4-1 温泉
ダンジョンを攻略してから2日が経った。
俺達は、王都にまっすぐに帰らず、ホトリ村に立ち寄っていた。
別に用事が済んだらまっすぐに帰れと命ぜられているわけでもないし、まっすぐ帰る気にもなれなかったのだ。
幸い、ホトリ村に着くと、村人が大歓迎してくれた。
メリルもアルの姿を見てとても嬉しそうだったし、アルも母親の顔を見て笑顔の花を咲かせて甘えていた。
なぜ2日後なのかというと、脱出に丸1日かかったからだ。
ダンジョンの核を回収したものの、それまでにダンジョンの構造はやはりところどころ変わってしまっていたらしく、階層の入口までのショートカットが使えなかったのだ。
幸い、ダンジョンの機能が停止した際に各階層の魔獣もいなくなったらしく、戻りの道中では魔獣と出くわすことはなかった。ただ、ひたすら歩き続ける道程というのもそれはそれで過酷なので、道中足が限界を迎えた愛姫を肩に背負ったりしてえっちらおっちら進んでいると、地上に出るのに1日かかってしまったのだった。
道中、俺達の雰囲気はこれまでで最悪と言える状況だった。
剣呑だったりというわけではないのだが、各々がそれぞれ沈んでいて、時折無理に明るく振舞おうとして、結局明るくできなくて......みたいな感じだ。
それぞれ胸中に様々な思いがあるが、なんとなくそれを口にするのがはばかられて、当たり障りのやり取りに終始していた。
地上に出てからは魔獣の相手をする気にもなれず、とにかく一旦ゆっくりしたいということで、俺の転移魔法でホトリ村までひとっ飛びしたのだった。
俺達はメリルとアルの家にお邪魔させてもらうことになり、どっかりと腰を降ろした。
一息ついていると、
「さぁ皆さん、ダンジョンで疲れているのでしょう? まずはお風呂に浸かって疲れを取り除いてはいかがですか? その間に晩御飯の支度をしておきますから」
メリルがにっこりと笑顔でありがたい提案をしてくれた。
たしかにここしばらくは魔法で体を清潔に保っていたとはいえ、お湯に浸かれていなかった。
何から何までお世話になってしまって申し訳ないが、ここはお言葉に甘えよう。
「すみません、そうさせてもらいます。さて、順番どうしようか?」
俺達がメリルの家の風呂に入る順番を話し合いだすと、メリルが割って入ってきた。
「あ、ごめんなさいね。うっかり言うのを忘れていたんだけど、村のはずれに小さいけど温泉が湧いているのよ。そこならゆっくり足をのばして浸かれるでしょうし、そちらの方がいいと思うわよ?
この時間ならまだまだ誰も入っていないでしょうし」
「温泉?」
日本人3人組が温泉というワードに敏感に反応した。
温泉があると聞いて、それを選ばないなんて選択になろうはずもない。
「にいちゃん! 温泉行こ!」
「迷う余地なしね」
「是非もないな」
即座に転移袋からお風呂セットを取り出す俺達。
エルザ、アル、メリルは俺達の機敏な動きに呆気にとられていた。
「あなた達って時々凄まじい息の合い方するわよね」
「うんうん!」
「3人とも温泉大好きなのね~」
まぁ温泉が嫌いな日本人なんてなかなかいないだろう。
別に嫌いなのが変というつもりはないので、そこらへんは悪しからず。
俺達はメリルに教えてもらった道を歩いていき、温泉を目指す。
すると、村を出てからしばらく歩いたところに湯気の立ち上る一角を見つけた。
特に匂いは感じないので、硫黄泉ではないようだ。
見ると、3か所ほどの温泉が湧いているらしい。
それぞれが別の入口になっていて、どれか一つにしか入れないらしい。
とりあえず適当に一番大きそうな温泉の入口に行ってみると、”入れます”と書かれた札が下げられていた。
裏面をひっくり返してみると、”入浴中”と書かれていた。
なるほど、どうやら一つの温泉につき一組が利用する貸切風呂のようなシステムを取っているらしい。
入口に入るには、お金が必要で、扉に設置された投入口にメリルから渡された小銭を投入すると、カチャリという鍵の外れる音がした。
カラカラと引き戸を開けると玄関があり、男女別れての脱衣所が設けられている。
「それじゃ」
「にいちゃんバイバ~イ」
俺は女性陣に別れを告げて男性用の脱衣場へと入っていった。
手早く服を脱いでお風呂セットを小脇に抱えていざ入浴!
