3-33 淡い希望
「んぅっ......」
どれくらい眠ってしまっていたのだろうか。
俺は薄く目を開けてやおらに起き上がる。
懐をまさぐって時計を取り出すと、30分ほど眠りに落ちていたようだ。
思ったより浅い眠りだったな。
次第に意識がはっきりしてくるなか、俺は体の凝りをほぐすように捻る。
そうして視線がずれると、カインと目が合った。
カインは壁に寄りかかって体育座りの体勢で坐していた。
カインも俺の視線に気が付いたのか小さく笑みを返してきた。
「ずっと起きてたのか?」
俺は他のみんなを起こさないようにカインの近くに移動して話しかけた。
「はい。なんだか眠れなくて......」
「そうか......」
第2層以降ここまでイエナを見つけることが出来ず、不安が募ってきているのだろう。
俺達も出来ることなら虱潰しに階層を隈なく探してやりたいとは思うものの、命の保証のないダンジョンでの戦闘は可能な限り抑えたいというのが本音だ。
カインもそれを分かってここまで不満を口にすることなくついて来てはいるが、出来れば全ての通路を確認したいだろう。
ただ、イエナとカインが別れたのは第2層だ。
深手を負っていたイエナが、単独で自分で手に負えない魔獣が出てくる下層へ降りるというのもなかなかに考えにくいことだった。
誰も口にはしないが、2層で発見できなかった時点で望み薄と考えるのが自然だろう。
しかし、それを口にしたところで事態が好転するわけでも決してない。
今は一縷の望みに縋って、この先でイエナが生きていることを信じるしかないのだから。
「イオリさん」
「ん? どうした?」
カインが不意に俺の名を呼んだ。
「ここまで連れてきてくれて、本当にありがとうございます」
「いや、気にしないでくれ。カインの恩寵のおかげで俺達も助かってるんだ。
この先にイエナがいるかもしれないし、そうじゃなくてもボスを攻略して、戻るときにもう一度念入りに探すから」
「......すみません」
沈黙が立ち込める。
下手な気休めはむしろカインを傷つけるかもしれない。そう思うとどうしても次の言葉が口から出てこなかった。俺がどうしたものかと思案していると、カインが再度口を開く。
「イオリさん達はこことは違う世界からやってきたんですよね?」
「そうだな。でもアルとエルザは違うぞ? あいつらはこっちの住人だ」
「分かってます。で、そっちの世界でもあんなに強力な魔法が使えたんですか?」
「いや、こっちに来たときに発現したんだ。俺達の元いた世界じゃ、魔法は空想上にしか存在しない」
「えっ! そうなんですか?」
カインは俺達の世界にも当然魔法が存在すると思っていたらしい。
「魔法が使えないと不便でしょうね」
「そうでもないぞ? むしろあっちの方が暮らしやすいんじゃないかな」
「魔法が使えないのにですか?」
「あぁ。俺達の世界には、魔法を使わなくても空を飛んで一度に数百人を輸送できるものとか、テレパスみたいに遠く離れてても話せる機械とかがあるからな。魔獣だっていないから、冒険者みたいに命がけで生計を立ててる人なんてほとんどいないぞ」
「なんだかとても想像できないや」
「こっちの常識から考えたらそうだろうなぁ」
この世界で暮らす人々にとって、魔法は切っても切り離せないほど身近な存在だし、生活の多くを魔法に頼っている。科学の力でそれらを実現したと説明しても、なかなか理解が及ばないのは致し方のないことだろう。
「羨ましいなぁ」
「羨ましい?」
「だって、魔獣がいないってことは平和な世界ってことですよね?
