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4-6 葛藤

 その言葉を聞いた瞬間、俺は頭を思いっきりぶん殴られたような衝撃を受けていた。

 これまでも、そしてこれからもそんな言葉を聞くようなことはないと、ずっと思っていたから。

 そして、聞いた瞬間俺は無意識に、反射的に恐れを感じたのだ。


「ざっけんな!」


 俺はまっすぐ俺の瞳を見据える白石に背を向け家を出た。いや、逃げ出したのだ。

 外に出ると同時に勢いよく扉を閉め、振り返ることなく歩き出す。

 行く当てなどない。ただとにかく、この場から少しでも離れたかったから。


 幸い、俺が飛び出した後に誰も後を追ってくることはなかった。

 俺はあてどなくホトリ村の中を歩いていく。


「おっ、イオリさんじゃないか。こんな時間にどうしたんだ?」


 俺の姿を見て、ベンが笑顔で話しかけてきた。 

 俺は話しかけられるまで存在に気付かなかったことに驚き、どもりながらなんとか返事を返した。


「ど、どうも。ちょっと夜風でも浴びようかと」

「そうか。確かに今日は雲もなくていい日和かもな。にしても他のみんなはどうしたんだ?」

「みんなは疲れてるみたいなので、ちょっと抜け出してきたんですよ」

「ダンジョンから出てきたばっかりって言ってたしな。それもそうか。俺はこれから非番の自警団の連中と一杯やるんだけど、良かったら一緒にどうだ?」


 ベンはそういってクイっと手酌をあおるジェスチャーを見せる。

 その表情からは親しみが感じられ、俺に対してとても好意的に接してくれていることがありありと感じられた。だが、さすがに今は誰かと席を同じくして楽しく過ごせる気分ではない。


「すみません、俺も疲れてるんで遠慮させてください。それに、俺はまだ未成年だからお酒は飲めないですよ」

「そうなのか? イオリさんの年恰好ならとっくに成人だと思うが......。まぁ疲れてるってのに無理に連れてくのも忍びないな。ゆっくり星空を眺めるといい」

「申し訳ないです。また誘ってください」

「あぁ。あんたらならいつでも大歓迎さ。そうだ、星空を眺めるなら、あそこの丘にいくといい。

 村にもほど近いし、開けてるから寝転がれば視界一杯に夜空が見えるから」

「ありがとうございます。そうします」

「あぁ、じゃあな。うっかりそのまま寝たりするなよ? 初夏とはいえ、夜風は冷たいからな」

「えぇ。気をつけます」


 ベンはぱんっと俺の肩を叩いてから歩いて行った。

 俺は軽い会釈で彼を見送り、小さく息を吐いてから、ベンの教えてくれた丘へと歩き出すのだった。



 歩くこと10分ほど、俺は丘の頂上に腰を降ろした。

 転移魔法で一瞬で来ることも出来たが、なんとなくそうして移動するのは躊躇われたのだ。

 

「はぁ」


 ゴロンと横になりながらため息がこぼれる。

 風呂上りと同じように風が頬を撫でながら過ぎていくが、今の俺には涼しいとも、心地いいとも感じることはできなかった。

 それは夜空を見ても同じこと。せっかくの満点の星空なのに、眺めていても何の感慨も抱けなかった。


 そのくせ、心中はぐじぐじと疼くような、掻き毟られるような、形容しがたいざわめきが終始俺を苛んでいる。目を開いて星空を見ていても、俺の脳裏に浮かんでくるのは先ほどまでの白石とのやり取りばかりだった。


「......だっせぇ」


 知らず知らず、俺の口から自嘲気な言葉が零れる。

 

 まさか自分がこんな行動を取るなんて微塵も考えたこともなかった。

 まるで逃げるかのように、いや、どこからどう見ても逃げ出してるよな。

 これ以上話を続けるのが怖くて、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。

 

 いっそこのまま王都まで帰ってしまおうか。そんな益体のない考えが浮かんでくる始末に俺はほくそ笑んでしまった。そんなことをしたところでどうにもならない。それに愛姫はメリルの家であいつらと一緒にいる。そんな理由で迎えになんていったら何時間説教を食らうか分かったもんじゃない。


