4-13 誇り高きエルフ
この世界の根幹に関する事実を唐突に知ることとなり、俺は少なからず動揺していた。
それと同時に、俺にはいくつかの疑問が浮かび上がってくる。
「いくつかいいか?」
「もちろん」
「まず、エルザはどうしてそんなことを知ってるんだ?
かなり機密......っていうか、おいそれと人に言えるような話じゃないと思うんだけど」
「そうね。この事実は魔族なら誰でも知りうる情報ではないわ。
簡単に言えば、長命なエルフという種族の中で、そういう情報を知り得ることができる存在だったということね」
「それって......かなりのお偉いさんってことにならない?」
エルザの返答に陽和が若干引き気味になりながら問を返す。
エルザは陽和に苦笑を送りながら答える。
「生まれはね。だけど、今はただの放蕩者のエルフでしかないわ。
私は森のなかでひっそりと生き、ひっそりと死ぬというエルフの生き方がどうしても性に合わなかった。せっかくの人生なのだから、広い世界を見て、様々な見識を広げて、たくさんの強者と戦いたかった。
だから私は里を飛び出したの。里のみんなからしたらとんだ恥さらしでしょうね」
そう言って自嘲気に笑みを浮かべるエルザ。
その瞳が見つめる虚空の先には、故郷や、同郷のエルフたちが映っているのだろうか。
そんなことを考えていると、エルザが再度口を開いた。
「そういう訳で、私は一連の魔王勢力の動きに違和感を感じているということね」
「あ、あぁ。じゃあもう一つ聞きたいんだけど、エルザが魔獣を狩るっていうのは、魔族......エルフ的に問題はないのか?
話を聞く限り、間引きを管理する側の存在なんだろ? なのに、魔獣を狩ったりするのはまずくないのか?」
「あぁ、それは大丈夫。私たちエルフが管理するのは草木の循環。それを司る世界樹、”ユグドラシル”を守ることが役目なのよ」
「ユグドラシル!? あるのか?」
俺は思わず前のめりになりながら問い返してしまう。
俺の食い気味な反応に背中を仰け反らせながらエルザは頷いた。
「え、えぇあるわよ。というかあなた、知っているような反応ね」
「そりゃあな。こっちの世界でもおなじみの存在だし」
世界樹ユグドラシル。
北欧神話に登場する木の名前だ。
世界そのものを構築するとんでもない巨木で、ヨツンヘイムやヘルヘイムなど、9つの世界を内包するといえばそのスケールの大きさがお分かりいただけるだろうか。
ゲームやファンタジー小説でよく出てくる名前だし、俺もそういった神話とかに興味を持って学校の図書館で本を借りて読んでいたこともある。
そんな空想の産物のはずの木が実在すると聞かされて、柄にもなく興奮を隠しきれなかったのだ。
「にいちゃんの目が輝いちょる......」
「明日は槍が降るわね.....」
失礼なことをのたまう愛姫と陽和にジト目を送りつつ、俺は咳払いをして話を戻す。
「悪い、つい話の腰を折っちまった。
世界樹についてはまた今度聞かせてもらうとして、エルザが魔獣を狩ることについては問題はないんだよな?」
「そうね。確かに魔獣はこの世界の命を間引くために必要な存在だけれど、それが増えすぎれば今度はこちらの世界のバランスが狂ってしまうからね。
魔族がその手駒を手にかけたとして、何か問題があるわけではないわ。
もちろん、狩りつくす勢いで動いてしまっては本末転倒だけれど、私一人がどうこうした程度で減る魔獣の数なんて微々たるものよ」
「そうなのか」
エルザの答えに俺は頷きながら思索を巡らしていた。
確かに、エルザ一人が魔獣を狩ったところで、そんなのは魔獣の全体数からしたら誤差にもならない程度だろう。
それに、魔石を消費することまでが二つの世界の循環から溢れた生命を無に帰すことだと考えると、別に不都合はないのか......と感じる。
