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星に願いを~ものぐさ勇者の異世界冒険譚~  作者: 葉月幸村
第3章 いざ! ダンジョン!
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3-35 到達

 視線の先には俺達を最奥へと誘う下り坂が待ち構えていた。

 微かに吹き抜ける冷たい風が、俺達の首筋を撫でながら吹き抜けてゆく。

 激しく戦闘を繰り広げた俺にはそれはひんやりと心地よく感じられたが、白石には不気味な印象を受けたらしい。


「この先が......最下層」


 ボソリと誰に話しかけるでもない呟きが漏れる。

 前情報ではこのダンジョンは4層もしくは5層が最下層と聞いていた。

 ダンジョンの発生時期と他のダンジョンから得られている過去のデータの蓄積から、それはおそらく間違いないだろう。


 ということは、この先にはもはやこれまでのように数多くの魔獣がいるということはなく、1体の強力な魔獣が、攻略を阻む最後の砦として待ち受けているはずだった。

 

 俺は懐から砂時計を出して時間を確認する。すでに外は日暮れを優に過ぎている時間帯だった。

 格段に強くなった魔獣との一回あたりの戦闘時間は長くなったし、それに比例して疲労も溜まりやすかった。階層の広さ自体は少しずつ広大になっている感じはしていたが、やはり強力になった魔獣への対処に時間を取られたと振り返って俺は思う。


