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星に願いを~ものぐさ勇者の異世界冒険譚~  作者: 葉月幸村
第3章 いざ! ダンジョン!
125/153

3-41 暗転

 ついに左の頭も塵と化し、残すは中央の頭一つのみとなった。

 こうなってしまえばもうこちらのものだろう。

 俺達は状況が勝勢に傾いたことを直感していた。


 ケルベロスは体中に火傷の跡を残して荒い呼吸をしている。

 ケルベロス自身も不利な状況を理解しているのか、その表情は苦々しげだった。


 俺達は散開してケルベロスを包囲した。

 これであとは遠距離から魔法を放ち続ければいずれ勝利はこちらに転がり込むはずだ。

 

 俺達は同時に攻撃を仕掛けるためにタイミングを見計らっていた。

 確実に、そして無難に勝つために、一斉攻撃でそこから生まれる隙を断続的に突き続けて攻めきる形をイメージしていたのだ。


 俺達が動きを見せない中、ケルベロスが先に行動を起こした。

 四肢を踏ん張ってあらん限りの声で吠え声を上げたのだ。


「ガルルルアァァァァァァ!!」


 これまでよりも一際大きな吠え声に、俺達は思わず耳を覆う。

 あまりの吠え声の大きさに、空気がビリビリと振動しているのが肌ではっきりと感じられた。


 最後の威嚇かとはじめは思ったのだが、ここにきて俺はケルベロスの様子がおかしいことに気づく。

 なにやら魔力が膨れ上がっていくような感覚を覚えたのだ。

 背筋にゾクリと怖気のような感覚が走り、俺は咄嗟にテレパスで全員に指示を送った。


(何か様子がおかしい! このままにしておくのは不味い気がする! 今のうちに倒そう!)


 俺の呼びかけに呼応して、エルザとティナが魔法を展開する。

 俺も炎槍を発動して3方向から一斉にケルベロス目掛けて魔法が放たれた。

 

 殺到する炎の魔法。

 しかし、ケルベロスは動く素振りを見せない。このままいけば直撃だ。

 嫌な予感がしたが、なんとか事態が悪化する前に対処できたか?


 しかし、俺の予想は一瞬にして裏切られる。

 ケルベロスはグッと踏ん張ると、地面を吹き飛ばしながら飛びのき、瞬く間に魔法の到達地点を離脱したのだ。そのスピードはこれまでとは訳が違っていた。


「なっ!」


 躱せないと思っていたタイミングからあっさりと回避されたことで、俺は思わず驚愕の声を上げていた。実際これまでの素早さなら間に合わなかったはずだ。

 見れば、ケルベロスの目は妖しい真紅の光を放ち、先ほどよりも口からのびる牙もその鋭さと長さを増しているように感じられた。


(イオリ兄ぃ、なんだか早くなってない?)

(間違いないな。くそ! 他の頭をつぶせば戦力を削れると思ってたのに、むしろ強くなったとか冗談だろ?)

(頭が霧散したのに魔石が落ちないと思っていたら、こういうことだったのね)


 エルザの言葉に俺も先ほど感じていた違和感の正体を理解した。

 要は他の頭が死んだときにその魔石を中央が取り込んだということだろう。

 それに伴って分散されていた力が結集して、能力が飛躍的に向上したってことかよ。


 俺は歯噛みしながらケルベロスへと視線を集中させる。

 これまで対峙していた時よりも、残されたケルベロスから放たれる魔力が多く感じられた。

 分散されていた力が結集している証拠だろう。


(いったん攻撃はなしだ! 回避に専念して奴の戦力を見極めよう)

(同感ね。撤退を視野に入れて立ち回りましょう)


 依然として優勢なことに変わりはないはずだが、さっきまで感じていた余裕はどこかに消し飛んでしまっていた。

 俺達は一旦戦力の把握に舵を切ることにした。手に負えない相手に戦いを挑んでもこちらが痛手を被るだけだ。最善なのは生きて帰ることなのだから。


 ケルベロスは自らを取り囲む俺達に視線を送ったあと、俺と白石目掛けて牙をギラつかせながら駆け出した。そのスピードは凄まじく、あっという間にケルベロスが眼前へと迫ってきた。


『ゲート』


 俺は白石の手を引いて足元にゲートを展開。

 地面に沈みこむようにしてケルベロスの視界から消えた。

 