俺が頭の中で納得を深めていると、エルザが話の核心に踏み込んできた。
「きっかけはあなたへの興味だったわ」
「えっ?」
「稀有な恩寵を持ち、それを独創的な発想で戦闘に転嫁したあなたの戦い方に私は凄く興味をひかれた。
そんなあなたと一戦交えてみたい。実力の底を見てみたいという理由で、あなた達を追いかけて、旅に同行したの。あなた達の旅の目的とも利害は一致していたしね」
「そうだったなぁ」
「でも、旅をしているうちに、私は確かな絆を感じていたわ。
これまではエルフということを隠して、人間たちとは深く接触しないようにしながら一人で護衛とかの任務をこなしながら旅をしていたから。きっと、居心地がよかったのね」
そう語るエルザの表情は穏やかで温かだ。
「エルフの寿命は長いわ。あなた達からすると遥かにね。
私からすれば、あなた達の一生はとても短く、まるで一息に駆け抜けていくように感じられる。
でもね、だからこそ、その短い生を駆け抜けるあなた達の姿は私にはとても眩しく映るのよ」
俺たちに映るエルザの容姿は、一見すれば俺達とそう変わらない、せいぜい2,3歳の違いでしかないように感じられる。だがおそらく、エルフにしてみれば若年だとしても、それでも俺達よりはるかに長い時間を生きてきたのであろうということが、その言葉から察せられた。
エルザの纏う大人びた雰囲気や、たまにかけられる含蓄を含んだ言葉は、長い時を生きる中で培い、積み上げてきた”経験”によって成せるものなのだろう。
「旅をするなかで、あなた達の未来の話を聞いて、その短い命に課せられた使命の大きさ、重さに驚いたわ。それと同時に、その過酷な運命に必死に立ち向かう姿に敬意を抱いたの。
そして、その旅路の行く末をこの目で見たくなった」
「......」
エルザの答えがもうすぐ分かる。
俺は自然と居住まいを正してエルザの語りに耳を傾けていた。
「この世の均衡を保つ責務を持つ存在の一人として、この事態を見過ごせないというのももちろんあるわ。この世界の生命のバランスが崩れると、ゆくゆくはエルフの管理する領域にまで悪影響が及びかねないし。
いくら里を飛び出したといっても、同郷の知人や友人が困り果てるのは見たくないもの。
ただ、それはあくまでも建前かしら。本音から言えば、せっかく知り合った友人をみすみす死なせたくないのよ。たとえ、立ちはだかる相手がどれだけ強大だとしても」
「エルザ......」
エルザの言葉が意味するもの、それを理解した俺には、様々な感情が飛来していた。
本当にいいのだろうか、申し訳ない、有難い。
ただ、エルザの意図を理解してなお、素直にその意思を受け入れるのがはばかられるような感覚もまたあったのだ。
「確かに今の私では力不足よ。でも、今が私の限界じゃない。あなたが諦めないのなら、私もその旅路に力を貸すわ。だから、これからもあなたたちに同行してもいいかしら?」
「だけど......」
「ここで別れるってことは、臆病風に吹かれて逃げたのと同じ。
誇り高いエルフの血をその身に宿す者としても、そんな真似はしたくないの」
力強い言葉と裏腹に柔和な笑みを浮かべるエルザを見て、俺は口にしかけた言葉をグッと飲み込んだ。
これ以上の遠慮はエルザに失礼だ。
彼女は俺の抱いた思いのすべてを理解した上で、俺達に手を貸したいと言ってくれているのだから。
俺は陽和と愛姫に視線を送る。
二人も嬉しそうに頷きを返してくれた。
俺はエルザに正対し、手を差し出す。
「ありがとう、エルザ。これからも危険な旅が続くと思うけど、引き続きよろしく」
「えぇ、こちらこそ」
こうして、エルザ・リーゼマインは引き続き俺達の旅に同行する運びとなったのだった。