 そして結局、この階層でも俺達はイエナの姿を捉えることが出来なかった。

 カインにとっては最下層が最後の希望だ。今にも千切れそうな蜘蛛の糸に必死で縋りついているような気分なのだろう。その表情は堅く、そして険しいものだった。


 カインはふいに俺の方へと視線を向けてきた。

 その表情は以前曇ってはいるものの、無理やり微笑を浮かべながら俺に語りかける。


「大丈夫です。僕は諦めてませんから。ここにくるまでイエナの装備はどこにも落ちていなかった。

 なら、希望はまだあるはずです」

「......そうだな」


 俺は一言そう返すことしかできなかった。

 本人が気丈に振舞っているのだ。カインの心の中の希望の灯火が消えていないのなら、俺がヘタな気を遣って言葉を掛けた方がむしろ逆効果になりそうな気がしたから。


 エルザがこういう時に使えない俺の代わりに、カインの背をポンポンと優しく叩いて微笑みを向ける。

 カインもエルザの穏やかな表情を見て少しほぐれた表情で頷きを返していた。

 これが包容力ってやつか? 俺にはまだ文字通り10年早そうだ。


「あんたじゃ100年かかってもあぁいうことはできなさそうね」

「心を読むな心を」


 白石が小声で揶揄してきたので俺はむっとしながら返す。


「あら、自分でも思ってたとは感心じゃない」

「俺の見立てよりも10倍キツかったけどな」

「今のあんたが10年で? 脳みそを魔改造しないと無理じゃない?」

「そんな人類補○計画があってたまるか。お前の中で俺が人外クロヤローって認識ってことはよくわかったよ」

「あっははは」


 白石はたまらず笑いだしてしまった。


「あら、一体どうしたのかしら?」


 エルザがそんな白石の様子を見て問いかけてきた。


「こいつがエルザみたいに気の利いた人間になるのにどれくらいかかるかって話をしてたの」

「あら、イオリもようやく人の心に憧れを持つようになったのね」

「イオリ兄ぃがド外道? から卒業したいって話?」

「「ぶっ」」


 アルは依然、朝倉たちのパーティの時に白石とエルザから吹き込まれたことを覚えて真面目に心配していたらしい。

 アルのきょとん顔から放たれた切れ味鋭い一撃に、白石とエルザは撃沈してしまったようだ。

 腹筋を崩壊させられたのか、うずくまったり脇腹を両手で押さえたりしながら必死に吹き出すのをこらえてやがる。


 カインはそんな二人の様子を見て、俺に可哀想な人を見るような目を向けながら


「あの、大分ひどい言われようですね」

「大丈夫。だいたいいつもこんな感じだから」

「容赦ないんですね」

「俺には何を言ってもいいと思ってるんだろうなぁ」

「怒らないんですか?」

「ん~、怒ると疲れるからな。疲れることはしたくない」

「あはは、徹底してるんですね」

「残念ながら言い返せない部分でもあるしな」


 俺が小さくため息をつきながら返すと、カインは苦笑を浮かべていた。

 まぁ少しでも気が紛れたのなら、身を切った甲斐もあるというものだ。

 見れば、白石とエルザは涙まで流して苦しそうにしている。いやお前ら笑いすぎな。


「にいちゃんボロクソやね」

「あぁ愛姫、やっぱり俺を庇ってくれるのはお前だけなんだなぁ」

「まぁ実際そこらへんは愛姫でも庇いようがないっちゃけど」

「......」


 そして誰もいなくなった。

 身から出た錆とはいえ一斉言葉の暴力を受け、さすがに目から光が失われそうになる。

 お前ら覚えてろよ。


 ようやく笑いが収まったのか、白石とエルザがごめんごめんと軽い感じで詫びてきた。

 顔がまだニヤけていることに大いに引っかかりつつも、この話題の先に俺にとって明るい未来はないのでジト目を向けるだけで済ませておいた......今はまだ、な。

 

 後々やり返すために心の中にフラグを残しておきつつ、俺達は連れだって坂道を下り始める。

 曲がり角などもなく、ひたすらまっすぐと続くなだらかな下り坂だった。


 15分ほど歩いただろうか。視界の先に開けた空間が見えてきた。

 しかも、松明かなにかは分からないが、灯りがついているようでほのかに光が感じられた。

 俺達はいったん立ち止まり、俺が”鷹の目”で空間の様子を確認する。


 そこは整然とした長方形の空間で、まるで人工物のような印象を受けた。

 壁も床も平らになっていて、これまでのダンジョンのようなむき出しの洞窟のような感じではない。

 隈なく空間を確認するが、魔獣の気配は感じられなかった。


 てっきりボスがいるかと思っていたので拍子抜けに感じていると、奥の壁面に扉のようなものを見つけた。恐らくあの先にいるっていうことだろう。ということは、この空間はボス部屋の前に広がる冒険者にとって最後の休息を取れる場所ということだろう。


「あの空間の先に扉がある。多分そこにボスがいる。あそこはその前の休憩スペースなんじゃないかと思う」


 俺が索敵の結果を共有し、俺達はその空間へと歩を進めた。

 天井は20mほどあるだろうか。これまでの階層よりもはるかに高い。

 ボス部屋も同様の高さだとすると、これまでの魔獣よりも大きさもかなり違うのかもなという想像をしてしまった。やめよう、わざわざ自分から不安をあおる必要はない。


 俺は念のために土魔法で通路をふさいで魔獣の侵入を防ぐ。

 まぁさすがに下層に降りてくるような魔獣はいないと思うが、念のための保険をかけるのは癖づけたほうがいい。


 白石がシーツを広げて休める場所を作ったが、誰もそこにすぐに腰を降ろすことはなく、自然と足は空間奥にそびえる大きな扉へと向いた。


「この先にボスがいるのよね」

「たぶんな」

「どんなのがいるんだろう」


 白石もアルも若干表情が強張っていた。

 しかしそれも当然のこと。覚悟があれば恐れを感じないなんてことはないのだから。


「開けない方が......いいわよね」

「だと思うけどなぁ。何がいるか事前に確認できたらってことだろ?」

「うん、中に入らなければ大丈夫なんじゃないかなぁ......なんて」


 実は俺もそれは感じていた。

 開けた瞬間即戦闘っていう風にはならないだろう。恐らく部屋に何者かが侵入した場合戦闘が起きるはずだ。予めボスの姿を見ていれば、初見で戦うよりは多少の作戦が考えられるはずだ。

 俺としても出来ればそうしたい。


 エルザが何か知ってはいないかと視線を向けると、肩をすくめながら答える。


「私もダンジョンに挑むのは今回が初めてだし、なんでも知っているわけじゃないわよ?

 ただ、ボスとの戦闘は部屋から出れば途中で離脱できるって聞くし、それなら中を覗くだけなら戦闘に発展はしないんじゃないかというのが私の意見ね」

「たしかに。途中抜けありで、部屋から出れば追撃がない。ここが他のダンジョンと同じならそこは変わらないよな」

「でしょうね」

「ならやってみよう。こういうときの”鷹の目”だ」


 俺達は扉の取ってをつかみ、慎重に開けていく。

 ゴゴゴっと低音を響かせながら微かに扉が開いた。


『鷹の目』


 俺は即座に扉の向こうの空間を俯瞰で確認する。

 俺達の空間側には何もいない。

 徐々に奥へと視線を変えていく。


 そうしてついにこのダンジョンを支配する魔獣の姿を捉える。

 その魔獣は、これまでに見たことがないほど巨大な、3つ首を生やした犬の形をしていた。


「ケルベロス......」

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