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4-4 かつてない苛立ち


「俺達は、ここでパーティを解散するべきだと思う」


 俺の言葉のあと、しばらく誰も言葉を発することはなかった。

 時が止まったかのように俺達の周囲に静寂が立ち込める。


 俺は顔は上げていても、目線をその場の誰にも合わせることはなかった。

 言うべきことは言った。あとは他の誰かが俺の言葉に何かしらの反応を示すのを待つだけだ。

 ひょっとしたら、案外すんなりと話はまとまるかもしれない。そういう俺の打算が、後ろめたさが、彼女らと目を合わせることができない理由なのだろう。


 重苦しい数刻の後、俺の予想通りエルザがまず口を開いた。


「理由を話してもらえるかしら?」


 これも予想通り。

 すんなりまとまるなんて甘い考えに過剰な期待は抱いちゃいない。

 こういうとき、エルザなら俺の真意を引き出そうとするだろうということは何ら想像に難くない、ある意味必然ともいえるものだった。


「エルザやアルには感謝してる。ここまで一緒に旅をしていく中で、本当に頼もしかった。

 だけど、これから先の俺達の戦いに、二人を巻き込むわけにはいかない。

 だから、ここで別れるべきだと思う」

「......」


 俺の言葉に、再度沈黙が訪れた。

 メリルも含め、この場の全員が俺や愛姫、白石の身の上は知っている。

 だから俺の提案は道理だし、通すべき筋としても間違っていないはずだ。


「聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」

「あぁ」

「もし、あんなことがなかったとして、あなたはこの提案をしてきたのかしら?」

「......それは」


 あんなことが何を指しているのか、そんなことは当たり前すぎるほどに察せられる。

 エルザは俺の返答を待たずに言葉を継いだ。


「言ってこなかったでしょうね。当然よ、順調に旅が進む中で、みすみす戦力を削るような愚かな選択をするはずがないわ」

「......そうだな」


 確かに、もしカインたちと出会わなかったら、出会ったとして善戦ないしは勝利を収めることができれば、俺はこんな提案をすることなくこれまで通りに旅を続けていただろう。

 

「仮によ」


 エルザが前置きの言葉を発して口を噤む。

 俺は続きを促すためにここでようやく視線を上げた。

 そうして俺の瞳に映ったのは、これまでに一度もみたことのないエルザの表情だった。

 あくまでも冷静。だが、その瞳には戦闘狂のときに見せるものとはまた異質な鋭さがあり、一瞬も逸らすことなく俺の姿を射抜いていた。その瞳に、俺は一瞬視線を交わしただけでまた切ってしまう。

 

「こちらを見なさい!」

「っ!」


 一喝。

 まるで母さんから時折受けたようなきつい叱責を受け、俺は再度ぎこちなくエルザと見つめ合った。

 

「仮に、このパーティを解散したとして、それからあなたはどうするつもりなのかしら?」

「......強くなるために鍛えるつもりだ。まだまだ願いはたくさん残ってる。これまで通りに魔法の訓練も積んでいきながら、奴等を倒せるような能力を考えたり、使える恩寵を真似させてもらう」

「確かに私やアルはこの世界の生まれだわ。だけどヒナは? アキはあなたの妹だから一緒に行動するのは当然として、ヒナはどうするつもりなの?」


 エルザは喋りながら視線をずらす。その先には、これまたエルザと同じように俺のほうを真っ直ぐに見つめる白石がいた。

 俺の返答を黙って待つつもりのようだ。

 俺は努めて冷静を装って、次の言葉を絞りだした。 

 

「......王都まで一緒に戻ってからは、別行動にしようと思ってる」

「......!!」

「......そう」


 白石からは怒りを込めた沈黙を、エルザからは悲しそうな一言が返された。

 だけど、俺だって一人でここまで必死に考えてだした結論だ。二人の反応を見て、ほぼ反射的に俺の口から言葉が紡ぎだされていった。


「確かに、想定が甘かったってのは認めるさ。

 2年後まで敵がのほほんと待ってくれるなんて馬鹿げた話だ。なのに、カインたちにいいようにやられてお情けで見逃されるまで気づくことすらできなかった間抜けもいいところだ」


