1-13 パーティ
翌日。
目を覚まして俺は愛姫を連れて朝食に向かう。
席について食べ始めようとしていると、
「おはよう、不二君」
「......!! 白石」
「ん? どうしたの? 調子悪いの?」
隣から聞こえてくる声に顔を向けると、にっこりと笑顔を浮かべた白石が立っていた。
まるで昨日のことなどなかったかのような、完璧な笑顔の仮面を貼り付けて。
「いや、別に問題ないよ。おはよう」
「そっかぁ。元気ならよかった。隣、いいかな?」
「あ、あぁ」
「ありがと」
そういって俺の隣の席に腰掛ける。
どういうつもりだ? てっきり俺に怒ってるもんだとばかり思ってたのに......。
そんなことを考えながら渋面を浮かべていると、白石がそれを見て話しかけてくる。
「どうしたの? やっぱりなんか元気なさそうだけど?」
こうして見ていると、本当に俺のことを心から心配してくれているように見えるのがすごいな。
でも俺はこいつの本性を知ってしまった以上、額面どおりに受け取ることはできない。
真意を探る意味も込めて、軽くお返ししてみるか。
「おかげさまでn......」
プスっ
「あいたぁっ」
なんだ、何が起きた!?
突然の激痛が体を襲い、痛む箇所に目をやると、フォークが手の甲に刺さって皮膚に穴を開けていた。
「なにしやがる!」
「あっ、ごめんなさい、手が滑って」
違う! 絶対わざとだ!!
「ほんとごめんね、寝覚めが悪かったからぼんやりしちゃってたよ」
(余計なこと言ったらコロス)
あ、なんか自然と翻訳できた。
なるほどね、俺が余計なことを言わないか探りを入れるのと、釘を刺す目的で近づいたってわけか。
まぁ今回の場合は釘じゃなくてフォークを本当に突き立てられたが......。
血の滲む手の甲をさすりながら、
「あ、あぁ、気にすんなよ。大した怪我じゃない」
「にいちゃん、大丈夫?」
愛姫が俺のほうを心配そうに見つめてくる。こちらはなんの裏表のない、純粋な心配だ。
あぁ、荒んだ心に優しさが染み渡るな。
俺は愛姫の頭に手を乗せ、
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとな」
「うぅん、あとでお薬塗ろうね」
「あぁ、そうだな」
キッ
俺とそんなやり取りを交わした後、愛姫は白石のほうを鋭い目で睨んでくれた。
でも、そいつは危ないから喧嘩を売ったらダメだぞ。
「ほ、ほんとにごめんね?」
「あぁ、気にしないでいいよ」
はぁ、朝から面倒なことになってしまった。あんな手帳を拾ってしまったばっかりに......。
そんなことを思いながら憂鬱になっていると、エリィが周囲を見回しながら口を開く。
「皆さん、少しよろしいでしょうか?」
雑談していた他の者たちも話を中断し、エリィのほうに視線を向ける。
「さて、皆さんが訓練を始めて一週間ほどが過ぎました。戦闘・魔法の訓練ともに、予想をはるかに上回るペースで進捗しているとの報告を、七聖天の方々から受けています。
本来であれば、1ヶ月はこれまでの基礎訓練を続ける予定でしたが、予定を繰り上げて、次の訓練へと進もうということになりました」
確かに、魔法の訓練を受けていても、講師を務めた3人の反応は上々だったし、スムーズに進行できてたみたいだしな。
「午前はこれまでと変わりませんが、午後からは個人でなく、パーティとしての連携を磨いていただくことになります。
そもそもパーティとは、前衛攻撃・防御、中衛攻撃、後衛攻撃魔法・支援魔法の役割で1つのパーティを組むのがセオリーです。
もちろん、恩寵によってはこれらの役目に該当しない方もいらっしゃるかと思いますが、そういった方には遊撃、もしくは後方支援としての役割を担っていただきます」
