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4-9 陽和

 俺はそう答えて頷きを返した。

 白石は俺の返事に小さく頷きを返した後、再び語りだした。


「さっき、メリルさんの家であたしがあんたに言ったことは、あながち外れてないと思ってる。

 それを前提で話を進めるわよ」

「......あぁ」

「じゃあまずは確認。これは割と分かり切ってるけど、あんたの一番の行動原理は愛姫ちゃん、普段面倒くさがりなあんたが、愛姫ちゃんのためなら身を粉にして動くもの。これは当然合ってるわよね?」

「そうだな」


 意外に当たり前な事実の確認だった。

 俺は特段迷うことなく即答する。今の質問は俺の不変の行動原理だったからだ。

 

「愛姫が幸せな将来を送っていけるようにするのが俺の役目だし願いだ。そのためなら、俺はどんな苦労も厭わない」


 俺の言葉を聞いて、白石は納得気に小さく首肯したあと、短く問うた。


「じゃあ、その先は?」

「......えっ?」


 言っている意味が分からなかった。

 俺の混乱を察したのか、白石が言葉を変えて再度問う。


「愛姫ちゃんが幸せな将来を掴んだ後、あんたはどうするの?」

「......」


 答えることができなかった。

 そんなこと、考えたこともなかったから。

 俺のそんな思考が伝わったのだろう。


「やっぱり、そんなことだろうと思ったわ。ひょっとしてとは思ったけど、まさかホントに自覚すらしてなかったなんて、あたしより重傷じゃない」

「......どういうことだよ」

「分からないの? あんたの時計も止まってるってことよ。

 今はどんな形であれ、愛姫ちゃんという理由があるから動いてる。だけど、愛姫ちゃんが誰かと結ばれたとき、独り立ちしたとき、あんたの時計は動かなくなるの。そんなの、止まってるのと同じじゃない」


 俺は自分の視界がグラグラと揺れているのかと錯覚するほどの衝撃を感じていた。

 そんなことないと否定しようとして、白石のいう未来を想像しようとしても、頭の中には朧気なイメージすら沸かず、真っ暗は闇を映し出すばかりだったから。


「だからあんたは他人のことを気にせずに動ける。自分で描いてすらいない未来の人間関係なんて、気にする必要ないもの。

 そして、カインが言っていた通り、愛姫ちゃんのためなら自分の命ですら簡単に切り捨てられる。愛姫ちゃんのいなくなった未来なんて想像してすらいないから。

 だけど......だからこそ他人と深く交わりを持つのが怖くなる。どれだけ大切な存在だと思っても、未来を思い描くことができないってことは、その人のいる未来も存在しようがないんだから」

「......」


 自分の中でもはや当然のことで、その奥底にある理由なんて考えなかった。考えようとしなかった。

 だけど、こうして白石に言葉にされることで、どうして先ほど自分の脳内を闇が覆ったのか分かったような気がした。


「あんたは分かってない」

「......何をだよ」


 俺の声は掠れていた。それでもやっとのことで搾り出した精一杯の声だ。

 耳を塞いでしまいたい衝動を必死でこらえ、臆病者と言われた先刻と同じ轍を踏まぬように踏ん張ってギリギリのところで白石と相対していた。

 そんな俺に、白石は憐れむような、それでいて慈しむような優しい笑みを浮かべて言ったのだ。


「あんたが愛姫ちゃんの幸せを願ってるのと同じように、愛姫ちゃんだって、あんたに幸せになってもらいたいって心から願っていることをよ」 


 その言葉を聞いて、もはや俺は掠れた声すら出せなくなってしまった。

 今の俺はどんな顔をしているのだろうか。

 言葉を失い硬直するしかない俺に、白石はなおも続ける。


「そして、それは愛姫ちゃんだけじゃない。あたしだってそうよ」

「......」

「これから先、魔王を倒して日本に帰って、それから出会う人の中にあんたのことを幸せにできる人がいるかもしれない。

 それでも、あんたが幸せになるのなら、あんたの止まった時計が動き出すことができるのなら、あたしはそれでもいい」

「......」



「だけど......もし叶うのなら、あんたの止まった時計を動かす存在が、あたしだったらいいなって思う」


 そう言って、白石はにっこりと俺に笑顔を向けるのだった。

 

「なんでだよ......」

「何が?」

「どうしてそこまで想えるんだ! 確かに俺はお前を救ったのかもしれない。

 だけど、あの時の俺は今のお前ほど真剣に考えて物を言ってたわけじゃないんだ!

