4-3 団欒のち暗転
お久しぶりです。21日にわたって更新が止まってしまい申し訳ありませんでした。
活動報告でもご報告させていただきますが、年明けにインフルエンザ→肺炎→入院→退院からの鬼のように積まれたタスク整理を片付けることでここまで更新が遅れてしまいました。
ようやく更新再開となります。
それでは2018年も、拙作をどうぞよろしくお願いいたします。
湯船から上がって程なく。
俺は火照った体を冷ますべく、メリルの家の屋根に上って風を浴びていた。
女子とは長風呂をする生き物だ。
あいつらも例に漏れず、温まっては涼みを繰り返して心行くまで満喫するつもりらしかった。
プリズンゲートの中に閉じ込められて身動きの取れない俺はすぐに滝のように汗が吹き出し始めたので、白石たちにきちんと断ってゲートで脱衣場に転移して一足先に上がらせてもらったのだ。
「ちょっとでもこっちみたら目玉をくりぬいてやるから!」
などと物騒なことを言われ、俺はげんなりしながら服を着て外に出たわけだ。
目玉と引き換えにするほどラッキースケベには魅力を感じられないので、俺は素直に振り返ることなく温泉を後にし、ここに至る。
「あらイオリさん、湯加減はいかがでしたか?」
「すっごく気持ちよかったですよ。でも混浴ならそうと先に言っといてもらえると有難かったです」
「うふふ、良いものがみられるんじゃないかと思って」
「おっさんみたいなこと言わないで下さいよ」
メリルの下世話な一面を知って小さな驚きを感じつつ、あいつらが戻ってくるまで風を浴びるべく屋根に上った。
頬を撫でる風が心地いい。
風呂とは浸かって温まり、上がって涼を取るまでが1セットだと思っている。
温い熱を放つ地肌を夜風が優しく冷ましてくれるのを感じながら、俺は屋根にゴロンと横になって眼前に広がる広大な夜空を眺めるのだった。
天気はとてもいいようで雲もほとんどなく、視界には無数の星々が瞬いている。
今にも消えてしまいそうなか細い光を放つ星、逆に自らの存在を周囲に大声でアピールするかのごとく眩く輝く星、真っ白な光、オレンジ色、黄色、青白など輝きかたもそれぞれだ。
空気も澄んでいるのだろう。
俺の住んでた地域は中国大陸から飛来する黄砂や、PM2.5が多く、天気予報の際にはそれらの情報も+されていた。
北九州では到底見ることのできない光景に、俺はしばらく我を忘れて耽溺するのだった。
満点の夜空を楽しんでいたが、不意に先日の苦い記憶が押し寄せる。
カインの勘に障る喋り方、砕かれた鼻の痛み、切り札であるプリズンゲートが呆気なく破られたことへの衝撃......。
これから強くなったとして、俺はあいつらに勝てるのか?
死ぬだけじゃないのか?
愛姫や仲間たちを助けるにはどうすればいい?