俺はカラカラと木製の引き戸を開けると、そこには日本人から見ても何ら違和感のないしっかりとした温泉が形作られていた。
一言でいえば岩風呂だ。
手頃な大きさの岩を積み上げて作られた深さ80cmほどの湯船が楕円形を描いて広がっている。
そして、これは制作者の遊び心だろうが、中央に一際大きな岩が置かれ、ドーナツ状の浴槽になっていた。
中央に岩があるので一見すると狭く感じるが、湯船の壁面に腰をつければ足を十分に伸ばせるだけの広さがあったのでさほど気にならない。
かけ湯をして温度を確かめると、ややぬるめぐらいに感じられた。
もう少し熱いほうが好みだが、ゆっくりつかるならこのくらいの温度の方がちょうどいいかと思い気を取りなおして湯船に浸かった。
「ふぃ~」
気の抜けた声が漏れた。
やはり温泉ってのはいいなぁ~としみじみと感じながら、全身の力を抜く。
じんわりと温められるような感覚と、力と一緒に体内に蓄積した疲れが染み出していくような感覚を味わい、久々に心が楽になったような気分になった。
カインに負けてから、俺はひたすらに焦りを感じていた。
負けたことは別にいい。誰も死ぬことなく帰ってくることができたのだから。
悔しいとかそんな感情で考え込んでるんじゃない、そんなもんにとらわれるような主人公気質じゃないからな。
ただ、次にまた奴等と出会ったとき、もしくは他の”大いなる神秘”と対峙したときにどう対抗するかということを考えると、どうにも思考が先へと進んでくれないのだ。
正直、お先真っ暗と表現するのがぴったりなくらいの実力差を感じた。
だが、俺達は勝たなきゃいけない。勝てなきゃ漏れなく死ぬだけだ。
だったら足掻くしかないのだが、その方法を考えようにもなかなか浮かんでこないんだよな......。
「はぁ~」
俺は誰もいないのをいいことに、盛大なため息をつきながらぷかぷかと湯船に浮かんでいた。
湧き出るお湯の流れに身を任せていると、いつの間にか入口とは逆の方まで流れていた。
どうやら半周流されるまでずっとぷかぷかしていたようだ。
俺は浮かぶのをやめて浴槽の淵に手を置き、その上に顎を乗せた。
目を閉じると、ついカインに愛姫が羽交い絞めにされたときの景色や、プリズンゲートがあっという間に崩壊していったシーンが思い起こされた。
「どうしたもんかなぁ」
埒が明かないので目をあけ、誰に言うでもなく一人ごとを呟く。
幸いここは俺一人だ。ゆっくりつかりながらリラックスしていこう......。
そう考えていた時、
カラカラっ
と勢いよく引き戸が開く音が耳に届いた。
「うわぁ~、広~い!!」
どうやら愛姫がやってきたようだ。温泉を見てテンションが上がっているらしい。
ただ気になるのは愛姫の声が隣の方からでなく、真後ろの方から聞こえてくるということで......。
「すっごい! 本格的な温泉じゃない」
「ね? いいお風呂でしょ?」
「これはヒナたちでなくても少し興奮してしまうわね」
俺は岩を隔てて聞こえてくる声に固まるしかなかった。
頼む、俺の聞き間違いであってくれ。あいつらは俺の後ろになんかいない。ちゃんと女湯に......。
「わっしょ~い」
ざっぱ~んと飛沫を上げて勢いよく愛姫が飛び込んだようだ。
その飛沫が岩を超えて、俺のいる方へと飛んできた......飛んできてしまった。
ここにきて、俺はようやく理解したのだ。
この温泉......混浴かよぉ!!