3-48 攻略
カインとイエナが去り、最奥の空間には俺達パーティが残された。
しばし誰も動かず、静寂が立ち込めていたが、愛姫がはっとしたように俺の方へと再度振り向いてきた。
「にいちゃん! 大丈夫? 他に痛いところは?」
愛姫の声に我に返ったのか、他の3人も慌てて俺のもとへと駆け寄って俺の様子を覗き込んでいる。
俺は壁に寄りかかって楽な体勢にしてから応答した。
「あぁ、ウンディーネのおかげで鼻は治ったみたいだ。あとは体だな。
......痛っ、あばらにヒビでも入ったかな。『ヒール』」
俺は回復魔法を発動して手を胸に翳した。
動いたり呼吸をするときに感じていた刺すような痛みが次第に和らぎ、俺は大きく息を吐いた。
「すぐに回復魔法を使ってればずっと痛い思いせんですんだんに......」
愛姫がそういって悲しそうな顔でこちらを眺めてくる。
「あいつの目の前で回復魔法なんて使ったらどんな嫌がらせしてくるか分からなかったからなぁ。
それに、俺が回復してる間黙って突っ立っててくれるとも思えなかったし」
「それは......そうやけど」
「心配してくれてありがとな。あと、他の3人も助かったよ。ありがとう」
俺は抱きついてた愛姫の頭を撫でながら、白石、エルザ、アルにも礼を述べる。
しかし、3人とも沈痛な表情を浮かべ、無言のまま返事をしない。
「とにかく全員生き残れたんだ。今はそれでいいじゃないか。次やつらに出くわすまでにもっと強くなってりゃいいんだし」
俺はそう気休めの言葉を口にするが、白石とエルザの表情は一向に晴れなかった。
そんな言葉でお茶を濁せるような負け方ではなかった。
言っていて、自分の言葉の薄っぺらッさに吐き気がする。
遊ばれ、手を抜かれ、気まぐれに生かされただけ。
ここまでの俺達の努力や培ってきた経験、自信はやつらに木端微塵に砕かれた。
だが、そんなことを改めて口にしても事態は好転したりしない。
だから、粉々にくだかれた諸々は脇に置いて、”生き残った”というただ一点に価値を見出して逃れるしか、今の俺に口にできる言葉はなかったのだ。
「そ、そうだよね。今日は負けちゃったけど、次に戦うときに勝てるようにボク頑張るよ!」
アルはそう言ってくれた。まだ子供だし、俺の言葉を額面通りに受け取ってくれたのだろう。
むしろアルにその言葉の裏に隠された様々な思いを察するなど土台無理な話だ。
両手をグッと握って決意を新たにするアルの頭を開いた手で撫でてやるが、残る二人はそんなに簡単に納得できはしない。
「......何も出来なかった」
「......そうね」
白石の言葉に、エルザもボソリと同意する。
二人も俺とカインの戦いを通じて、立ち向かう敵と自分の間にある隔たりをまざまざと感じたはずだ。
幼いアルを誤魔化すことはできても、先ほどの詭弁程度でそのショックを振り払うことは出来なかったようだ。
「そうだな。俺も何もできなかった。いいようにやられたし、圧倒的な差を感じたよ」
「......」
俺の言葉に、再度全員が沈黙した。
俺だって正直、次に奴らと出くわしたとして勝てるかと聞かれても分からないとしか言えないし、現時点ではかなり期待は薄いと感じている。
「とにかく......だ」
そう言って俺は立ち上がる。
全員が俺の姿を眺める中、空間の奥へと進んでいく。
見上げる先にはダンジョンの核となる巨大な魔石が壁に深くめり込んでいた。
俺は壁面に手を翳し、核の周辺の壁をさらさらの砂へと変えた。
ドスンっと音を立てて魔石が壁から零れ落ちる。
俺はそれを転移袋に回収すると、元来た道を引き返して4人の元へと戻っていった。
こうして物語はまた一つの締めくくりを迎える。
順風満帆だったこれまでの旅から一転、彼らは大きな挫折を味わった。
壁は分厚く、そして遥かに高かった。
だが、足掻いた先にしか明るい未来はない。
分かり切っていることだが、そう簡単に前を向けぬのもまた道理。
各々の胸中には様々な思いがうねりを上げて渦巻いていることだろう。
暗い締めくくりになるが致し方ない。
これから彼らがどのような物語を紡ぐのか。せめてその結末が、明るいものになることを願いながら見守ろうではないか。
「ダンジョン攻略完了だ。帰ろう」
当然ながら、喜びの声などあがるはずがなかった。
第三章 完
こちらまでご覧いただきまして誠にありがとうございます。
葉月です。
第3章はこれにて完結となります。
手痛い敗北を喫し、これまでの章とは違い、きれいに纏まることもなく締めくくられております。
ここまでズタボロに負けたのに、きれいさっぱり切り替えることは不可能だと思いますので。
これから伊織たちがどのような道を歩むのか、引き続き全力で書いていきますので、お付き合いいただけましたら幸いです。
それでは明日より第4章が始まります。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。