 普段の俺からはあり得ないくらいマシンガンのように言葉があふれてくる。


「俺は......俺達は負けた。完敗だ。

 そして遅ればせながら自覚できた。奴等は待ってなんかくれないって。

 これは俺達日本人と、魔王の奴等との問題だ。それに、関係のない仲間を巻き込めないって思うことの何が間違ってるって言うんだよ!

 白石は日本人だ。だけど、パーティがなくなるんなら、俺とこれ以上一緒に行動する必要も理由もなくなる。だから別行動にしようって言ってるんだ!」


 そうだ。俺はエルザやアル、白石のことを仲間だと思っている。

 これまで生きていくうえで関わってきた”その他大勢”と一線を画した存在だ。

 だからこそ、これ以上巻き込みたくないと思うんだ。それの何が間違ってる?

 俺は自分の理の正しさを確信しながら一息にまくしたてた。


「確かに、私たちは負けたわ」


 エルザが静かに口を開く。


「だけど、これまでの旅が命がけじゃなかったなんてことはなかったはずだけれど?」

「そんなことは分かってる。だけど、危険度が比較にならないってことだよ。

 これから先、いつ”大いなる神秘(アルカナ)が現れてもおかしくないし、次はきっちり殺されるかもしれないんだ。俺に勝てないエルザが、奴らに勝てるわけないだろう」


 最後の言葉を口にした瞬間自覚した。失言だと。

 あんなこと言うつもりなんてなかったのに。

 当然、エルザの雰囲気がみるみるうちにすさまじい怒気をはらんでいく。

 しかし、口から滑り出た言葉はなかったことにはできないし、俺も熱くなってしまっている。

 謝罪の言葉を口にすることはできなかった。


 エルザは言葉を発することなく、口を真一文字に引き結び、両の拳をギリギリと握りしめて俺を睨んでいた。当たり前だ、あんなことを言われて怒らないわけがない。

 俺をすぐにでも殴り飛ばしてボコボコにしてやりたいのを必死に理性でつなぎとめている感じだ。


 俺とエルザが睨み合うことしばし。

 退くに引けぬ意地の張り合いは、乾いた音によって唐突に終わりを告げた。


 一瞬、俺のとなりでふわりと微風を感じたと思った次の瞬間、


 パァン


 乾いた音が響き渡り、同時に俺は頬に強烈な痛みを覚える。

 ジンジンと熱を帯びながら疼く頬に手をやりながら視線を上げると、白石が仁王立ちで俺を見下ろしていた。


「何するんだよ」


 俺は白石をにらみ返しながら嘯く。

 

 白石は俺を見下ろしたまま、静かに口を開いた


「今のあんたにぴったりの言葉を贈ってあげるわ」

「......」



「この臆病者」



 俺は悪口や陰口に苛立つことはほとんどない。

 そんなものは歩けば聞こえてきる雑踏の音や、鳥のさえずりと変わらない雑音としか感じないから。

 誰に何を言われようと、それで俺が変わるだの、どうこうなることなんてありえないから。


 なのに、そうだったはずなのに、今しがた白石の口から放たれた言葉が耳朶を打った瞬間、俺はかつてないほどに神経を逆なでされた感覚を覚えていた。


 体の奥底からふつふつと沸騰するかのようにイライラがこみあげてきて、気づけば俺は立ち上がって白石と睨みあっていた。


「なんだと?」


 自分でも分かるほどに、かつてない平坦で、底冷えするような冷たい声音。

 暖かな雰囲気から一転し、極寒の修羅場と化した空間で、俺達の舌戦はさらに混迷を深めていくのだった。


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