3-45 避けられぬ戦い
魔王の配下。なおかつその中でも最高戦力と位置づけられる集団に名を連ねる者達。
さすがにこの邂逅は予想していなかった。
まだまだ地力を上げていかなければいけない段階でそんな奴らと相対することになるなんて悪夢でしかない。見た感じでは、二人とも普通の人間と何ら変わらない出で立ちだし、特段強そうな雰囲気も纏っていない。だが、そんな感覚はまるであてにならないと俺は感じていたし、他の面々もそれは同じようだった。
「みんなそんな固くならないでよ。せっかくここまで一緒に冒険してきたんだしさぁ」
俺達の警戒心むき出しの雰囲気を笑い飛ばしながらカインが語りかけてくる。
どこまでも人を小馬鹿にしたような語り口調がどうやらこいつのデフォらしいな。
「その下卑た笑みはどうにかならないのですか? 全く、あなたと行動をともにしなければならないとは、自分の不運を呪いたくなりますね」
イエナはそんなカインに冷ややかな視線を浴びせながらため息を零す。
こちらも俺達のものものしい雰囲気などまるで意に介していないかのような澄まし顔だった。
「お前らの目的は観察だったんだろ? なら用件はもう済んだ筈だ。それなら帰らせてほしいんだけどな」
俺は油断なく二人の様子を窺いながら口を開いた。
この場でこいつらと戦闘なんてまっぴらご免だ。目的が俺達を殺すことじゃないのなら、ここは事を荒立てずにとにかく離れたい。
俺の発言にイエナは冷静な表情を崩さずにカインへと語りかけた。
「そうですね。我等が主様に命ぜられた任務は観察までです。カイン、間近で見ていてどうでしたか?」
「ん~、まぁ悪くはないんじゃない? 確かにこちらの世界の人間と比べたら規格外の才能を持ってると思うよ。まだこちらに来てから数か月しか経ってないんだろ?」
「......」
「つれないなぁ。まぁ、センスは悪くない。ただ、現状ではまだお話にならないね。弱すぎる」
カインの口から発せられた言葉に、俺は少なくない衝撃を受けた。
弱すぎる?
これまで七聖天の面々などと接していく中で、それなりに能力に自負が芽生えていたのだろう。
そんな反射的な反感とともに、にべもなく弱いと断言するカインという存在がとてつもなく不気味に感じられた。
「こんな弱い奴らのどこに主様は興味を持ったんだろうなぁ。さっぱり分かんないや」
「口を慎みなさい。主様の思考を邪推するなど不敬ですよ」
「相変わらずイエナは真面目だなぁ。もっと肩の力抜きなよ」
「あなたがいつも抜きすぎなのです」
「たはっ。手厳しいや」
俺達をよそに、二人は軽いいさかいのようなやり取りを交わしている。
一見すると隙だらけなのだが、裏を返せばこちらの攻撃など歯牙にもかけていないということでもあり、俺達は下手に動けずそんな二人を眺めていることしかできなかった。
カインはそんな俺達に視線を向ける。
「まぁ、報告する内容としてはイエナも俺の視覚を共有してたから十分だと思うよ。けどさ、念のために体験しておく必要はあると思うんだよねぇ」
「体験?」
「そうそう。間近で見ていてこう感じましたって言うより、実際やってみてこう感じましたって方がよりいい報告じゃない?」
そう言うと、カインは怖気の走るようなうすら寒い笑みを浮かべてこちらを見やる。
その視線を感じた瞬間、俺は自分の心臓が見えない何かに鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
周囲の気温が急激に下がったかのような寒気が同時に俺を襲い、身じろぎひとつとれない。
まるで蛇に睨まれた蛙のような心地だった。
イエナは依然カインの方へ冷たい視線を向けながら興味なさげに呟く。
「ほどほどになさいね。あなたはいつもやりすぎるのですから」
「わかってるって。さぁ、イオリさん、やろうか」
「......」
俺は無言のままカインを見つめていた。
穏便にすませたいのはやまやまだが、あんな性格したやつがそんな提案に応じてくれるわけもない。
