4-2 久々のやり取り
待て待て待て待て!
なんだこの使い古されたテンプレな展開は!!
これから先の展開なんて火を見るよりも明らかだ。
1.愛姫もしくはアルが温泉で水泳を始める。
2.俺に気づく
3.「にいちゃん(イオリ兄ぃ)何でいるの?」
4.白石が過剰反応
5.俺の言い分も聞かずに理不尽な暴力
絶対こうなる。なんと言おうとこうなる。
俺の脳が即座に今後の展開をシミュレートし、面倒センサーがけたたましく警報を鳴らしていた。
せっかくゆっくり浸かれると思っていたのに、どうしてこう厄介な展開に進んでしまうんだ畜生!!
俺は先ほどまでの考え事など消し飛び、どうこの状況を何事もなく乗り切るかを必死に考えていた。
幸い今俺は中央の岩の反対側にいるので愛姫たちには気づかれていない。
しかし、ちびっ子が大きな浴槽を目にして、気心の知れた人間以外がいない場合に取る行動は一つだ。
まず間違いなく泳ぎだす。
こうなるとジ・エンドだ。どうにか泳ぎだす前に事態を打開しなければならなかった。
......そうだ! 転移魔法で脱衣場に戻ればいい!
俺は自分の機転を自画自賛しながら、中央の岩にゲートを発動させて湯船からの脱出を試みようとしたのだが......。
「あれ? こっちに扉があるよ?」
「あら、本当ね。内湯もあるのかしら?」
......オワタ。
アルとエルザがどうやら男側の脱衣場へと通じる引き戸を見つけたらしい。
しかも内湯と勘違いして中を見ようと歩き始めている。
今俺がゲートを使えばアルとエルザに見つかってしまう。
しかも、俺の体は当然びしょびしょだから違和感ばりばりだろう。
アルに色々聞かれた先で、結局白石が過剰反応を示す未来が見えてしまった。
もはやアルとエルザの歩みを止めることはできない。
俺にできるのは、奴等が脱衣所を見てから混浴と気づくまでの間に、事態を乗り切る言い訳を考えることだけだった。
カラカラ~っと引き戸を開ける音が聞こえてきて、アルが脱衣場の中に入ったのが分かる。
「あれ? 温泉じゃなかった」
「本当ね。こっちも脱衣場みたいね......脱衣所?」
はい、エルザさん違和感に勘づきました。
あの名探偵ならすぐに気づいてしまうはずだ。考えろ考えろ考えろ......!!
「なに? そっちには何があったの?」
「愛姫も行く~」
どうやら白石も気になってそっちに行ったらしい。
これで完全に退路は断たれてしまった。いよいよ袋の鼠だ。
「え? 脱衣所? でもあたしたちが出てきたのはあっちよね?」
「そうだね。ボクたちの服ないし......あれ? これってイオリ兄ぃの服だよね」
「えぇ? なんで男の脱衣所に通じてるの?」
「......ふふふ、そういうこと」
「......まさか」
はい、エルザさん白石さん真相にたどり着きました。
いよいよ猶予はなくなった。このままだと無差別に魔法をぶっ放されたりしかねない。
とにかく身の潔白を主張する機会だけでも確保しなければ......どうすれば......。
「イオリ~? どこにいるのかしら?」
びっくぅ!!
やましいことなど何もしていないのに、反射的に身をすくめてしまう。
不用意な行動をとれば命取りになりそうなので、とにかく声を潜めることにした。
「あんたぁ! まさか覗きをしようと企んだんじゃないでしょうねぇ!! どこにいんのよ!!」
ほらぁ。すでに怒ってるし......。
情状酌量など一切認めてもらえない弁護人不在の法廷に立たされるのが明らかじゃんか......。
とにかく我が身を守りつつ自己弁護の機会を勝ち取らねばどうにもならないな。
俺は自分の周囲を見渡す。
背後には岩、周囲は温泉、前方には木でできた柵が広がっている。
ダメだなんも浮かばない。柵で囲まれてるからこの空間にほかに隠れられそうな場所なんて......。
囲まれてる?......そうだ!!
これ以外に身を守る術はない!
