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星に願いを~ものぐさ勇者の異世界冒険譚~  作者: 葉月幸村
第3章 いざ! ダンジョン!
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3-46 格の違い

 俺から放たれた炎槍がカイン目掛けて殺到する。

 威力よりも数を意識したことで、カインに逃げ場はないように俺には見えた。

 しかし、カインは涼しい顔のまま軽やかにステップを刻む。

 不規則に地を蹴りながら移動すると、すべての炎槍が回避されてしまった。


「ん~、遅い。そんなんじゃあ避けてくださいって言われてるようなもんだよ~」


 手を頭の後ろに組んだカインがバカにするような口調で話しかけてくる。

 こんなにあっさりと躱されたことはこれまでになかった。

 致命傷をとにかく避け、数発はもらうことを覚悟するような動きを見せられることがほとんどだったからだ。


「くそっ」


 俺は小さく吐き捨てるようにつぶやき、そのまま次なる魔法を展開していく。


『ブースト』


 俺は各身体能力を底上げする。膂力を上げても仕方がないが、耐久力とスピードを同時に上昇させることができるのでこの支援魔法を選択した。

 そしてそのまま即座に次の魔法を構築して言霊を唱える。


『剣山』


 地面に手を翳して下からカインを串刺しにしようとするが、カインは俺が手をつくまえにその場を離れてしまった。誰もいない空中を空しく土の槍が刺し貫いていき、その後ろからカインがさらに煽ってきた。


「いやいや、そんなバレバレの動作で僕を貫けるとでも思ったわけ? さすがにバカにしすぎでしょ......っと」


 俺はカインの言葉を最後まで待たずに再度剣山を発動するが、察知されてしまってこれまた余裕をもって回避されてしまった。


「いいねぇ。敵の台詞を最後まで聞いてあげないっていうお約束破り! そういうのは好きだよ」

『ゲート』


 俺は足元にゲートを開いて沈み込むように姿を消す。

 そのままカインの頭上に転移し、その瞬間に火球を放った。

 カインは俺の姿に気づいていないようだ。もらった!

 

 そう思った次の瞬間、カインは横へと小さく移動した。

 その脇をかすめるように火球が通過し、地面に激突する。

 

「っ! 畜生!」


 なんでだよ! こっちを見てもいないのに何で狙いが分かるんだ。

 しかも回避にかける動作も全て必要最小限に留められてる。

 おそらくやつは欠片も魔力を使っちゃいない!


 俺はその動作ひとつひとつから明確に挑発されていると感じるとともに、これまでの敵との明らかな次元の違いを感じていた。

 どんな攻撃を仕掛けても上手くいくビジョンが持てない。

 そんな俺の考えを見透かしたのか、カインはせせら笑いながら語りかけてくる。


「ほらほら、僕はまだなんにも手出ししちゃいないよ? 弱いのは分かりきってるけど、少しくらい僕を驚かせてくれたっていいんじゃないかなぁ」

「......」


 あのムカつく顔面に思いっきり握り拳をぶち込みたいのはやまやまだが、生憎それが全くできる気がしなかった。転移魔法を使った不意打ちもなんなく避けられた。威力どうこうではない。当たる気がしないのだ。

 

 俺のなかでは既に結論は出ていた。現時点で、俺はコイツに勝てない。

 俺の攻撃は全て避けられ、俺にはあいつの動きを捉えることができない。

 その時点でこの戦いの結末は見えていた。


 ここから新たに恩寵を追加したとしても、使い手の技量の差が違いすぎる。

 能力どうこうで切り抜けられるようには思えなかったし、現状を打開できるような能力など全くイメージすることすらできなかった。


 そんな分かり切った勝負、本当なら一秒でも早く切り上げたいところだ。

 だけど、そうすると愛姫や他のみんなが死ぬ。

 あいつが俺達を生かしているのは魔王の観察という命令に従っているという点においてのみだ。

 その命令ってのも、どこまで強い命令なのか分からないし、観察した結果こちらの判断で殺しておきましたとなっても全く不思議ではないのだ。実際、さっきのカインの脅しは本気だった。


 だから俺は、アイツのいいなりになってこの勝てるはずのない戦いを続けなければならないのだ。

 せめて俺以外に被害が飛ばないように全力で。

 あいつの気が変わってしまわないように。


 自己犠牲なんて普段は糞くらえと思ってる。

 だけど今俺の後ろにいる奴ら、特に俺に残された唯一の家族のためなら、俺はどんな犠牲だって厭わない。その代償が俺の命だったとしても。


「つまんないなぁ」


 そんなことを考えていると、カインが無機質なまなざしを向けながら語りかけてきた。

 

「あんた、もう俺との勝負で勝ちを捨ててるでしょ」

「......どうかな」

「冷静に戦力差を理解するのは分を弁えてて結構だけど、ただ後ろの連中を生きながらえさせるために続けられても僕としては興冷めなんだけど」

「お前の仕掛けたことだろう」

「もっとなんていうのかな、プライドとかないわけ? こんなにバカにされて、普通腹立つでしょ? 俺のことぶっ殺してやりたいでしょ? なのにどこまでも割り切ってるようなその感じ、見ててイラつくなぁ」