僕やイエナもそちらの世界に生まれていたら、こんなことに巻き込まれずに済んだのかもしれないなって......すみません、またよくない方へ考えちゃいました」
そう言ってカインは力なく苦笑を浮かべた。
「分かってるんです。希望の芽は薄いってことくらい。
別れ際に持ってた食料は全て渡したけど、生きてたとしても底を尽きてるでしょうし。
でも......どうしても諦めがつかないんです。
間に合わなくてもせめて......せめてイエナの亡骸を見つけて弔いたい。
だからイオリさん、引き続きよろしくお願いします。迷惑にならないように全力で僕もお手伝いしますから」
カインはそこまで言うと俺に深々と頭を下げた。
この世界はカインの言うとおり、俺達の住んでいた世界よりも過酷だ。
一歩外界へと足を踏み出せば、常に魔獣という存在がつきまとう。
力のない人間が出くわせばそれは死へと直結する。
俺達よりも年下の、俺達の世界なら義務教育の毎日を送るはずの少年がこんな悲壮な覚悟を強いられる世界なのだ。
「カイン、俺や他のみんなもできる限りのことはするさ。
さっき言ったけど、これまでの道中、安全に進んだり休んだりできるのはカインがいてくれるってのがかなり大きい。俺達も、それに見合うだけのことはするよ」
「イオリさん......」
「イオリの言うとおりね。カイン、だから希望は捨てないで。
生きてさえいればイオリの回復魔法でなんとかなるはずだもの」
「起きてたのか」
気づけば他のみんなも目を覚ましていた。
アルや愛姫は心配そうな表情で、エルザや白石は励ますようにほほ笑みを浮かべてカインの顔を見つめていた。
「みんな、ありがとうございます......」
「カイン兄ぃ、元気だして? きっと大丈夫だから」
「アルちゃん、ありがとね。元気出たよ」
そういってカインはアルの頭を優しく撫でる。
カインはアルのこれまでの身の上を聞いて、獣人だからと距離感を変えたりすることなく親しく接していた。もちろん、俺達に頼らざるを得ない状況ゆえに表面上のことかもしれない。
だが、こうして二人の表情を見ていると、そんな疑念は杞憂でしかないと思わされた。
カインと同じか、それ以上に過酷な十字架を背負ったアルとの間に、たしかに人間と獣人という種族を超えた友好が感じられ、二人の様子を黙って見つめる俺達の雰囲気も穏やかなものとなる。
カインに笑顔が戻ったところで、白石が立ち上がって元気よく声を上げた。
「さぁ、休息もしっかりとれたし、この階層の探索を進めましょう!
どんな魔獣も蹴散らして、イエナも救い出して戻るんだから!」
「「おぉ~」」
愛姫とアルが元気よく声をあげ、俺達は行動を再開するべく後片付けを始めるのだった。
”鷹の目”で周囲に魔獣がいないのを確認してから土壁を解除する。
それからも魔獣との戦闘は続いた。
これまでに出くわした魔獣の外に、新たに人型の上半身に馬の下半身のケンタウルス。
愛姫ほどの体長のある巨大な蜂であるキラービーなどと出くわした。
ケンタウルスは持ち前のスピードで素早く動きながら小ぶりな斧や槍で襲い掛かってくる魔獣だった。
手数が厄介だが、耐久はミノタウルスよりも劣る。
キラービーは、炎の魔法で簡単に焼き殺せるので、個体の強さはこの階層では最弱だ。
しかし、とにかくその針に付着した毒が厄介だ。
俺の支援魔法で解毒はできるが、毒が即効性のために回復するまでの間激痛に苛まれてしまうのだ。
俺達はそんな新手の魔獣たちと連戦を演じ、少しずつながら着実に階層の深部へと突き進んでいくのだった。
こんばんは。筆者の葉月です。
本日(12月14日)の活動報告にて、現在進行中のキャラクターのイラスト制作についての内容で更新しております。
この度、粟井ひなたさんという方とタッグを組んでキャラクターのイラストおよび挿絵を今後制作していく運びとなりました。
そして、誰に依頼するかの選定のために提供いただいた伊織と陽和のキャラデザおよび立ち絵のラフを掲載しております。是非ご覧になってみてください!
イラスト制作の進行については随時活動報告で今後も報告させていただきますので、お楽しみにお待ちいただけましたら幸いです。
該当URL:https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1161914/blogkey/1906976/
それでは引き続き拙作をよろしくお願いいたします。