3-39 一つ目
初手の邂逅は終わった。
ケルベロスは視界が定まってきたのか、どの頭も怒りに目を血走らせながらこちらを睨んでいる。
小さくないダメージを負わせることはできたはずだが、だからといって奴の動きが鈍るかといえばまだだろう。多少の痛みでさらなる追撃を貰うようなヤワなやつじゃないはずだ。
俺達はいったん固まって様子をうかがう。再びの睨みあいとなった。
迂闊に接近して手痛い一撃を食らう訳にはいかない。
特に右側の頭は魔法という遠距離攻撃手段を持っている。早めになんとかしないと......。
「ガルアァ」
そんな風に考えていると、ケルベロスが先に動きだした。
吠え声を上げながらまっすぐに俺達へと向かって駆けてくる。
「散らばれ!!」
俺の声で全員が一斉に散開する。
『フライ』
「きゃっ」
「しっかり掴まれ!」
俺は白石の腰のあたりを抱え込み、飛行魔法で距離を取った。
白石も俺の腰に腕を回して決して落ちないようにつかまっていた。
しかし、さすがに人ひとりを抱えての移動はスピードが落ちる。
ケルベロスもそんな俺に狙いを定めてかみ殺さんとその大きな咢を開いた。
『ゲート』
俺はゲートを開いてその中へと飛行魔法で飛び込んだ。
白石を守りながらの回避は飛行魔法との併用の方が機動力を確保できると踏んだのだ。
ガチィン
俺達の姿が掻き消えたまさにその場所で、ケルベロスの鋭い牙がかみ合わされて嫌な音が響く。
仕留めたと思った俺達の姿がないことに驚いているようだ。
ほんのわずか。コンマ数秒生まれた隙を、俺達は見逃さない。
『炎槍』
「カァァァ」
「クルアァァ」
火属性の魔法が3方向から放たれる。
背を向けながらも中央の頭がそれを察したようで回避行動をとるが、すべてを躱しきることはかなわない。ティナのブレスが左の物理特化の頭を捉えて炎に包まれた。
「ギャオォォン」
「ガァァァ」
苦しそうに悶えているところに、右側の魔法特化の頭が風をぶつけた。
炎を吹き飛ばしてこれ以上の被害を防いだようだ。
窮地を脱したようだが、火傷のダメージは大きいようで、片方の眼球が白濁していた。
こちらも視界の半分を奪うことに成功したらしい。
少しずつだが着実にダメージを蓄積できている。
このまま進めば勝算は十分にあると俺は感じていた。
ケルベロスはさらに怒りのボルテージが上がった様子だ。
四肢にぐっと力を込め、すさまじい勢いでエルザに狙いを定めて駆け出した。
「あら、私をご指名とは嬉しいことをしてくれるじゃない。さぁ、楽しみましょうか!!」
ブワっと前足を振り上げ、エルザ目掛けて渾身の一撃を叩き込む。
エルザは受ける選択肢を捨て、シルフの力を借りて身を翻し、紙一重でかわしていた。
「はぁぁぁぁ」
躱した動作からそのまま流れるように剣を振るい、地面に叩き込まれた前肢を切り裂く。
ただ避けるだけならもっと楽にできただろうが、それだと攻撃を加えられない。
だからこそギリギリで躱したんだろう。
エルザの戦闘における熟練した技能が窺える一撃だった。
左の頭が苛立ちを爆発させながらエルザを噛み千切らんと大口を開けて接近する。
エルザはたんっと地面を蹴って跳躍し、今度はケルベロスから距離を取った。
無理はせずに着実に削る腹積もりのようだ。
(アル、左の頭はあなたに任せるわ。とにかく無理せず攻撃を避け続けなさい。あなたのスピードなら問題ないはずよ)
(分かった! 任せてエルザ姉ぇ!)
テレパスでアルと会話を交わして交代する。
今のやり取りでアルなら問題なく相手が出来ると判断したのだろう。
アルは素早く左の頭の正面へと駆けて相対していた。
エルザはそのまま右側へと回って剣を構える。
どうやら今度は魔法を使う頭との戦闘を選択したようだ。
(ヒナ! 私が魔法を受け止めるから、ティナにその隙を突くように指示してちょうだい!まずこちらの頭を潰すわよ!)