「生憎、俺はそういう主人公気質を持ち合わせちゃいないんだよ」


 会話の間も、俺は魔法を放ちつづける。

 しかし、その悉くは空しくカインの脇をすり抜け続けていた。

 

「そのくせ自分の命は割と簡単に切り捨てられるんだね。しかも、捨てたところでほんの僅かな時間稼ぎにしかならないってことも分かってるんでしょ?」

「......」


 俺は沈黙を返すほかなかった。

 カインの言うとおり、俺がここで一人で戦って犠牲になったとして、カインが先に放った言葉を違えるという判断を下せばただの犬死だ。愛姫たちの死をほんのわずか先延ばしするにすぎない。

 だが、約束を違えない可能性もある。ならば俺の取るべき選択肢は一つしかないし、この結果の見えた戦いにも意味があった。


 それら全てを見透かしているのか、カインは次第に苛立ちを募らせていき、視線を愛姫たちの方へと送った。俺は背筋が総毛だつ感覚を覚え、その瞬間に転移魔法を発動する。


『ゲート』


 愛姫たちのもとへ転移しようと飛び込んだが、出口を潜り抜けた瞬間、顔に火がついたような激痛が俺を襲った。


「ぐあっ」


 俺はゲートの脇を吹き飛ばされて地を転がる。

 どうやらゲートをくぐった瞬間に殴られたようだ。

 手をやると鼻骨が折れていて、鼻から滝のように血が零れ落ちていた。

 

「にいちゃん!」

「イオリ!」


 愛姫たちの悲痛な叫びが聞こえてくる。

 俺はなんとか腕に力を入れて体を起こして視線を上げた。

 カインが愛姫たちの前にたってこちらを見ている。

 

「ほら、俺がこのままちょっとその気になればこいつらは死ぬよ? どうする?」

「やめろ......そいつらには手をだすな」


 俺は口で荒い呼吸をしながらやっとのことで言葉を吐いた。

 鼻で呼吸ができないし、視界がくらくらと歪んでいる。

 俺はなんとかカインを愛姫たちに通すまいと必死に魔力を練り上げた。

 

 カインは俺を見つめたまま動こうとしない。どうやら俺が魔法を発動するまで見ているつもりのようだ。舐められているという事実に腹は立つが、こちらとしては好都合。

 俺は最小限の準備で済ませて言霊を唱えた。


『プリズンゲート』


 言霊とともに魔法が構築されていくが、その間もカインは一歩も動こうとしない。やがて、あっという間にカインは円形に展開されたゲートの中に閉じ込められた。


「避けれるもんなら避けてみろよ!」


 俺はありったけの炎槍を叩き込もうと魔力を練り上げるが、


「くだらない」


 プツンと何かが切れるような感覚とともに、カインを取り囲むゲートがその輝きを失って消えてしまった。


「なん......で......」


 俺は目の前の出来事が理解できずに呆然と呟きを漏らす。

 カインはそんな俺へとつかつかと歩み寄り、胸ぐらをつかんで持ち上げた。


「ぐぁ」


 足が地面から離れ、締め上げられることで口から苦悶の声が漏れ出る。


「あんな弱点むき出しの魔法、何回発動したって無駄だよ」

「弱......点......?」

「そんなことも分かってなかったのかい? こりゃあいよいよ主様のお考えが分んないや......ていうか、僕もどうでもよくなってきたかなぁ」


 そういうと、カインは俺を無造作に投げ飛ばした。

 なす術なく吹き飛ばされた俺は、愛姫たちの後方の壁に派手に激突する。


「かはっ......」


 背中をしたたかに打ち付け、あまりの衝撃に視界が一瞬明滅した。

 ろくに呼吸もままならない。


「もういいや。あまりにお話にならない。こんなやつらが人間の希望なら僕達は安泰だね。

 このまま帰って主様に報告しよう。『恐るるに足りません』ってさ」


 俺は全身を襲う痛みに返事をすることすらままならない。

 そんな俺に向けてカインがゆっくり近づいてくる。


「折角少しは楽しめるかと思ったのに、期待外れもいいとこだ。ちょっとイライラさせられたし、あんたはここで殺しておこうかな」


 朦朧とする意識と視界の中、俺の脳内をぼやけた思考が通り過ぎてゆく。

 ......あぁ、結局こうなるか。まぁ、そうだよな。あまりに差がありすぎた。

 俺が死んだとして、せめてあいつらのことを見逃してくれればいいんだけど......

 愛姫を俺の手で帰してやれないのは残念だけど、目の前で死なれるよりはマシか......


 こつん


 何やら小さな音がした。

 見ると、俺の方へ近づいていたカインが足を止めている。その足元には小さな小石が転がっていた。

 その背後から


「......るな」


 愛姫が小さな体を震わせながら何やら言っている。


「なんだって?」


 カインが振り返って問い返した。

 すると愛姫は、目に涙を溜めながら息を深く吸い込み、割れんばかりの声で叫び声をあげた。


「これ以上にいちゃんを傷つけるなぁ!」

 

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