あの時俺はずっと全力全開で戦っていた。
それであの結果だった。カインは実力の底を全く見せていないし、イエナに至ってはただ見物していただけ。
俺達がこうして生きてこの場所にいられるのは奴らの気まぐれのおかげでしかないのだ。
そもそもの速さが違う。
やつの動きを終始全く捉えることができなかった。
まずは攻撃能力以前にそういった地力をなんとかさせないとどうしようもないのかもしれないな。
俺はいつしか夜空を楽しむのを忘れ、気づけばどうやって事態を打開できるのかということに集中していた。魔王の最高幹部の一部と相見え、どんな形であれ生き残れたのは間違いなく僥倖だ。
”観察”に留め、殺さなかったことは奴らの驕りなのかそれとも計算のうちなのか。
俺達にそれを知る術はないが、”現状ではなす術なく殺される”という情報を得ることが出来たのも幸運ととらえるべきだろう。
この世界にやってきてから2か月と少々。
この面子で旅をするようになって、何もかもが順調に進んでいるように錯覚していた。
しかし、俺達の倒すべき目標はとてつもなく分厚い壁の先にいた。
その壁をぶち破るのか、はたまた乗り越えるのか、どちらにせよ可能なのかどうかすら怪しい。
それを実感したとき、俺は今後の行動を選択するにあたって、どうしても切り出さねばならない問題を感じていた。
「あ~、あんなとこにいたぁ!」
愛姫の声が聞こえて体を起こすと、風呂から上がった4人が見上げていた。
どうやら俺のことを探していたらしい。
「おうちの中に入ったらおらんし、どこほっつき歩いとるんやろって心配したんに~!」
「悪い悪い、ちょっと星を見ようと思ってさ」
俺は頬を膨らませる愛姫に苦笑を返しながら屋根から飛び降りる。
”飛行魔法”を使って勢いを殺して着地して、愛姫の頭を優しく撫でてなだめてやった。
「メリルさんがご飯できてるって」
「そっか、じゃあ中に入ろう」
白石の言葉にうなずいて家に入り、久々の暖かな食事を楽しむのだった。
これまでは食事をしていてもあまり会話が弾むこともなく、どこか暗い雰囲気が立ち込めていたのだが、メリルが持ち前の穏やかな雰囲気で話を振ってくれるので、重苦しい空気になることなく楽しいひと時を過ごすことができた。
アルも久々の母親との食事でとても嬉しそうだ。
かいがいしくメリルの手伝いをしたりして、見ていて微笑ましい。
そう思うと同時に、俺は先ほど感じた”問題”を早く切り出さねばという思いを強くするのだった。
後片付けも終わり、あとは眠りにつくまで思い思いに過ごす時間だ。
寝床はすでに準備できている。メリルの家に4人分の寝具はないが、ダンジョンで使っていたものがあるので問題なかった。
俺は一人壁にもたれかかって黙考する。
俺の目的は?
魔王勢力を倒し、ミイラ事件の根本を解決したうえで元いた日本に帰ること。
カイン達に負けたことでその目標に変更はあったか?
ない。成功しなかった場合、俺達の命は最長2年後に終焉を迎えることに変わりはないのだから。
逃げるっていうのも手じゃないのか?
奴らのことだ。この世界のどこに逃げたところで、見つけるのは容易だろう。
それに、常に奴らの気配に怯えながら生きたとして、愛姫に明るい未来が待っているとは思えない。
だからこの選択は現時点ではなしだ。
じゃあどうする?
強くなるしかない。俺の残りの願いを総動員して、”大いなる神秘”に勝てるようにならなきゃいけない。
どうやって?
「イオリ、顔色が優れないようだけれど、大丈夫?」
エルザの言葉に伏せていた目を上げる。
気づけば、この場にいる全員が俺に心配そうな視線を向けていた。
どれも純粋に俺のことを慮ってくれているのがよくわかる。
そんな顔をかわるがわるに眺めているうちに、気づけば俺の口から言葉が漏れていた。
「みんなに話がある」
自分でも驚くほどに低く、真剣な声音だった。
いつもならここで白石あたりから軽口の一つでも入ってきそうなものだが、俺の深刻そうな雰囲気を察したのか、真面目な顔で居住まいを正して俺の言葉の続きを待っているようだった。
「何かしら?」
エルザが俺に続きを促す。
アルはメリルの隣でちょこんと体育座りで、愛姫は俺の隣で正座して、不安気な表情でこちらを見上げている。
これから俺の言うことは、俺の目標達成のためには言うべきじゃない。
黙って、気づかないふりをして、やりすごして、ごまかして、なぁなぁにしてしまえるならそちらの方が都合がいい。
だけど、俺がそうすることに耐えられそうになかった。
俺はもう一度全員の顔を眺めたあと、開戦の口火を切るのだった。
「俺達は、ここでパーティを解散するべきだと思う」