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4-5 突きつけられる弱さ

「なんだと?」


 俺は白石を見下ろしながら小さく声を搾り出した。

 その声音は、平坦で、冷淡で、無機質。だが、あらん限りの不満と怒りがこめられていた。

 なのに、白石は一歩も怯むことなく俺を睨み返している。


 俺と白石の傍らで、愛姫は鎮痛な面持ちで顔を伏せ、アルは耳をペタリとヘタらせて心配そうにこちらを眺めている。

 いつもの軽口の応酬とは訳の違う言い合いに、どうしていいのか分からないのだろう。



「聞こえなかったの? 臆病者って言ったのよ」

「俺のどこが臆病者だってんだよ」

「分からないの? 呆れ果てるわね。何でも分かって悟ったような顔して、その実何にも見えちゃいない。

 挙句の果てにはあんな暴言まで吐いて、見てるこっちが情けなくなってくるわよ」

「......俺が何か間違ったことを言ったか?」


 白石の口調は俺のそれを受けてのものなのか、ひどく冷たく感じられた。

 いつものような感情に任せた感じではなく、表面上は冷静に見える。

 なのに、そんな口調とは裏腹に、全身からはこれまでに感じたことがないほどの怒気が迸っていた。


「えぇ、間違ってるわね」

「だったらお前にはどうするべきかが分かってるってのかよ?」


 当然、こうも真っ向から俺に否定の言葉を繰り出してくる以上、対案があるものと思っていた。

 だが、そんな予想は呆気なく裏切られた。


「そんなのわかんないわよ」

「はぁ?」


 馬鹿じゃないの? と言外に込められていそうな白石の言葉に、俺は困惑してしまう。

 と同時に、怒りが再びこみ上げてきた。


「馬鹿にしてんのか?」

「馬鹿にはしてるけど、至って大真面目よ。あたしたちは負けたし、どうするべきかも正直よく分かんない。

 だけど、あんたのしてることは絶対に間違ってる」

「だから!! 何が間違ってるってんだよ!」


 俺は苛立ちを隠しきれずに語気を強めながら問い詰めた。

 俺の問いに、白石は先ほどよりもさらに強く拳を握り締める。そして、これまで溜め込んでいた感情の全てを乗せて叫び声を上げた。



「どうして勝手にそんな大事なことを決めちゃうのよ!!」

「......!」


 俺の返事を待たず、白石はなおも言い募る。


「あたしたちは仲間でしょ? 一緒に旅をして、助け合って、戦ってきた仲間じゃない!

 なのに......なのに何であんたは、パーティの今後っていう大事なことを誰にも相談せずに勝手に決めようとするのよ!

 確かに、アルとエルザはあたしたちの問題には関係ない。でも、あたしたちと一緒にいるっていうのは二人の意思だったはずよ!

 なら、これからどうしようかってみんなで一緒になって考えるのが当然の筋に決まってるじゃない!!」

「......だから、こうして相談したんだろ」


 俺はそう答えるのが精一杯だった。

 しかし、そんな詭弁は瞬く間に一蹴される。


「ふざけんじゃないわよ! あんなのが相談なわけないじゃない!

 結論ありきの事後通告、いえ、戦力外通告よ。誰の意見や考えも求めようとも、聞こうともしてなかったくせに、よくそんなことが言えたもんね!!

 それをさもみんなのためを考えて言ったみたいな顔して、そんな卑怯なことして恥ずかしいと思わないの?」

「......」


 言い返したかった。怒鳴り散らしてやりたかった。だけど、俺の口から言葉が発せられることはなかった。いや、発することができなかったのだ。

 無言で見返すしかない俺に、白石は一言呟いた。


「あんたは怖いのよ」

「......は?」


 俺は突然の言葉にそう返すのがやっとだった。

 と同時に、これから先の白石の言葉を聞きたくないと直感的に感じてしまう。

 だが、そんな俺の思いを汲んでくれるはずもなく、白石は言葉を次ぐ。


「自分が大切だと思う存在が、自分から離れていくのが怖いんでしょ?