 ケルベロスの背後に距離をとって出口を設定したのだが、持ち前の察知能力を発揮して、俺達が姿を現すことにはすでにこちら目掛けて駆け出している。


「くそっ、『ゲート』」


 たまらず俺は再度ゲートを展開。

 すんでのところで牙から逃れ、今度は天井付近に転移した。


『フライ』


 白石を抱えたまま宙に浮かび、ようやく難を逃れたと感じた俺はふぅっと呼吸を整えようとした。

 しかし、ケルベロスはそんな俺達に向けて大口を開けたのだ。


「避けて!!」


 俺は一瞬その行動が理解できずに思わず身構えてしまった。

 ケルベロスの意図を俺より早く察した白石が表情を引き攣らせながら俺に迫る危険を告げる。

 瞬く間に魔力が凝縮され、レーザーのごときブレスが俺と白石めがけて放たれた。


「やばいっ!!」


 とてもゲートを展開する暇はない。

 俺は方向も定めず、とにかくその場を離れるべく宙を舞った。

 俺達が直前までいた地点をブレスが射抜き、あと一瞬動作が遅れていたらヤバかったと冷や汗が垂れた。

  

 しかし、危機はまだまだ続く。

 気づけば俺は地面に向けて飛んでしまっていたのだ。

 咄嗟に急制動を掛けて地面への激突は防いだが、ケルベロスが畳み掛けるように俺目掛けて疾駆してきていた。


「シルフ!!」

「クルアァ!!」


 エルザとティナが俺とケルベロスの間に魔法を放って接近を妨げてくれた。

 だが、苛立った声を上げながらブレーキをかけたケルベロスは、迂回するようにしてなおも俺と白石を殺さんと攻めかかってくる。

 

 ゲートを使っても察知されるし、空に逃げてもブレスが来る......どうする!?

 俺は内心で舌打ちしながらとにかくゲートでの回避を選択する。

 ケルベロスは白石を守りながらの立ち回りを強いられている俺をまず殺そうと狙いを絞っているらしい。


 エルザとティナの援護もあってなんとか回避を続けているが、このままだとジリ貧だ。

 どうする、どうする、どうする!!

 ゲートに飛び込み続けながら必死に頭を働かせるが、妙案は浮かんできてはくれない。

 攻撃しようにもあの速さではそうそう魔法は当てられない。察知能力で簡単に躱されてしまうだろう。

 次第に俺の頭のなかには”撤退”の二文字が強く意識され始めていた。


 そんな俺に、不意に白石が声を掛けてきた。


「ねぇ」

「どうした?」


 俺はゲートでの回避を続けながら答える。


「あいつの動きを止められる魔法って打てる?」

「ないことはないけど、あいつの察知能力で逃げられるから意味ないと思う」

「一瞬でも気が引ければいいの?」

「まぁ、そんな隙があればだけど。『ゲート』」


 ケルベロスに意識を割いているので、白石の意図を勘ぐる余裕もない。

 俺は聞かれるがままに返事をしていた。

 そんな白石は俺の返事を聞いて何か決意を固めたように瞳に力が宿る。


 回避先のゲートをくぐると、あろうことか白石は俺の腕から離れてしまった。


「バカ、何のつもりだよ!」


 これでは白石を連れて回避ができない。

 突然の出来事に俺は度胆を抜かれながら叫び声をあげた。

 ケルベロスはこちらへ向けてすでに駆け出している。

 奴は俺のもとから離れて駆け出した白石を捉えると、口元を歪めながら標的を切り替えた。


「ヒナ姉ぇ!」

「ヒナ、何してるの!!」


 アルとエルザもただならぬ事態が起きたと直感して声を上げる。


「クルアァァ」


 ティナは主人の危機を直感して、一目散に白石の元へと羽ばたいた。

 しかし、ケルベロスの到達の方が早い。

 俺もゲートを展開しようとするが、ケルベロスはすでに白石めがけて前足を振り下ろしていた。


「ガルルアァァァ!!」


 ゾクリと悪寒が背筋を走る。

 まともに食らえば治癒魔法も意味をなさないだろう。

 しかし、白石は横に飛びのいてその一撃をなんとか回避することに成功していた。

 叩きつけられた前足が地面を抉る。白石は受け身を取って即座に起き上がり顔を上げた。


 だが、ケルベロスの前足の一撃は誘いだった。

 起き上がり際の白石に、大口を開けたケルベロスが襲い掛かる。

 あの体勢ではさっきみたいな回避行動がとれない。

 今度こそ白石に逃げ場は残されていなかった。


 俺は無我夢中で転移魔法を発動しようとする。

 届け! 間に合ってくれ!!

 座標を定めようと白石の方をみると、視線が交錯した。

 俺と目を合わせたまま、白石は右腕を翳す。


 ......そういうことか!!

 俺はここでようやく白石の意図が理解できた。 

 

 ケルベロスが白石を噛み千切らんと迫る。

 白石は小さく俺に頷きを送ると、小さく一言つぶやいた。


『ゲート』


 白石の右腕に嵌められた魔込めの腕輪が輝きながら発動する。

 ケルベロスの口が閉じられる直前に、白石の姿が空間から掻き消えたのだった。

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