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4-8 時計の針

 俺はどうするべきなのだろうか。どうしたいのだろうか。

 ずっと同じことを考えていた。


 後ろめたさ、罪悪感、自己嫌悪。

 そんな諸々の感情に襲われながら、俺はひたすらに黙考する。

 時折目を開けて星空を眺めるが、星々は輝きこそすれ、俺に答えを教えてくれることはなかった。


「はぁ」


 何度ついたか分からぬため息をつき、俺は力を込めて起き上がる。

 思考が纏まらず、頭の中はぐしゃぐしゃだ。

 もう一度思考の渦に飛び込もうと意を決したとき、不意に横から声が聞こえた。


「こんなところにいた」

「!?」


 見れば白石が立っていた。

 一瞬目を合わせたものの、俺はばつが悪くてすぐに視線をそらしてしまう。

 白石はそんな俺を見てはぁっと小さくため息を零すと、静かな口調で語りかけてきた。


「隣、座ってもいい?」

「......あぁ」

「よい、しょっと」


 そう言って白石は俺の隣に腰掛ける。

 何か文句でも言いにきたとばかり思っていたのに、一向に口を開く気配が感じられない。

 というか、怒った様子もなくいたって平静といった感じだ。


 俺はそんな様子に内心で違和感を覚えながら、どうしたものかと戸惑ってしまう。

 ただ、さすがに頭は冷えているので、とにかくまずは最低限するべきことをしようと俺は口を開いた。


「さっきは、その......悪かったよ」

「......」


 白石は黙ったままだ。

 俺もそれ以上の言葉が出てくるでもなく、再び気まずい沈黙が流れた。

 白石はここに何をしに来たのだろう。

 

 みんなのところへ連れ戻しに来たのか。

 俺のことが許せなくて再び怒りに来たのか。

 はたまた気を遣って慰めにきたのか。


 そんなことが頭の中をぐるぐる駆け回っているうちに、白石がようやく話し出した。


「あの時とまるで真逆ね」

「えっ?」


 白石の言葉の意味が分からず、俺はそう返すしかできなかった。

 そして、そこで再び視線が交錯する。

 俺の目に映った白石の表情は穏やかで、言葉の通りいつかの記憶を想って懐かしんでいるように感じら

れた。


「あの時って?」

「あたしが初めてあんたに素を見せたときよ」

「......」


 白石のいう”あの時”が分かった瞬間、俺の脳内でも即座に当時の記憶が想起された。

 王城の俺の部屋に忍び込んだ白石と話したあの時だ。


 俺の不用意な言葉をきっかけに、白石が初めて他人に感情を爆発させたとき、俺はこう言われたのだ。


「あんたにあたしの、何がわかんのよ!!」


 今なお鮮明に思い出せる白石の表情や声音を脳内で再生させながら、俺は言葉を次いだ。


「あったな。そんなことも」

「長いような短いような......なんだか不思議な感じだわ」

「......」


 そう語る白石の表情は温かで、そしてあの時よりもどこか大人びて見えた。

 と同時に、俺は自分の矮小さを見せつけられたような気がしてしまう。


「あんたにあぁ言われて、怒鳴って......それからあたしはあんたのことを目と行動で追うようになった。

 最初は秘密をばらされないかって心配から監視のつもりだったんだけどね」

「そういやフォークで手の平をぶっ刺されたりしたな」

「あっははは。でもあれはあんたが悪いでしょ。軽く口滑らせてたじゃない」

「にしても刺すこたないだろ」


 小さく楽しげに笑い声をあげた後、白石は再び穏やかな雰囲気に戻って続けた。


「そうこうしてるうちに、あんたが悪目立ちするようになったのよね。

 あたしはざまぁみろって思ってた。じきにあんたも周囲の人間を恐れて縮こまるに違いない、あたしの

気持ちが少しはわかるでしょって」

「......」


「でも、あんたは全然そんな視線や悪意を気にも留めない。

 真っ向からそんな視線を受け止めたり、流したり。あたしにできないことを平然とやってのけるあんた


を見て、また無性に勘に障ったわ。なにこいつって......」

「......」


「だって、そんなあんたを見てると、まるで今までのあたしは何だったの? って思いが込み上げてくる

んだもの。あんたの行動を、生き方を見ると、これまでのあたしの生き方がばっさりと否定されてるみた

いに感じてた」


 白石の言っている思いと、俺が今しがた抱いた感情は同じなのだろうか。

 そんなことを俺は白石の独白を聞きながら考えていた。

 

「そして、アルと出会った」

「あぁ」

「そこでもあたしはあんたに打ちのめされた。

 あたしにできるのは同情どまりだったのに、あんたは簡単にアルを助けるって決断を下せたから。

 そんなあんたが気に入らなくて、妬ましくて......羨ましくて、帰り道にあんたに八つ当たりした」


 その情景もすぐに浮かんでくる。

 アルを宿屋に泊らせた帰り道、白石は俺に思いの丈をぶつけてきた。

 そして俺は感じたのだ。俺と白石は裏表だと。


「そして、あんたに言われたの。今のあたしの方がいいって」

「......」


 そう言って、白石は俺の顔を覗き込んできた。

 視線が交錯すると優しく微笑み、そのまま続ける。


「あの時、あの瞬間、あたしの時計はようやく動き出したの」

「時計?」

「そう、時計。

 あたしの時間は、最初のいじめが始まったその日から止まってたの。動いていたのは仮初の、偽りのあ

たしの時計。誰にも優しくて誰からも好かれる、そんな嘘で塗り固められた真っ黒な時計よ」


 そこまでいうと、白石は一度こちらへの視線を切って夜空を見上げた。

 そして、ふうっと一息こぼしてから再びこちらを見つめてくる。

 その表情には、確かな決意のようなものが込められているように感じられた。


「だから、今度はあたしの番」

「えっ?」

「これからあたしは、また知ったようなことを言う。

 それは聞きたくないことかもしれないし、あんたの勘に障るかもしれない。

 だけど、お願いだから最後まで聞いて。そして......答えて」


 白石の顔を見て、言葉を聞いて、俺は白石が何を思ってここに来たのかということへの合点がいった。

 そして俺も覚悟を決める。これ以上逃げちゃいけない。

 真正面からぶつかって来てくれている相手に、これ以上情けない姿を見せたくないと思ったから。 


「分かった」


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