3-32 連戦
辺りを静寂が再び支配する。
ミノタウルスが消えた場所には、これまでよりも一回り大きな魔石がゴトリと転がっていた。
俺はそれを近づいて拾い上げて転移袋にしまう。
誰からともなく俺の元へと集まり、まずはエルザが口火を切った。
「予想していたとはいえ、やっぱりかなり敵は強くなってるわね」
「あぁ、正直もう少し弱い魔獣なんじゃないかと思ってたけど、甘かったな」
「一発貰うだけでもかなり不味いわよね」
「うん、ボクもそう思う」
戦闘に参加した他の面子も似たような感想を抱いていたようだ。
一撃の破壊力、タフさ、機動力。どれをとっても明らかにこれまでの魔獣とは一線を画していた。
ここから先は微塵の油断もできない。
俺達は厳しく表情を引き結び、気を引き締め直すのだった。
とはいえ、正面から相対して傷一つなく勝利できたことも事実だ。
俺達の戦闘スタイルは機先を制してそのまま押し切るか、相手を攪乱・陽動して隙を突く形だ。
この本来のやり方に則れば、この階層の敵とも十分に渡り合えるだろうとも感じていた。
「皆さんさすがですね。一糸乱れぬ連携というか、見てて頼もしかったです」
「うん、みんなすごくカッコよかった!」
離れて観戦していたカインと愛姫はそんな感想を述べてきた。
実際に戦っているときの感覚と、参加せずに見ている者の違いだろうか。
俺達はひたすら相手を倒すことに集中していた分、二人の方が冷静に戦闘の趨勢を見ることが出来ていたのかもしれない。
二人がそういう感想を抱いたということは、実際俺の抱いた手ごたえもあながち外れてはいないのだろうなと再確認することができた。
「とにかく、みんなお疲れ。ただ、今回は一体だけだったけど、ずっとこうは続かないと思う。
ミノタウルス以外の魔獣も出てくるだろうしな。ゴールが近いのは間違いないんだ。焦らず確実に進もう」
俺の言葉に全員が力強く反応を返し、俺達は再び第4層の探索を再開するのだった。
探索を続けること2時間ほど。
(エルザ、左のミノタウルスを止めてくれ! アルは右だ! 白石はアルのサポート。オークは俺が受け持つ)
(了解!)
(うん!)
俺達はテレパスで意思疎通を図りながらオークとミノタウルスの一団と切り結んでいた。
この間数度の戦闘が起こっていたが、現状この階層で確認したのはオーク、ミノタウルス、ダイアウルフだ。
オークは以前アルを送る旅の途中にも出てきた大型の巨漢な魔獣だ。ミノタウルスほどではないが、こいつも強い膂力と厚い脂肪による防御力を持っている。以前旅の途中で見た個体よりも一回り大きいので、多少強いと見る方がいいだろう。
ダイアウルフは、鈍色の毛並の狼で、サーベルタイガーのように口から大きくはみ出した極太の牙と、眉間に生えた角が武器の獣だ。大きさはライオンと同じくらいだろうか。狼としてみるとかなり大型と言えるだろう。
こいつらはその牙や角はもちろんのこと、その素早さが厄介だった。
素早く走り回り、なかなか魔法の狙いを定めることができない。俺は発射するタイプの魔法ではなく、鞭のように手元で操作しやすい魔法で対応していた。
手ごたえとしてはオークが一番対処が楽だ。すべての能力がミノタウルスより劣っているため、ミノタウルスの動きに慣れてしまえば対処に困ることはなかった。
実際、今もミノタウルスは3人に任せているが、残りのオーク5体は俺が受け持っている。
一見するとミノタウルスとオークに包囲された形だが、これは俺がオークをエルザ達に通さないように意図的に作り出した状況だった。
「ゴアァァァァ」
オークが手に持つ棍棒を振り上げて俺を叩き潰さんと駆け寄ってくるが、
「遅ぇよ。『ゲート』」
俺は転移魔法でオークの直上に移動して脳天から炎槍を叩き込んだ。
脳髄を焼き焦がされたオークは声を発することなく霧散する。
そのまま地面へと落下する俺を他のオークが嬲り殺しにしようと殺到するが、
『フライ』
こんどは俺が飛行魔法を発動して4体のオークの間を縫うように飛んで背後へと回りこんだ。
空中に浮かんだまま、こちらへと振り向くオークに炎槍を叩き込む。
全ての属性を取得している俺だったが、最初に取得してたことに加え、殺傷能力という点でも、火属性が一番使い勝手がよかったのだ。
ブスブスっと炎が体へと突きたち、頭蓋を焼かれた2体が消滅する。
残る2体は致命傷を避けようと棍棒を翳して咄嗟に頭部を防いで難を逃れていた。
だが、それは俺から視線を切るということを意味し、同時に致命的な隙となる。
『ゲート』
俺は再度オークの背後へと回り込み、両手を地面に叩きつけながら言霊を唱えた。
『鋭く尖り刺し貫け 剣山』
オークの足元の地面が蠢き、螺旋を描きながら下からオークを串刺しにした。
肩や背中から貫通した鋭い槍がオークの血を滴らせながら静止する。
紛うことなき致命傷を受けて爆散する2体のオークを見て、俺はミノタウルスの相手をすう3人の元へと向かうのだった。
向かってはみたものの、戦闘はまさに終局といったところだ。
エルザは既に片付けて俺と同じくいつでも援護に入れる体勢だし、アルと白石が戦うミノタウルスも既に虫の息だった。
体中から血をまき散らし、片足はすでに潰されているのか動きがぎこちない。
万に一つも危険な状況を作らないように慎重に立ち回っていたのだろう。
片足だちのまま無理な体勢で斧を振るうミノタウルスだったが、全く力がこもっていない。
