4-14 結論
エルザとの話に決着がついたところで、俺はアルの方に向き直った。
アルは俺の視線におどおどとしたような反応を示しながらも、目を逸らすことなく俺に正対していた。
「アル、そしてメリルさん。
二人にもちゃんと聞かなきゃいけない。これからアルがどうするのか」
俺はそう口火を切った。
アルは不安げな様子でメリルの片方の袖口をキュッとつかんで母を見上げる。
メリルは真剣ながら穏やかな表情でそんなアルの頭を優しく撫でた。
「そうですね、その質問にはまずアルが答えるべきなのか、それとも私から答えるべきなのか、迷うところですね」
そう、エルザはすでに自立している成年のエルフだ。
その行動の責任は自分が追うことになるということを当然納得している。
だけどアルは違う。アルはまだ子供だ。
アルがたとえ俺達と行動を共にしたいと思ってくれて、その意思を表してくれたとしても、母親であるメリルの意向を無視することはできない。
メリルはしばしアルと見つめ合い、まずは自分から気持ちを口にすることにしたようだ。
「まず率直に言えば、皆さんの旅に娘を同行させることに喜んで同意することはできません。
自分の最愛の子供を、命の危険なところに喜んで送り出す親などいないと思うのは無理からぬことです」
「そうですね......」
メリルの言うことは至極もっともだ。
俺だって、自分の家族を危険と分かっている場所に送るような真似は絶対にできない。
だからこそ俺は愛姫をこちらの世界に呼び寄せたのだから。
「ただ......アルをこの村に留めさせたとして、それがアルの身に安全をもたらすわけではないと私は感じています」
「それはアルが金狼だから......ですか?」
「その通りです。アルがこの村で暮らしたとして、遅かれ早かれ金狼という情報は知られることになるでしょう。もし良からぬ人間に知られれば、またあの時のようなことになるかもしれないし、獣人側に知られれば、獣人のシンボルとして担ぎ上げられて戦いに投じられるかもしれない。
どちらの事態が起きたとして、この村にそういった思惑からアルの身を守る術はありませんから」
メリルは悲しげな面持ちでそう口にした。
アルが金狼であるがゆえに背負った十字架が、この村で平穏な日々を送ったとしてもいずれ牙をむくであろうという想像は、悪く考えすぎだと笑い飛ばすことのできない十分な可能性を感じさせた。
「アルの身の安全を願うのは当然ですが、それと同時にアルには後悔のないように生きてもらいたいと思っています。ですから私は、アルが望むのであれば皆さんとの旅の同行をこれから先も止めるつもりはありません」
「......」
「お母さん......」
メリルの口から許可を意味する言葉が告げられた。
様々な思いが混在していることだろう。当然不安の気持ちも大きいはずだ。
だが、メリルはそれらを全てのみ込んだうえでこう言ってくれているのだ。
「それに、この間アルを送り出したときに、既に覚悟はしています。
あなた方の旅に危険が伴うこと、命の保証がないことなども分かったうえでこの子の意思を尊重したのですから、今回も私はアルの決断を尊重します。
さぁアル、あなたの想いを聞かせてちょうだい」
メリルの言葉で、その場の全員の視線がアルに集まった。
アルはしばしの間俯いて逡巡したあと口を開く。
「ボク......ボクは、みんなと一緒に旅がしたい。
ダンジョンであの人たちには何も出来なかったけど、ボクもイオリ兄ぃ達の手助けがしたい!」
「アル......」
「ボクの目標は人間と獣人が仲良くできる世の中にすること。
だったら、イオリ兄ぃ達と一緒に旅をして、魔王たちを倒すことはその目標に近づけることだと思うんだ。
ボクはまだまだ弱いけど、強くなりたい。みんなを助けられるくらい、もっと......もっと」
アルの言葉からは強い決意が感じられた。
まだまだほんの子供のはずなのに、過酷な道だと分かったうえで挑もうとする意思を示してくれたのだ。
一度メリルのほうに目をやると、優しい表情でゆっくりと頷いてくれる。
俺はそれを受けてアルに向き直る。
「アル、ありがとう。そして、これからもよろしくな」
俺の言葉にアルは耳を嬉しげにピンと立てた。
「うん!!」
愛姫がアルちゃ~んと嬉しそうな声を上げながら駆け寄って抱きついた。
エルザや陽和も側によって頭を優しくなでる。
そんな光景を見ていると、俺のなかで沸々とある意欲が込み上げてきた。
強くなりたい。
大切な仲間たちを守れるように。
もうあんな目に遭わせないでいいように。
どんな状況でも生き残れるように。
一連のやり取りで、陽和だけでなくエルザやアルも俺の中で特別な存在なんだということが強く認識させられていた。
「みんな」
俺が呟くと、全員がこちらに顔を向ける。
俺は改めてみんなに頭を下げた。
「みんな、本当にありがとう。
これからも色んな壁が立ちはだかると思うし、命の保障もない。
だけど、みんなのために俺も全力で頑張るから、これからも一緒に旅をしてほしい」
俺の言葉にみんなは顔を見合わせたあと、示し合わせたかのように笑顔を浮かべた。
「もちろん」
「よろしくね」
「ボクも頑張る!」
有難く、それと同時にとても頼もしい返事をもらい、俺もみんなとつられるようにフッと笑みをうかべるのだった。
こうして、今後のパーティの方針は”これからも一緒”という結論となったのだ。