俺は即座に魔力を練って魔法を発動した。
『プリズンゲート』
俺の周囲を小さく取り囲むようにゲートが発動した。
今回は魔法の出口を内側じゃなくて外側にしている。
これで外部から攻撃を加えられても安心だ!
俺が魔法を発動したことで、白石たちも気が付いたようだ。
「あぁ~、やっぱりいた!! ちょっとあんたどういうつもりよ! まさかの、の、のぞ......」
「ストップ! 言いたいことは分かってるから」
俺は白石の言葉を強引に遮った。
このまま喋るに任せてたら予想通りの面倒な展開になるのは目に見えてる。
「いいか、どうやらこの温泉は混浴だったらしい。お前らも知らなかったみたいだし、当然俺も知らなかった。つまりこれは不慮の事故だ。俺に覗くつもりなんて毛ほどもないし、お前らの裸なんて全く見ちゃいない。
そして今の俺は魔法に囲まれてるから身動きもとれない。つまりお前らから俺の視界に入ってこない限りは人畜無害だ。分かったか?」
俺は一息にこうなるまでにいたった経緯と俺の身の潔白を訴えた。
だが、頭に血が上った白石はそれでは納得しなかったらしい。
「た、たしかに混浴ってのは知らなかったけど、それであんたがあたしたちのことを見てないっていう証明にはならないわ。あたしたちが入ってきたときに、チラッと覗いたに決まってるじゃない! この変態!!」
「馬鹿か! 愛姫の声が聞こえた時点で面倒くさいことになると思って身動き一つとってねぇよ!」
「そんなの信用できないわね! あたしの裸を見るチャンスがあって、それを棒にふるやつなんているわけないじゃない!!」
「どんだけ自意識過剰なんだよ! そんな性格してるやつのラッキースケベなんてこっちから願い下げだ!」
「あんたぁ! よくそんなデリカシーのない言葉が言えるわね!」
「覗けとでも!?」
「あぅ......こ、この変態!!」
「どっちみちかよ面倒くせぇな!」
結局こうなるのかよ......。
俺が閉じ込められた空間の中で頭を抱えていると、エルザから助け舟が入った。
「まぁまぁヒナ、少し落ち着きなさいな。
イオリの性格だし、おそらく本当にこちらを見たりはしていないと思うわよ?」
「......それは、そうだけど......。それはそれで腹立つんだもん」
何やらぶつぶつ言っているようだが、お湯の湧き出る音で俺の耳には届かなかった。
「ふふふ、そうねぇ。でもそれはイオリなんだから諦めなさいな。多分あれは治らないわ」
「うぅ~......」
「あはははは」
気づけば愛姫が大笑いを始めていた。
アルもつられて笑っている。
「楽しいね。なんか久々にいつものみんなになったみたい」
「そうだね。楽しいや」
そういえば、こういう言い合いとかも全くなくなってたな......。
ずっとギクシャクとした雰囲気でいたから、普段どんな感じでやり取りしていたのかすら忘れてしまっていた。
もちろん、これで完全に元通りなんてわけにはいかないけれど、それでも、体の疲れと一緒に、どこか張りつめていたぎこちない雰囲気が少しほぐれてくれた気がした。
「私たちも入りましょうか」
「うん、そうね」
エルザと白石もちゃぷんと静かに湯船に入って来たらしい。
「絶対にそこから動くんじゃないわよ」
「分かってますよ」
「絶対だからね!」
「分かってるよ! ゲートを解除しない限り出れないんだから、万が一俺が変な事すれば一発でわかるだろ?」
「ついでに五感も遮断しなさい」
「死ねと!?」
俺と白石のいつもの言い合いと、それを聞いて笑うアルと愛姫の声が周囲に響く。
エルザも小さく笑っているようだ。
負けた事実は何も変わらないし、それぞれの心に渦巻く感情も何も変わっていないだろう。
だけど、こういういつもの雰囲気を少しでも取り戻せたことには意味があるだろう。
ホトリ村に来てよかったな。
俺はそう感じながら、いつの間にか窮屈この上なくなった浴槽の中でせめて思い切りくつろごうと目を閉じるのだった。