3-40 二つ目
エルザの凄絶な活躍により、まず右側の頭を潰すことに成功した。
先ほどの光景を見る限り、どうやらケルベロスはそれぞれの頭が別個の魔獣として数えられるのか? と俺は感じていた。
魔獣は絶命した場合に塵となって消滅するからだ。
しかし、それだと一つ気になることがある。確かに右の頭は霧散したのだが、その際に魔石を落とさなかったのだ。
普通魔獣が消滅した際にはこれまで必ず魔石が残されていた。消えた頭のあたりの地面を探ってみるが、それらしき物は落ちていないようで、俺は若干の違和感を覚える。
とはいえ、現時点でそれは些細な問題だ。
エルザのおかげで戦況は一気にこちらに傾いた。
首が二つになったことで見た目はバランスの悪いオルトロスといった感じだ。
エルザ・アル・ティナはいったん集まって様子をうかがっている。
エルザはシルフに頼んで自分に降りかかったケルベロスの血をきれいに取り除いていた。
血に塗れたバーサーカーのような見た目はさすがに女性として嫌だったのかもしれない。
「ガルルアァ」
ケルベロスの左側の頭が怒りを爆発させながら吠え声をあげて威嚇する。
ビリビリと空気が振動して俺達の元へと届くが、戦況の有利をこちらは感じているのでそれで動じるわけもなかった。
「アル、やってみてどうだったかしら?」
エルザがアルに手ごたえを確認する。
アルはケルベロスの方から視線を切ることなく、歯切れ良い返事を返す。
「うん、大分慣れてきたよ。避けるだけならもうかなり楽かな」
「いいわね。じゃあ引き続きあなたには回避役を担ってもらうわね。私とティナで隙をつくわ。攻撃は余裕があったらでいいからね」
「分かった!」
(イオリは中央の釘づけをお願いね。左を倒せたら終わりは目の前よ)
(あぁ。任せてくれ)
俺はエルザにテレパスでそう返し、中央の司令塔役を継続して受け持つこととなった。
魔法をいつでも放てるようにしながら俺は油断なく中央の頭の動向を見つめる。
相手も俺から見張られていることに気づいているのか、こちらを見据えて低く唸り声をあげていた。
「行くわよ!」
エルザの掛け声とともにアルとティナが駆け出した。
アルは地面をジグザグに走っている。狙いをつけさせないためだろう。
目で追うだけでも一苦労するすばしっこさだった。
これではとてもアルをとらえて噛み殺すなどできそうにない。
左の頭もそれを感じたのか、鬱陶しそうに前足を振り上げてブゥンと風を切りながら地面を撫でるように薙ぎ払った。
アルはやむなく軽く地を蹴ってそれを回避する。
しかし、それを狙っていたのか、空中でこれまでのような俊敏な動きを失い地面への着地まで無防備となったアル目掛けて鋭い牙を覗かせながら左の頭が一気にアルへと殺到した。
「させないわよ!」
「クルアァ」
エルザとティナが予期していたかのように魔法を放つ。
二人の放った魔法はアルの両脇を通り過ぎ、大口を開けた顔面目掛けて一直線に飛んで行った。
左の頭はやむなく攻撃を中断して回避に移らざるを得なかった。
顔をひっこめて身を屈め、その上を魔法が通り過ぎて行く。
アルはその間に難なく地面に着地し、再度駆け出して開いた距離を一気に詰めていった。
すでに前衛組の連携はかなり熟達しているように俺には感じられていた。
そして、それは俺の傍らにいる白石にも向けられる。
エルザと同じタイミングでティナがブレスを放ったということは、白石が的確な指示をティナに出したことに他ならない。
前衛二人のサポート役として立ち回る中で、確かな成長を刻んでいることが今のやりとりで窺い知ることができた。
今回白石自身は俺が守るということで戦闘にあまり参加はできないが、それでも間違いなく、白石も俺達と同じように真剣に戦場に身を置いて戦っているのだ。
そんなことを考えていると、アルがケルベロスの足元に到達した。
再び前足でアルを薙ぎ払おうとするが、アルはこれまでのジグザグ走行から一気に直線軌道へと切り替えて加速する。
ケルベロスの前足の攻撃範囲を抜け、一気に胴体の下に潜り込むと、
「いっくぞおぉぉぉぉ」
気合を込めながら地を蹴り、独楽のように体を回転させて遠心力を乗せた渾身の回し蹴りをケルベロスの腹部に叩き込んだ。
ズン
と鈍い音が響き、腹にアルの足が深々とめり込む。
「ガボァっ」
二つの頭が痛みに悶絶しながらえづく。どうやら腹部の感覚は共有しているらしい。
涎をダラダラと垂れ流し、今の一撃が相当堪えたというのをありありと感じさせていた。
。
アルは深追いすることなくエルザの元へと帰還した。
持ち前の素早さを活かしたヒット&アウェイなスタイルがかなり板についてきている感じだ。
ケルベロスも足をもつれさせながら距離を取ろうとする。
まだ先ほどの一撃の影響から脱し切れていないようだ。
「クルアァ」
今度はティナが羽ばたきながらケルベロスとの距離を詰めていく。
ティナはケルベロスの牙が届かない高度を保ちながら、断続的にブレスを放った。
中央の頭が弾道を的確に察知して回避行動を取るが、ふらつく足ではすべてを躱すことができなかった。
俺とエルザもここぞと魔法を放って追撃する。
なんとか顔面への被弾を避けはしたようだが、体にいくつもの新たな傷が刻まれ、さらにダメージを蓄積させていた。
荒い息を吐きながら、中央の頭は俺を、左の頭はティナとエルザを見据えている。
これ以上魔法の追撃を食らってなるものかという焦りがはっきりと感じられた。
しかし、ここでケルベロスは魔法に警戒しすぎるあまりに小さな狼の存在が意識から消えていたらしい。その姿がないことに今更に気づいたのか、周囲に視線を素早く送っている。
どんなに探しても見つからないさ。
俺は口の端を小さく吊り上げて笑みを浮かべる。
なぜならアルは上にいるからな。
(ぶちかませ、アル!)
(了解! よいしょおぉぉ!)
アルがテレパスで威勢のいい声を上げながらケルべロスの頭上に現れ、落下の勢いそのままに脳天に後ろ足の踵落としを叩き込んだ。
俺達が魔法で攻撃を仕掛けているとき、俺はゲートを展開してアルをケルベロスの頭上高くに転移させていたのだ。高い察知能力を持つ中央の頭も、迫りくる攻撃魔法への対応で手一杯でアルが頭上に転移したことに気付けなかったのだった。
ゴキリっという骨が折れる音が響き渡る。
見てみると、左の頭は今の一撃で首の骨が折れたようだった。
急速に目から光が失われ、ダランと首が力なく垂れ下がる。
次の瞬間、左の首もボシュっと小さな音をたてて霧散していった。
スタリと地面に着地したアルは、即座にケルベロスから距離をとる。
二つの首を失って、巨大な犬の魔獣へと変容した姿を捉え、嬉しそうな声を上げるのだった。
「あと一つ!」