 いや、すでに過去最高のお説教案件になってるかもな。

 こんなみっともない真似して、お咎めなしなんてさすがに虫が良すぎるだろう。

 とはいえ、飛び出してしまった手前、今更何の理由もなしに戻ることもできなかった。


 とにかく、今日はここで過ごそう。

 夜が明けるまでに少しは俺も頭が回ってくるかもしれないしな。

 そう思っていると、


(アレテオルナァ)

「!?」


 不意に話しかけられたことでビクっと過剰に反応してしまった。

 声の主が内なる存在だと気づいてはぁっと大きく息を吐き、俺は言葉を返す。


(いきなりなんだよ)

(ワレナガラ ナントモナサケナクテナ。ミテオラレンノデ カタリカケタマデダ)

(うるせぇよ)


 俺は吐き捨てるように返す。

 しかし、そんなことはお構いなしに、内なる存在は語りをやめようとはしなかった。


(オノレノヨワサヲ ツキツケラレタノガ ソンナニコタエタカ)

(だからうるさいって)

(マァタシカニ ケイケンノナイ ジタイニデクワシテ メンクラッテシマウノハ ワカランデモナイナ)

(.....)

(ダガワレヨ ココデニゲダシテハ オヌシハエイゴウ カワレワセヌヨ)

(......だから何だよ。変わることがそんなに大事かよ。変わらないことがそんなに悪いか?)

(ソウハイッテオラヌ。カッコトシタ オノレヲモチ、ユラガヌコトハ オオイナビトクダ。

 ダガ、コトコンカイニオイテ、オヌシノソレハ セイカイカ? ワレニハ、ミミヲフサイデ ダダヲコネテイル ヨウニシカミエヌガナ)

(分かってるよそんなこと!!)


 思わず声を荒らげてしまう。

 そんなこと、今更言われなくたって分かってるさ。

 俺は、


(ジブンノヤリタイコトヲ ヤリタイトキニヤル、カ?)

(っ!!)

(ハハハ、オオイニケッコウデハナイカ。ナニモマチガッテハイナイ)

(......)


 口にしようとする前に言われてしまい、俺は渋面を浮かべながら閉口してしまう。

 そうだ、俺は俺のやりたいようにやる。そう思ってずっと生きてきた。

 自分の人生だ。他人に寄りかからなくたってやっていける。むしろ他人と関わることで余計な厄介ごとは増えていくもんだ。


 俺は自分の考えを反芻し、再度納得する。

 これまでも、そしてこれからも、俺の生き方は変わらない。

 だが、内なる存在の次の言葉は俺の納得した思いを一瞬でぐらつかせた。


(ナラバ、カワリタイトキニ カワレバヨイデハナイカ)

(......え!?)

(ナニモムジュンナド シテオラヌ。カワレナイワケデハ ナイノダカラ。

 カワラナイト キメタノナラバ ソレデヨイシ、カワリタイトオモッタラ カワレバヨイダケダ)

(......)

(ヨイキカイダ。シバシカンガエルトイイ。タダ、メヲソラスデナイゾ。デナイトマタ オクビョウモノト ソシラレルゾ)


 そう言って、内なる存在は可笑しげにくっくと零した。

 俺の脳裏に「この臆病者」とまなじりを吊り上げる白石の姿が浮かぶ。

 

(......分かったよ)

(ナラヨイノダ。ワレハネルゾ)


 こうして内なる存在は会話を切って引っ込んでしまった。

 言いたいことを言うだけ言って引っ込みやがって。俺は若干の苛立ちを覚えはするものの、先ほどまで苛まれていた心の疼きが若干弱まったように感じていた。


「はぁ」


 ため息をついて目を閉じる。 

 変われないのではない......か。

 確かにそうだ。変わらないのは自分の意思によるものであり、変われないとは似ているようでまるで違う。

 

 俺は変わりたいのだろうか。

 

 変わりたいとして、どう変わりたいのだろうか。


 いつしか俺は時がたつのも忘れ、ひたすらに同じ自問を繰り返すのだった。

こんばんは。最新話までお越しいただきまして誠にありがとうございます。

葉月です。


12月より制作していたイラストが、ついに出来上がりました。

第一章の表紙イラストを、プロローグに挿入しておりますので、ぜひご覧くださいませ。

また、後日伊織、陽和、愛姫の立ち絵を用いたキャラ紹介をアップしますので、そちらもぜひお楽しみに。


それでは引き続き、拙作をどうぞよろしくお願いいたします。

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