どうする、どうやってこの状況を打開すればいい。
必死に頭を回すが、うまい考えは浮かんできてくれなかった。
「おいおい、慎重な性格は美徳だけど、この状況でだんまりってのはあんまり感心しないなぁ。
あんたに選択の余地なんてないんだぜ?」
「お前のいうことに素直に従うってのにどうにも気が進まなくてな」
俺はどうにか時間を稼ごうと会話を継いだ。
軽い性格のやつのことだ。いつのまにか興が冷めてやっぱや~めた、なんてことにならないかという甘い期待を込めつつカインの出方を窺おうと考えていたんだ。
しかし、その期待は最悪の形で打ち砕かれた。
「はぁ。はっきり分からせといたほうがいいみたいだね」
そう言うと、突然目の前にいたはずのカインの姿が消えた。
次の瞬間、俺の背後から悲鳴があがる。
「いやぁ!」
愛姫の声にがばっと振り返ると、カインが愛姫の後ろに立って体に抱きついていた。
誰もカインの接近に気付けなかったのか、白石もエルザもアルも面食らってしまっていた。
人差し指を立てて愛姫のこめかみにあてている。
俺は全身の血液が凍りついたような感覚に襲われた。愛姫も突然背後から羽交い絞めにされたことでおびえ切った顔をしている。
カインは俺の顔を見て満足そうな笑みを浮かべると、
「ば~ん」
まるで緊張感のない声をあげた。
愛姫はぎゅっと固く目を閉じているが、何もされてはいないようだ。
カインはそれだけやると愛姫の元を離れ、俺のほうへと歩いてくる。
「次はホントに殺すからね? 妹ちゃん大事なんでしょ? なら覚悟決めなよ」
「てめぇ......」
俺の先ほどまで凍り付いていた血液が一瞬にしてグラグラと煮えたぎる。
全身から怒りが迸る俺の様子を見て、カインは一層楽しげな表情を浮かべている。
「いいねぇその目。僕が憎くてしょうがないって目だ。なんだ、最初からこうしておけばよかったのか。いや、いっそ半殺しくらいにした方がもっと楽しめるのかな?」
「もう喋るな。お望み通りやってやるさ。殺してやる」
「よっしじゃあ始めよう! あっ、他のみんなはじっとしててね? 僕が見たいのはイオリさんだけで、他には興味ないから。余計なマネしたら今度こそ容赦なく殺すからね?」
その声音はまるでこれから遊びに出かけるかのような気軽さだが、それでいて底冷えするような冷たさをはらんでいた。
アルや白石は引き攣った表情を浮かべ、エルザですら悔しそうな顔を浮かべていてもその場から動くことができないようだった。
俺はテレパスで語りかける。
(みんな、奴の興味は俺にあるみたいだ。ヘタに刺激するとどんなことになるか分からない。
じっとしててくれ!)
(イオリ、危険だわ。一人で向かうべきじゃない)
(そうよ、みんなで戦えば勝てるかm)
(ダメだ!!)
俺は助太刀に加わろうとするエルザと白石を制した。
先ほどのカインの台詞。あれは間違いなく本気だ。さっきの愛姫の背後を取った動きだって俺達の誰も捉えることが出来なかった。
そんな奴がその気になれば、いつでも俺達を殺すことができるだろう。
ましてエルザとアルはこちらの世界の住人だ。生かしておく理由はなおさらない。
観察という内容から逸脱させることなく場を切り抜けるには、俺が一人で相対するしかなさそうだった。
俺は覚悟を決めて一歩前へと進み出た。
カインはそれを見て満足そうに笑みを浮かべる。
「ちゃんとテレパスで止めてくれた?」
「あぁ。だからこいつらには手をだすなよ」
「もちろん。僕は約束はちゃんと守るからね。そのかわり、少しは僕を楽しませてよ?」
そういうと、カインはペロリと舌なめずりをいながら手を前にかざしてチョイチョイと挑発してくる。
いつでもどうぞ、ということらしい。
睨みあっても事態は好転したりはしない。俺は即座に魔力を練り上げ展開する。
『炎槍』
言霊とともに小さな炎を纏った鏃がカイン目掛けて打ち出され、魔王勢力最高幹部の一角との戦いが始まったのだった。