白石が2本の脇差で難なく受け流し、ティナとアルがかっ飛んでいく。
ティナが尻尾でミノタウルスの目のあたりを打ち据え、決定的な隙が生まれたところでアルが残る足の腱を断ち切った。
いよいよ立てなくなったミノタウルスが倒れ込むが、そこにはすでにエルザがいる。
エルザが剣を振り抜くと、ミノタウルスの首が飛び、そのまま体は塵と消えるのだった。
「ふぅ~」
誰からともなく深い吐息が漏れる。
1回の戦闘にかかる時間も前より長くなり、絶対に気を抜けない緊迫感も重なって以前よりも疲労がたまるのが早く感じられていた。
ちょうど、周囲を見渡すとやや広めの通路だ。
俺は休息を提案した。
「一旦休まないか? ずっと気を張ってるから精神的にも消耗してるだろうし」
「賛成。ちょっと疲れちゃったわ」
「私も異論ないわ」
「ボクも休みたい~」
こうして戦闘組の全会一致で休息が決まる。
「カイン、念のために潜伏を掛け直しておいてくれないか?」
「はい、任せてください」
カインが能力を掛け直してくれている間、俺は土魔法で休息するスペースを確保した。
壁近くに全員が寄り、半円状に壁をせり上げたのだ。
これで魔獣が通りかかっても、俺達の気配に気づくことなく素通りしてくれるだろう。
戦闘に加わっている俺達はもちろんのこと、カインや愛姫もずっと気を張っていることに変わりはない。俺は順番にキュアを掛けて精神的な疲労を回復して少しでも和らげられるようにと思ってのことだ。
愛姫とアルはキュアを掛け終わったらいつの間にかコテンと寝息を立て始めてしまった。
眠ればより疲れも取れるだろう。俺達は微笑みながら二人の寝顔を眺めていた。
白石にもキュアを掛けようと近づくと、腕に青あざがあるのに気づく。
なにかの拍子に内出血を起こしたんだろう。
「貸してみ」
「大丈夫よこれくらい、大したことないわ」
「いいから。跡が残りでもしたら大変だろ」
「う、うん......ありがと」
俺は白石の手を取ってヒールをかける。
実際大したことはなかったようで、すぐに青あざは消えてなくなった。
「お前傷を隠すくせでもあるのか?」
「べ、別にそんなつもりじゃないわよ。でも、あんたの魔力を無駄に使わせるわけにはいかないし」
「無駄なわけあるかよ。仲間の傷を治せるように”スペルマスター”の恩寵だって取ったんだ。
それに、このくらいの傷を治す程度の魔力、ちょっと休めば自然と戻ってるさ。
無理な時は無理っていうから、下手に気を遣わないでいい」
俺はそういって持っていた手を離した。
白石は先ほどまで青あざのあった辺りを優しくさすり、
「ありがとう」
そう穏やかな顔で呟くのだった。
最後にエルザにキュアをかけに向かうと、
「いい雰囲気だったじゃない」
妖しげな笑みをうかべてエルザが小声でうそぶいてきた。
「からかうなよ。別に深い意味はない」
「それでもよ。あなたからしたら何気ないことでも、あの子からしたら特別なのだから」
「別にエルザが怪我してても俺は治すぞ?」
「バカね」
「な、なんだよ」
「たとえあなたが誰にとって同じことをしようとも、ヒナにとってそれが特別なことに変わりはないってことよ。それに、少なくともあなたは誰にでもそんなことをするわけではないでしょう?」
見透かされたような気分だ。
だけど、確かにその通りだ。この面子でなければ、先ほどの怪我程度なら唾でもつけときゃ治るだろとでも言ってあしらうだろう。
さすがに命にかかわる怪我ならその限りではないが。
俺が内心を言い当てられて不満げな顔を浮かべたのが面白かったのか、エルザはくすくすと小さく笑う。
「ね? その時点で、ヒナはあなたにとってその他大勢と一線を画したところにいるのよ。
あの子はその事実に喜びを感じているの。普段は気が強いところがあるけれど、健気で可愛らしいじゃない」
「なんとも答えにくいな」
「ふふふ、そうでしょうね。あなたも気難しいところがあるしなかなか進展しないから、お姉さんはむず痒いわぁ」
「なに姉目線になってるんだよ」
俺がツッコムが、不意にエルザは真剣な面持ちで語りかけてきた。
「今すぐになんて言わないわ。だけど、なるべく早く答えを見つけなさいね。
意図的でも、無自覚でも、あなたはあの子を救ってしまったのだから」
「聞いてたのか」
俺はエルザの言葉に驚いてしまう。
その発言は、白石から聞いていない限り出るはずのないものだったから。
「少しだけね。それでも大体のことに察しはついた。
どんな結果になっても価値はあると思うけれど、私としてはいい結果になることを願わずにはいられないわね。仲間として、ヒナの友人として。
ありがとう。キュアのおかげで疲れが取れた感じだわ。私も少し横にならせてもらうわね」
そう言って、エルザは会話を切ってしまった。
エルザの側を離れて腰を降ろすと、白石も壁によりかかってうつらうつらと船をこぎ始めていた。
結果......ね。
俺も答えを出さなければと思っている。
だけど、どれだけ考えてもそれを考え出すと心に靄がかかったようでどうしても思考が進まなくなるのだ。
分かっている。答えを保留しているのはそれをよしとしてくれている白石に甘えてしまっているということに。
しばらく考えていると、心にかかった靄が広がっていくように、次第に俺の瞼は重くなり、気づけば微睡のなかに落ちているのだった。