4-11 〇太郎侍
ゴゴゴゴゴゴッ
俺の前にちょこんと座る小柄な少女から、そんな気迫がビシビシと伝わってきているような気がした。
あまりの迫力に、アルは完全にビビッてメリルの腕にピトっとくっついてしまっているし、俺もあまりの迫力に思わず背中がのけぞってしまう。
そんな鬼気迫るうちの閻魔様は、エルザの下知を受けて俺に向き直った。
「被告人に判決を言い渡す」
「......」
「有罪」
まぁ......ですよね。
裁判としては異例のスピード判決ながら、俺自身も無罪放免になるかもなんて甘い考えは欠片も抱いちゃいなかった。
俺に期待できるのは、情状酌量による罰の軽減くらい......なのだが。
「これより刑の執行に移ります。被告人、起立」
「......はい」
俺は言われるがままに立ち上がる。
俺と愛姫の身長差だと、ビンタにしてもグーパンにしても俺は座ってないといけないはずなんだけどな。
なんてことを考えていると、
「ちょっと準備するけん、みんなもちょっと手伝って~」
そう言って他のみんなも立たせ始めた。
他のみんなも愛姫の思惑が分かっていないようだ。
愛姫は自分の思惑を語ることなく、てきぱきと動き始めた。
動き始めること数分。
それまで敷かれていた布団やダンジョンで使っていたシーツなどの寝具の位置がずらされた。
居間の奥の壁側にシーツと敷布団が重ねられる。
愛姫は準備が完了したのか、俺の方へと向き直り、今しがた作り上げたところを指しながら俺へと告げる。
「被告人、準備ができました。処刑台へ」
「まさかの極刑!?」
「あ゛ぁん!?」
「いえ......なんでもないです」
思わずツッコミのようなことを口走ったとたんにブチ切れた目と声で凄まれてしまった。
10歳の女の子の迫力じゃないんだが......。
俺は一切の情状酌量の余地がないことを悟り、観念して言われるがまま、手作りの処刑台へとぼとぼと歩いていくのだった。
「どうするんだ?」
「仰向けで横になりなさい」
「? はい」
俺は執行官の指示に従い、処刑台の上に横たわる。
すると、愛姫がメリルにこそこそと耳打ちをして何やらお願いごとをしているようだ。
メリルはちょっと考えた様子を浮かべたあと、台所のあたりを指さす。
愛姫はとことこと台所に向かうと、小さな桶を持ってきた。
愛姫はその桶を俺の頭側の処刑台の脇にコトリと置く。
一瞬その桶で思いっきりぶん殴られるのでは? と思ってゾッとしていたが、さすがに獲物は使わないようだ。だけど、なら一体どうして桶なんて......?
どうやら準備はこれで完了したらしい。
愛姫は俺の脇に仁王立ちで立ち、
「それではこれより刑を執行します。被告人はこれから刑の執行まで、1ミリも動かないように」
「......はい」
俺は諦めの境地で頷いた。
愛姫はくるりと背をむけ、俺のいる壁とは反対側の壁へとゆっくりと歩いていく。
エルザ達も、固唾を飲んで愛姫の一挙手一投足に注目していた。
やがて、壁際に到着した愛姫がふたたびこちらへと体を反転させ、何やら口上を述べ始めた。
「ひとぉつ、勝手な考えで動き」
愛姫は壁に背をつける。
「ふたぁつ、不埒な悪行三昧」
ぐっと体を沈め、力を溜めこむ。
「みっつ、醜き兄の性根を」
ダッと愛姫が駆け出した。
こちらへと距離を詰めながら
「退じてくれよう」
そこまでいうと、俺の横たわる布団の直前で愛姫は床に手をついた。
俺はここでようやく愛姫の意図を察して戦慄を覚える。
愛姫は床についた手にグッと力をこめ、前転の勢いを爆発的に加速させる。
女の子、そして幼子特有の体のしなやかさを活かし、鞭のように体をしならせた見惚れるようなハンドスプリングだ。
あとは綺麗な着地だけ。そう、着地だけ......。
そして、その着地地点には俺が横たわっており、むき出しの腹部へと、うなる踵がギロチンのごとく振り下ろされる。
まさにその瞬間、愛姫は先ほどまでの口上を締めくくった。
「妹太郎ぉ!!」
ズグっ
鈍い音とともに踵が深々と、それはもう深々と俺のがら空きの腹に突き刺さった。
「ぐぼぁっ!!」
俺は体をくの字に折り曲げながらのたうち回る。
やべぇ、息ができねぇ。
それと同時に、あり得ない吐き気と同時に体内から色んなものが勢いよく口にむけて逆流してくるのを感じた。
「うぷっ」