 だから、そうなる前に自分から遠ざけようとするのよ。自分から切り捨てたのなら、自分を騙して慰めるのも簡単でしょうしね」

「......」


 やめろ。


「これまではそれでうまくやって来れたんでしょうね。他人に興味をもたなければ、そもそも近づけなければ、何も得ない変わりに何も失うこともないんだから」

「......」


 やめろ。


「だけどこの世界に飛ばされて、あんたは繋がりを得た。大切だと感じてしまう繋がりを」

「......」


 やめろよ。


「そしてカインに負けたときに感じたんでしょ? ひょっとしたらこのままじゃいられないかもしれないって。

 そして同時に怖くなった。大切だと思っている仲間から別れを告げられることが」

「......」


 やめてくれ。


 俺の心は悲鳴を上げていた。

 俺が薄々感じていながら見ようとしなかった、気づこうとしなかった思いを、悉く言葉にして突きつけられていたから。

 全てが図星だと認めたくなくても心の奥底で認めてしまっている自分がいるから。


 

「だから、そうなる前に都合のいい言葉を上げ連ねて自分から切り出した。

 失う前に手放して、被る傷が小さくて済むようにね。

 でも......でも......」


 突然言葉を切らした白石の顔を見ると、いつしかその瞳には今にもあふれんばかりに涙が溜まっていた。

 しかし、白石はそれをこぼさぬように必死にこらえ、代わりにとどめとばかりに俺にその思いをぶつけてきた。


「でも、それをあたしたちにしたら駄目でしょう?

 これまでそうやって他人を遠ざけて来たかもしれないけど、それを仲間にまでやってどうすんのよ!!

 なんでこれからどうしようかって一言が言えないのよ! あたしたちはみんなその言葉を待ってたのに、どうしてそれをすっ飛ばして勝手に結論出してんのよ!!

 仲間と真正面から向き合うこともできない臆病者! 卑怯者ぉ!」

「いい加減にしろよ!!」


 気づけば俺は叫び声を上げていた。

 もはや自分に理がないことも、白石の言っていることの正しさもわかっている。

 それでも、いや、だからこそ、俺は叫ぶしかなかったのだ。

 そうすることでしか、白石の言葉を遮ることができそうになかったから。

 自分の弱さを突きつけられるのを止める方法が、子供の癇癪のようなやり方しかなかったとしても。


「さっきから分ったような口利きやがって!

 お前に......お前に俺の何が分るってんだ!!」


 何の考えもない、ただ感情の赴くままに吐き出された言葉だった。

 しかし、それは同時に、これまでの俺を凝縮した一言でもあったのだ。


 誰も俺の考えなんて分らない、分ろうともしない。

 それでいいじゃないか。俺も分ろうとしないから。

 そうすれば一度得た繋がりを失って、打ちひしがれることはないのだから。


 言葉を吐き出したあと、俺の脳裏では白石の様々な反応が想起されていた。

 より怒り狂って俺に手を出すだろうか。

 悲しげに涙を流すだろうか。

 呆れて会話を打ち切るだろうか。

 

 だが、俺の想定はここでも呆気なく裏切られた。

 白石は、笑ったのだ。


 先ほどまでの怒りが引く波のように消えていき、優しげな笑みがその顔に浮かぶ。

 両の瞳が細められた拍子に、溜まった涙が一筋の線を形作って零れ落ちた。

 そして、


「分るわよ」


 呟いたのだ。



「だってあんたは、あたしのことを分ってくれたじゃない」


 正真正銘のとどめの言葉を。

こんばんは。

最新話までご覧いただきまして誠にありがとうございます。葉月です。

年明けの体調不良から、休んだ間に溜まったタスクの処理に追われて更新がおくれがちになってしまっており、本当に申し訳ございません。

一日もはやく毎日更新に戻せるようにがんばります。


さて、本日(1/27)の活動報告にて、拙作の第一章の表紙イラストの最新情報を公開しております。

イラストをご担当いただく粟井ひなたさんから許可をいただき、細かな調整がまだ残ってはおりますが、現状報告としてイラストをアップすることに致しました。

ぜひお越しになってご覧くださいませ。


それでは今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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