいつらでお手本を見せてやるよ。お前ら、いくぞ」
「「「おう」」」
参謀のガロンを除く七聖天が前に進み出る。
「ま、こんな相手じゃ肩慣らしにもなんないけど」
「おいおい、これも指導なんだからちゃんと手を抜けよ? ちゃんと連携しながらやらないと意味がないんだから」
「わかってるよ、じゃなきゃこんなやつ等何匹いても俺たちなら一人で殲滅戦になっちゃうしね」
そんなやり取りをしながら、ガイアスたちはホーンウルフたちが動くのを待つ。
ホーンウルフたちは細かく動きながら、こちらの様子を伺っている。
飛び掛る機会をうかがっているのだろう。
「へぇ、いっちょまえにこっちの隙をうかがってんのか。生意気だな。来ねぇなら......こっちから行くぞぉ」
ガイアス、レアル、ロイスの3人が一気に前に進み出る。それと同時に、ホーンウルフも3人に向かって駆け出した。
「グルルルルル」
双方が激突する直前に、防衛役のロイスの後にガイアストレアルが続く形になり、ロイスが手に持つ大盾でホーンウルフを正面から迎え撃った。
「ギャン」
真正面から大盾に突進するが、悲鳴を上げながらホーンウルフは後方へ吹っ飛ぶ。
次の瞬間、ロイスの背後にいたガイアスとレアルが飛び出し、地面に転がったホーンウルフにそれぞれ長剣と短剣を突き立てた。
体勢を整える間もなく急所を貫かれたホーンウルフは、苦しそうなうめき声をあげたかと思うと、体を爆散させて姿を消した。
「残り2匹......フッ」
ガイアスが次の獲物に視線を向け、小さく笑ったかと思うとスっと体から力を抜く。
視線の先では、方や火だるま、また一方は風で切り裂かれたホーンウルフが先ほどと同じようにその体を塵にして消えるところだった。
「とまぁ、ざっとこんな感じだ。壁役が跳ね返し、その隙をついて確実にしとめる。
討ちもらした敵は、後衛が魔法で攻撃する。訓練でも何度も磨いた一番オーソドックスなセオリーだ。これさえ出来ればここの敵相手に困ることはない。分かったか?」
突然始まった戦闘に面食らいはしたものの、パーティ組にとっては反復を繰り返したものだったらしく、今繰り広げられた光景に目新しさはなかったようだ。
「よし、これからパーティで分かれて森に入る。俺たちも一人ずつ監督として同行するから、バックアップは任せろ。
あと......これだ」
そう言って、ガイアスはホーンウルフが消滅した辺りに屈みこんで何かを拾う。
指先につまんだそれは、濃紫色の石のように見える。
「これが魔石だ。魔獣の命の源であり、我々の生活においてもエネルギー資源、素材として役立つものだ。魔獣を倒すと、やつらは魔石を残して霧散する。まれに体の一部も残すことがあるが......。
これを街の換金所に持っていけば買い取ってくれるんだ。冒険者の最大の収入源だな。
戦闘が終わって、周囲の安全を確認したら拾ってくれ。くれぐれも、拾っている最中に油断して大怪我をする、なんてヘマは犯してくれるなよ?」
そこまで言うと、ガイアスは魔石を腰に提げたポーチに収納し、
「実演と説明は以上。ではこれより訓練を開始する。訓練終了は3時間後、集合はこの場所で。健闘を祈る。では......行動開始」