俺はとっさに口を押えるが、この流れは堰き止めようがない。
すでに食道が焼けるような感覚とともに、口の中いっぱいに生温かくて酸っぱいものが込み上げていた。そんな俺の涙でぼやけた目に、小さな桶が映る......用意のいいことで......。
俺は必死に手を伸ばして桶をひっつかんで引き寄せ、口元にかざし、
「オ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛......」
それは盛大に込み上げた○ロをぶちまけたのだった。
異の中が空になるまで吐き出したが、込み上げてくる吐き気は収まる気配がない。
あまりの苦しさに悶絶している俺に、無情なる執行官は冷徹な一言を放つのだった。
「くさい。消臭の魔法で消して」
「......はい」
俺は涙目のまま息も絶え絶えになんとか魔力を練り、魔法を行使する。
まさかアンデッド対策のために取得した魔法を、自分の吐瀉物の処理のために使う日が来るとは夢にも思わなかった。
家の中の酸っぱい匂いを消しはしたものの、依然俺はぜぇぜぇと荒い息で桶を握りしめていた。
「やれやれ、大丈夫?」
俺の様子を見かねたのか、陽和が俺の傍らに座り込んで背中をさすってくれる。
「ずまん......助かる」
陽和に感謝の言葉を述べながらうずくまることしばし、ようやく呼吸も整い始めて、俺は○ロで満ちた桶を持って家の外に出て後始末を行う。
土魔法で地面に穴を掘って捨て、水魔法できれいに桶を荒って厳重に消臭魔法を重ねがけする。
臭いを嗅いで完全に残り香がないことを確かめてから、とぼとぼと来た道を引き返した。
家に入ると、エルザがさもすっきりとした顔で愛姫の頭を撫でていた。
「いや~、愛姫なら手心を加えずにやってくれると思ってたけれど、まさかあそこまでとは思わなかったわ。あれはもはや体術と言っても過言ではないわよ?」
「いや~、それほどです」
愛姫もまんざらでもない感じでエルザの労いを受けている。この薄情者めぇ!
一方、陽和とアルは神妙な顔で顔を寄せ合っていた。
「愛姫ちゃんには逆らわないほうがいいわね」
「ボ、ボクもそう思う。あんなの食らったら......死んじゃう」
そんなやり取りが聞こえたのか、愛姫がくるりと振り返る。
「やだなぁ、にいちゃん以外にするわけないやん。愛姫は暴力反対だよ」
そう言ってにっこりと笑みを浮かべるが、先ほどの行為を思い起こすととても額面通りには受け取れないだろう。ほら、二人とも引き攣った笑みを浮かべてるし。
「とにかく」
エルザがパンっと手を叩いて注目を集める。
「これでけじめってことでみんないいわね?
あんな綺麗な一撃を見せられて、さすがに私もこれ以上とやかく言うつもりなんてないわ」
陽和もアルもこくこくと頷く。
それを見て、エルザは俺のほうへと視線を送り、
「もうすっかり水に流して忘れたわ。これであなたの行いは清算」
「あぁ、ありがとう」
笑みを浮かべて告げるエルザに礼をいうと、愛姫が俺の隣へとやってきた。
「お腹、大丈夫?」
「大丈夫だよ。これまでで一番のをもらっちまったな」
そう言ってくしゃりと頭を撫でる。
俺が根に持っていないか不安だったのだろう。愛姫もそれで安心したのか、俺の腰に手を回して抱きついてきた。
「にいちゃん、陽和お姉ちゃんに愛想つかされんようにね?」
「うっ......そうだな」
どうやら俺と陽和の関係は筒抜けらしい。
俺は鋭い一言にたじたじになりながらもなんとか言葉を返した。
「陽和お姉ちゃんに見捨てられたら、にいちゃんなんて誰ももらってくれんよ?」
「手厳しいな妹よ......。だけど、ひょっとしたら俺だってモテたりするかもしれn」
「はぁ? にいちゃんみたいな面倒なのを相手してくれる人なんてそうそうおるわけなかろ?
本来はお金を払って引き取ってもらわないけんくらいよ」
「......俺って粗大ごみですか」
俺と愛姫のやり取りにぶっと陽和が吹き出し、それにつられてその場の全員が笑い出した。
こうして、笑い声とともにこれまでのやりとりが完全にご破算になったように感じられる。
ひとしきり笑ったあと、エルザが再び話し出す。
「さて、夜も遅いけれど、ようやく本題に戻りましょうか」
俺達はもう一度寝具を敷き直して腰を降ろし、今後のパーティについての”相談”を始めるのだった。