俺の表向きの恩寵が転移魔法になっているのを考えると、俺は後方支援って役割になるんだろうな。ま、移動に使う魔法ってことならおよそ戦闘向きだとは思えないし。
「パーティとしての基本的な連携が出来てきたら、いよいよ実戦となります。
この王都を出て西に2時間ほどにある、オドルの森という場所で、低級の魔獣との戦闘訓練を行います。
駆け出しの冒険者が相手にするような強さしかありませんので、皆さんであれば容易に屠ることができるでしょう」
実戦。その言葉を聴いて広間に一瞬緊張が走るが、大した強さではないというこを聞いて安堵の溜息が漏れる。
そんな気の緩みを感じたのか、
「いかに弱いとはいえ実戦です。
しかも本来、皆様が倒さねばならない相手はそんな魔獣とはまるで次元の違う強さなのです。毛ほどの油断でたやすく命を散らされます。
皆様は類稀なる才能をお持ちですが、それに驕ることなく、気を引き締めて取り組んでくださいね」
エリィの言葉に一同は表情を引き締め、頷きを返す。
そんなこちらの様子を見て、エリィは満足そうに笑顔浮かべ、再び食事に戻るのだった。
それから、午前中はこれまで通りのメニューをこなし、午後からいよいよ新たな訓練が始まる。
これまでは戦闘組と魔法組で分かれての訓練だったが、今日は全員で野外の訓練場を使用するらしい。講師となる七聖天も今日は全員集合だ。
メンバーが全員揃ったことを確認し、筆頭のガイアスが口を開く。
「よし、全員揃ったな。エリシア様から聞いていると思うが、今日からパーティを編成して連携を深めてもらう。
個人としての戦闘力の向上はもちろんのことだが、連携して戦闘をすることで、その戦力、戦法のバリエーションは飛躍的に向上する。
魔獣はもちろんのこと、魔人との戦闘のなかで、連携して戦うことは必須の技能だ。
生き残るため、そして、勝利のために、心して取り組んでくれ」
訓示を述べた後、次の台詞を参謀のガロンが引き継ぐ。
「さて、みなさんにこうしてお話するのは初めてになるかな。よろしくね。
じゃあ、まずはパーティを組んでもらうよ。バランスよく、かつ最少で組めるのは、前衛攻撃・防御、中衛攻撃、後衛攻撃魔法・支援魔法という役割を一人ずつが担う5人組だ。
君たちの恩寵を確認したところ、5つのパーティが組めるから、相談して組んでみてくれ。こちらももちろん手を貸すから心配は無用だよ」
そういってガロンはにっこりと微笑む。
「残った人の中で戦闘が可能な人には、遊撃の役割を担ってもらう。これは、パーティが危機に陥ったときに援護に回ったり、陽動・霍乱といった役割かな。
あと、場合によっては普通にパーティに加わって、戦闘してもらったりもするから。遊撃に回る人は、恩寵を見てこちらで判断させてもらうよ。
で、最後が後方支援だけど、これはいわゆる戦闘向きじゃない恩寵の人が該当するね。七聖天における僕の役割でもある。
直接戦闘に加わることはないけれど、その分、自分の恩寵を活かすやり方で貢献してもらう。これも、僕らのほうで判断させてもらうからね。
じゃあ、遊撃と後方支援の人たちをこれから読み上げるから、呼ばれなかった人は早速パーティを組むように」
そういって、遊撃と後方支援の者を読み上げるガロン。
案の定、転移魔法を使う俺は後方支援として名前を呼ばれた。
俺以外に後方支援で呼ばれたのは2人。
後方支援組は、特に連携の訓練に参加することはないので、これまで通り個人の技能を磨くということだった。
遊撃の方には5人が選抜されており、その中には白石の姿もあった。
召還魔法は術者本人の戦闘力がどうしても低いため、妥当な判断だろう。
しばらくすると、ガロンの助言もあって無事にパーティも編成され、訓練が始まったようだ。
