4-17 ガロンとの会談
翌日。朝食を終えた俺は自室でくつろいでいた。
昼にはガロンとの会食が控えているし、それまではあまり予定を詰め込みたくなかったのだ。
七聖天において唯一戦闘能力ではなく頭脳の面において籍を置く彼との会談は、こちらとしてもメリットが多い。
俺はベッドに横になりながらどんなやり取りになるかを考えて時を過ごしていた。
愛姫は当然のごとく部屋にはいない。朝食をとるや否や陽和たちのところにいってしまった。
ガロンからは俺以外の面子にお呼びはかかっていなかったし、みんなはみんなで普段どおりに体を動かして過ごすのだろう。
健康的なことだ。
そうこうしているうちに指定された時間が近づいてきた。
俺は準備を整え(といっても普段の格好を身につけるだけだが)部屋を後にする。
場所は普段エリィたちと食事をとる広間ではなく、王城の庭園の一角にあるテラスとのことだった。
季節はいよいよ夏本番といった感じで降り注ぐ陽光が厳しさを増してきていた。
少し前までは心地よい気温だったが、じきに温度調節機能を備えたインナーなしでは汗がダラダラと滴ることになるだろう。
俺の衣装は全体的に黒を貴重としているのもそれを助長している。
そんな時候の流れに思いを馳せながら歩を進めていると、目の前に目的地が見えてきた。
いくつかの丸テーブルが置かれているが、そのうちの一つの近くにメイドさんが数人控えているのを見てそこに近づいていく。やがてメイドさんも俺に気づいたのか、恭しく一礼しながら話しかけてきた。
「失礼ですが、不二様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうです。ガロンさんからお呼び出しを受けて来たんですがここで合っていますか?」
「はい。お待ちしておりました。私、ガロンの側つきのコリナと申します。以後お見知りおきを」
「どうも、不二伊織といいます。こちらこそよろしくお願いします」
やわらかい物腰のメイドさんに丁寧に挨拶を返すと、椅子を引いてくれたので軽くお礼をいいながら腰を下ろした。
「ガロンもまもなく参るかと思いますので、今しばらくお待ちくださいませ」
「あっ、はい」
コリナさんの言葉に一言返事をしてからはお互いに口を開くことはなかった。
沈黙が苦手で少しでも無音な状態になると喋らずにいられない人種が世の中にはいるが、幸いにもコリナさんはそっち側ではなかったらしく、静かに立ったままだ。
そうして待つこと5分ほど、テラス近くの扉が開いてガロンが姿を現した。
「やぁ、遅れてしまってすまない。待たせてしまったかな?」
「いえ、丁度着いたところだったのでお気遣いなく」
俺が席を立って挨拶しようとすると、ガロンはそれを制す。
「そのままそのまま。別にかしこまらなくていいよ。今日は気楽に語らいたくてこの場を設けたんだから」
ガロンは気さくにそう告げて自らも席に着く。そのまま流れるようにコリナさんに目配せすると、飲み物やお茶請けのお菓子がテーブルに置かれていった。
「食事の準備をしている間、お菓子でも食べながら待つとしよう」
「そうですね。いただきます」
俺はテーブルの中央に置かれたお菓子に手を伸ばす。
クッキーのようなお菓子を口にすると、香ばしい香りとほのかな甘みが口に広がり、飲み物はブラックコーヒーのような苦味をもってお菓子の味わいを引き立ててくれていた。
「気に入ってくれたかい? どちらも僕のお気に入りのお店の品なんだよ」
「えぇ、とてもおいしいですね。相性が抜群です」
「そうかそうか。君ならこの組み合わせの至高さが分かってくれると思っていたよ。頭脳労働のあとの息抜きにぴったりなんだ。それなのにガイアスなんてまるで味わいもせずに平らげてしまうんだ。彼が来るときにはこの子達は隠しておくようにしているんだ。あまりに不憫だからね」
嬉しそうに語るガロンの言葉に思わず苦笑がこぼれそうになる。
脳裏にはがっはっはと豪胆に笑いながらクッキーを流し込むガイアスの姿がありありと映し出されていた。
確かに彼の普段の様子ならお菓子を味わって食べるなんて想像がつかない。
「ははは。たしかにもったいないかもしれませんね」
「そうだろう? まぁ、この会話はなかったことにしよう。お互いの身のためにね」
そういって悪戯っぽく笑いかけるガロンに頷きを返しながら取り留めのない会話を続けた。
お互いに一杯目の飲み物が体におさまったころ、コリナさんが昼食の乗ったカートを押してきた。
軽めのランチプレートに手を伸ばしながら、ガロンが本題を切り出す。
「さて、それじゃあそろそろ聞かせてもらおうかな。初めてのダンジョン、どうだった?
エリシア王女殿下から朝軽く聞かせてもらったんだけど、改めて君の口から聞かせてほしい」
「分かりました。まずは各階層から......」
こうして俺はエリィに聞かせたことを再度ガロンにも言って聞かせた。
ガロンもやはり一番聞きたかったのはケルベロスとの戦闘のようで、ところどころで質問を交えながら細かに当時の状況を把握しようとしていた。
当然、イエナとカインについては全く触れていない。
どこに奴等の耳があるか分からない以上、軽率な言動はご法度だと強く自分に言い聞かせていた。
戦闘の終わりまで話したところで一旦口を閉ざす。
カインは腕を組みながら何度か頷きを繰り返し、やがて口を開いた。
「まずは詳細な説明をありがとう。おかげでとても具体的に君達の行動がイメージできたよ。
多くの危険を伴ったみたいだけど、僕の聞いた限りでは、君達がケルベロスに勝利を収めたのは決して偶然じゃない。
君達ここの素晴らしい働きによってもたらされた必然的なものだったと思う。
おめでとうと言わせてもらうよ」
「どうもありがとうございます」
ガロンはにこやかにそう告げた。そこに賞賛以外の他意を感じることもなかったので俺も素直に受け取る。
「だけど、そんな強敵を倒したというのに君からはそれほど喜びのような感情を感じることができない。
何か気になることでもあるのかい?」
「......」
ガロンからの問いかけに、一瞬ギクリとしそうになるのを必死に堪えた。
確かにもう少し自信を深めたような様子を見せたほうがよかったかもしれない。
だが、手痛い敗北を喫したという事実の前で、ケルベロスを倒したからといって余裕の表情を浮かべるという思考にいたることができなかった。俺は必死に頭を働かせ、何とか取り繕うためにおずおずと答える。
「確かに倒すには倒せました。だけど、だからといってそれで大満足......という風にはいけないですね」
「というと?」
「戦うなかで、自分に足りない課題が見えたから......ですかね」
俺の返答にガロンは先ほどまでの朗らかな雰囲気を一変させ、真剣な表情へと切り替わる。
その表情はいつもの飄々としたそれではなく、王国の最高戦力の一翼としての風格を感じさせた。
ガロンは顔の前で両手の指を交差させ、俺の言葉の真意に踏み込んだのだった。
「聞かせてもらえるかな?」