(分かった!)
(イオリ、あなたは中央の頭を釘付けにして! おそらくそいつが司令塔よ、左右を潰すのにそいつに加勢されると厄介だから。いいかしら?)
(任せろ)
こうしてそれぞれの相手が決まった。
ケルベロスもこちらの雰囲気が変わったのを察知したようで身を屈めて警戒を露わにしている。
(......いくぞ!)
今度は俺達から動きだす。
同時に動いてケルベロスを釘付けにするためだ。
3方向から同時に攻めかかられ、ケルベロスはその場に留まって迎え撃つことを余儀なくされていた。
「ガァァァ」
右側の頭が魔力を込めてブレスを放つ体勢に入った。属性は今度も風。
「シルフ!!」
エルザは即座にシルフの力を借りて風魔法を発動。ケルベロスのブレスと真正面からぶつかった。
爆発音を響かせながら相殺され、ケルベロスの無防備な顔面が晒される。
「クルアァ!!」
ティナが潰れていないもう片方の目に目掛けて前足を振り下ろした。
するとそれを察知したのか、中央の頭が横からティナを噛み砕かんと首を向ける。
「させるかよ!『火球』」
俺はティナと頭の間に魔法を放って牽制した。
それを察知した中央の頭は咄嗟に首をひっこめる。
当然ティナの攻撃を遮る手段は残されていなかった。
「ギャオオォオォン」
ティナの鋭い爪が残る眼球を深々と抉り、魔法を使う頭の視界を完全に奪い去った。
激痛に悲鳴を上げながら首を振り、所構わずブレスを放っている。
しかし、そんな狙いもなにもない攻撃を食らうようなエルザとティナではない。
容易くそれらをすべて回避し、さらなる追撃を加えるために一気にその距離を詰めていく。
エルザの剣がシルフの風を纏ってその切れ味を上昇させているのが遠目に感じられた。
その危険を感じたのか、ケルベロスは地を蹴ってとにかくエルザから離れることを選択したようだ。
視界を奪われた右の頭の代わりに、中央の頭がエルザとティナを見据えていた。
「俺から視線を切るとはな......『せり上がれ 土壁』」
即座に俺は地面に両手を翳し、ケルベロスの進行方向上にある地面をせり上げて分厚い壁を構築した。
アルと交戦していた左の頭がそれに気付いたが、ブレーキをかけるには遅すぎたようだ。
ドガアァン
派手に体を土壁にぶつけるケルベロス。
土壁に深い亀裂を刻みつつも、破壊することはかなわなかったようだ。
勢いを殺され動きを止めたケルベロスのもとに、疾走するエルザが到達した。
「せやあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
地面を強く蹴り、斜め上方へと飛び上がると、そのまま視界を奪われエルザの接近に気づけない右側の頭の喉笛に深々と剣を突き立てた。
「ガァッ」
右の頭の口から血がゴポっとこぼれ出た。
溢れる血で息ができないのか、苦しそうにむせこんでいる。
エルザは構わず突き立てた剣を勢いよく振り抜いた。
周囲に血飛沫が勢いよく飛び散る。地面にはあっという間に血だまりが出来ていた。
もはや右の頭は虫の息だ。必死に呼吸をしようとしているが、首を裂かれているのでそこから空気が血液と共に漏れてしまっているようだ。
エルザは着地と同時に再度飛び上がり、上空でシルフの力を借りて宙を掛ける。
ダランと垂れ下がった右の頭に降り立つと、剣をグッと掲げ、勢いよく脳天目掛けて突き下ろした。
「シルフ」
剣に纏わりついていたシルフの風が内部から脳髄をグシャグシャに破壊する。
次の瞬間、絶命した右の頭が爆散して掻き消えた。
スタリと優雅に着地したエルザは、自分の頬についていたケルベロスの血をペロリと舐め、蠱惑的な笑みを浮かべる。
剣を一振りして付着していた血を地面に払い、強敵との戦いを心から楽しんでいるように呟くのだった。
「まず一つ」