後方支援の俺は、その訓練に加わる必要はないので、訓練場の脇に生えている木の陰に移動して、魔力の性質変化の練習に精を出す。
魔力の球を生み出し、クルクルと体の周囲を回転させる。そして、今度はそれらの球を一気に円盤状にしたり、極限まで細い糸に変化させる。
転移魔法を使ったときに無自覚に行っていた性質変化は、糸状に魔力を伸ばすことと、転移先と転移元に門となるように円盤状に薄く延ばすこと。
これらの変化を特に重視して、午後の訓練を一人黙々とこなすのだった。
パーティでの訓練が始まってから数日、俺は次のステップとして、複合的な性質変化の習得に努めていた。
転移魔法は薄い円盤状の魔力2つと、それを繋ぐ魔力によって構成される。
やってみると、これがなかなか難しい。
まずは、球状の魔力の一部を糸のように分離して、それを伸ばすようにやってみる。
しかし、伸ばすことに意識を向けた途端に球状の魔力が霧散してしまった。
何度繰り返しても同じことの繰り返しで、どちらか一方に集中すると、もう一方が覚束なくなってしまうのだ。
愛姫を呼び出したときのことを思い出そうとするのだが、あのときは必死だったので、どうやって転移魔法を発動させたのかがはっきりとは思い出せない。
(ん~、どうしたもんかなぁ......)
完全に八方塞がりだ。
性質変換の習熟度については、他の魔法組と比較してもかなり進んでいるほうだと思う。
だとすると、そもそもの構想が間違っているのか?などと一人黙考していると、
「なにかお悩みですか?」
「......エリィか」
「はい。皆さんの訓練を見学しに来たのですが、お一人で黄昏れてらっしゃるのが見えましたので。
何かお困りごとでも?」
「ん~、ちょっと訓練の仕方に手こずっててさぁ......。
そういえば、エリィは俺と同じ転移魔法の使い手だよな?」
「えぇ、そうですよ」
「ちょっと聞きたいんだけど、転移魔法を使おうとするときに、魔力の性質変化ってどうやってる?」
「と、いいますと?」
「今、複合的な形質変化を練習してるんだけど、どちらか一方に意識を向けると、もう一方の魔力の維持から意識が外れてしまって霧散しちゃうんだよ。
シャロさんたちにも質問してみたんだけど、転移魔法に関しては門外漢らしくてさ......」
「なるほど、そういうことでしたか」
「あぁ、なにかヒントがあればもらえないかな」
「そうですねぇ......」
エリィは顎に指を添えながら、上を向いてしばらく考える。
「私はそういった訓練はしていませんでしたね。
私が転移魔法を発動するときは、単一の異なる性質変化を合体......させるようなイメージでやっています」
「性質変化の......合体?」
「えぇ、右手には円盤上の魔力、左手では細く伸ばした魔力を生み出し、それをくっつけるようなイメージです。
そして、接合した魔力から転移先へと魔力を延長させ、再度円盤状の魔力を作成、合体。転移先へと伸ばした魔力の糸を伝って移動させ、転移魔法を発動、といった感じです。」
「なるほどな、ちなみに、合体ってのは難しいのか?」
「いえ? 魔力同士が触れ合えば、特になんの支障もなく繋げることが可能ですよ」
「そうか。てことは俺がやるべきは、複合的な性質変化じゃなくて、同時に異なる性質変化をできるようにするってことか」
「はい。はじめは難しいかもしれませんが、これは慣れでどうにかなるものですよ」
「よく分かったよ。ありがとな。おかげで光が見えてきた気がするよ」
「お役に立てたのなら何よりです。頑張ってくださいね」
「あぁ」
やりとりを終えると、エリィは木陰から立ち上がって連携の訓練の見学に戻っていく。
(さて、ヒントももらえたことだし、やりますか)
ふぅっと小さく息を吐き、気合を入れなおして俺は性質変化の練習に再び没頭した。