 ただ感じたことをそのまま口にしただけで、お前を助けたいとか、救いたいなんて思っちゃいなかった! だからそこまで俺を想う必要なんt」

「そんなことはどうでもいいのよ」


 白石はまくしたてる俺の言葉を遮る。

 その表情は先ほどから変わらず優しげなままだ。


「あの時あんたがどう思ってたかとか、そんなのは些細なことよ。

 大事なのは、あたしの小学生から続いていた地獄が終わったこと。そして、それを終わらせてくれたのがあんただってこと。好きになる理由なんて、それだけで十分よ」


 そう言って微笑む白石から、まるで温かな光が放たれているかのように感じられた。

 疑問や当惑といった、様々な感情が荒れ狂う嵐のごとく吹きすさんでいる俺の心を、優しく包み込み、”大丈夫”となだめてくれているかのように。


「あたしね、自分の名前が好きになれなかったんだ」

「名前?」

「うん、あたしの名前の由来はね、”陽に()ぐ”。降り注ぐ太陽の暖かな陽射しのように、隣にいる人を暖かく包み込んで、和ませてあげられるような人になってほしいって。

 だけど、ずっとあたしの周りにはそう思えるような人なんていなかったし、むしろあたしのこころは冷たく荒んでた。だから、そんなあたしとは正反対な名前が好きになれなかったの。

 だけどね、今は好きになれそう。だって、あたしがあんたに抱いてる想いって、あたしの名前の由来そのものだもん」


 今しがた俺が抱いた感覚そのままじゃないか。

 そう悟った瞬間、俺の中に立ち込めていた霧がサァーっと引いていくのを感じた。

 これまで白石の気持ちに気づきながら、自分の中で答えを出そうと思案するときに立ち込めていた霧だ。


「ひょっとしたら、エルザとアルとはここまでかもしれない。だけど、縁が切れるわけじゃないわ。いつでもあんたの魔法があれば会えるわよ。

 それに、あたしは絶対に離れたりしない。あんたの隣で一緒に戦うわ」

「......そっか」


 いつの間にか、心に吹きすさんでいた嵐は止んでいた。

 立ち込めていた雲の隙間から光が差し、心が和やかな気持ちに包まれていく。


「じゃあ、最後の質問」


 白石はそう言って俺の方へと向き直る。

 しばらく黙って見つめ合い、俺に言葉が投げかけられた。


「これから先、あたしたちが一緒にいたらどんな日々になると思う?」


 俺は言われた通りの未来を想像する。

 すると、先ほどまでは真っ黒で何も映さなかった暗闇に、がみがみと言い争う俺と白石の姿がはっきりと映し出された。

 それと同時に、カチっと何かが動き始めたような気がする。

 俺は目頭が熱くなるような感覚を覚えながら描いた情景を伝えた。


「喧嘩の絶えない騒がしい毎日だな」


 俺の言葉に、白石はさも可笑しそうに笑みを浮かべる。


「あっははは。あたしもそう思う。くだらないことで毎日言い争うのよね。これまでみたいに」

「そうだな」

「じゃあ、その未来が見えたとき、あんたはどう思った?」

「そうだなぁ.......」


 俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 自分が抱いた感覚を伝えるのが、こうも気恥ずかしく、むず痒いこととは思っていなかったから。


「面倒くさくてしょうがない。なのに......悪くないなって思っちまった」

「そう......あたしもそう思う」


 二人の関係を考えるときに立ち込めていた霧は、既に跡形もなく消え去っていた。

 そして、内なる存在と話していた時に告げられた台詞が唐突に頭によぎる。


「変わりたいときに変わればいい......か」

「えっ?」

「これまでは俺のやりたいようにやるってことと、変わらないってことがイコールになってたんだ。

 だけど......それは違ったんだなって。いつの間にか、変わらないが変われないになってた」


 白石は、俺の独白を聞いた後、クスリと軽く笑って続けた。


「じゃあ、簡単なことから変えていきましょ」

「簡単なこと?」

「そう、これからはあたしのことを名前で呼ぶの」 

「......マジ?」

「マジ」


 さぁ早くとからかうような悪戯っぽい笑みを浮かべて白石はこちらを見ている。

 アルやエルザには何の抵抗もなくしていたはずなのに、いざ呼ぼうとするとめちゃくちゃ恥ずかしいな......。

 まぁいいか、こっちも恥ずかしいんだ。少しはお返しさせてもらおう。


「陽和」

「なに? 伊織」


 俺が割と覚悟を決めてやったってのに、こいつ平然と返してきやがった!

 いや、見れば頬が少し赤くなっている。

 どうやらやせ我慢しているようだ。


 俺は面食らって動揺した心を鎮め、待たせていた返事を贈る。



「陽和のことが好きだ......これからも、俺の隣にいてくれないか?」



 俺の言葉に、陽和は瞳を潤ませ、一筋の涙を零しながら頷いた。



「はい......よろしくお願いします」


 

 返事を聞くや否や、俺は陽和の肩に手を置いて引き寄せる。


「えっ」


 突然のことに驚いた声を上げるが、そんなのお構いなしに距離を詰めた。

 二人の口が重なる。

 最初は驚きで強張っていたが、次第に陽和の体から力が抜けていった。


 ほんの一瞬か、はたまた数十秒か。

 時間の感覚が吹き飛んだ星空の下、俺達は離れて見つめ合う。

 陽和は両手を胸の前で握り、拗ねたような、それでいてどこか嬉しそうな真っ赤な顔で一言呟いた。


「バカ」

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