3-28 アンデッド対策
何とか愛姫の裁定によって機嫌の直った白石は、その後はむしろルンルンとした様子だった。
買い物に一緒にいくことはやぶさかではないが、今後何かしらもめたときの落としどころが買い物になりそうな気がする。
別に収入面では問題ないからいいんだけど、こういう買い物の計画とかを立てることがあまりないので、困ったなぁという感じだ。
なお、ずぶ濡れだったおれはその後エルザにサラマンダーとシルフを出してもらって全身を乾かしてもらった。愛姫のお説教のあいだずぶ濡れで身動きできなかったので体がすっかり冷めきってしまい、シルフの風だけではさらに凍えてしまったからだ。
最後に装備についた泥を払い落としてもらってすっかり濡れる前の状態にようやく戻ると、懐かしのシーツに座って柔らかな感触を楽しんだ。
白石が夕食を転移袋から取り出してそれぞれに渡してくれる。
それを食べてから、各々濡らした布で体を拭いて簡易的に体を綺麗にした。
風呂に入りたいと思うのは日本人の性というものだが、さすがにダンジョンのなかにそんなものはない。それでも俺達のパーティにはウンディーネを操れるエルザがいる。
ウンディーネが球状の水を生み出し、その中にシャンプーを投入。頭をその球の中に入れて内部を撹拌するというやり方で頭も綺麗にすることができた。発想に驚いて聞いてみると、この世界で水属性を持つ魔法使いなら必須技能の一つとなっているらしかった。
やはり冒険の中でも快適に過ごしたいという思いは先人たちも同じだったらしい。
俺も見よう見まねで自分もやってみる。維持する高さを間違えて鼻までつかってしまうというミスを犯したが、その後は特にてこずることなく洗うことができた。
手早く体も拭いて清め終わる。
エルザと白石は愛姫とアルを先にきれいにしてあげていたのでこれから体をふくらしい。
白石と視線が合うと、顔を赤らめながら抗議してくる。
「ちょっと、こっち見ないでよ!」
「あらあら、イオリもお年頃なのかしら」
「たまたま視線があっただけだよ。見たりしないから安心してくれ」
そういって俺は二人に背を向けて横になる。
こういうイベントってほんと男に不利だよな。
視線があっただけで悪人扱いとかひどいよね。
二人はまだ見てくれがいいからいいけど、これで大したことないビジュアルのやつから言われようもんなら一発くらわすくらいの抵抗は許されて然るべきだと思う。
そんな詮無いことを考えても無駄なので、俺は思考を早々に放棄して濡れた髪を風魔法で乾かすことにした。愛姫も近寄ってきたので一緒に乾かしてやる。
さっきまでは般若のごときオーラを放っていたが、すっかり普段の天真爛漫なテンションにもどっていた。
とはいえ、さすがに初めてのダンジョンで全員自分が思っているよりも疲労が溜まっているらしかった。愛姫とアルはそうそうに夢の世界へと旅立って寝息を立てている。
俺達もカインに”潜伏”を発動してもらって気配を消し、この日は眠りにつくことにした。
本来なら交代で見張りなどをせねばならないのだが、俺が土魔法で通路を塞いで、カインの能力で気配を消すことでその必要もない。
カイン、俺、愛姫、白石、アル、エルザの並びで横になる。
「夜寝てるときに間違いがあっちゃ困るし」
「ねぇよそんなもん!」
「な、なによ! もしもの話でしょ!」
白石とそんな小さなやり取りがあったりもしたが、ともあれ全員横になった。
光魔法も解除して周囲は闇に包まれる。
やがて周囲からもスースーと寝息が聞こえてきて、全員眠ったようだった。
俺は目を閉じたまま内なる存在に語りかける。
(お~い、起きてるか?)
(ナ、ナンダワレカ。イカガイタシタ?)
(驚いてなかったか?)
(イキナリ コエヲカケラレテ オドロクノハ シゼンデアロウ?)
(それもそうか。悪い。で、新たに願いを使いたいんだけどいいか?)
(ムロンダ。シテ、イカナル チカラヲ ノゾムノダ?)
(えっと、防臭の魔法と嗅覚の遮断だな)
(オォ、アンデッドノ タイサクカ?)
(そういうこと。正直あの臭いはキツい。体や装備にも臭いがこびりつくし、臭すぎてとても前に進めない。今後ここ以外でアンデッドと戦闘になることを考えてもあった方がいいと思うんだ)
(タシカニ。ヤツラハ ツヨサハ タイシタコトハナイガ、アノアクシュウハ ヤッカイダカラナ)
(あぁ。で、今回も願いは2つ消費ってことになるか?)
(イヤ、”ボウシュウ”ノギフトダケデ ヨイハズダ。キュウカクノ シャダンモ ソレデツカエル)
(お、珍しいこともあるもんだな。今回はお得に習得できるってわけだ)
(ハセイデシカ ナイカラナ。ソレデハ ネガイヲ カナエヨウ)
こうして俺の直下に魔法陣が現れて回転しながら弾けて消えた。
(コレデ モンダイナイハズダ)
(ありがとう。助かったよ)
(キニスルナ。イマハ ダンジョンニ イドンデイルノダロウ?)
(あぁ)
(アシタハ イソガシイダロウナ)
(どういうことだ?)
(ジキニワカル。デハナ)
こうして会話は途切れた。明日は忙しい?
俺にとってはこの上ない不幸なフラグが突然たったことに釈然としない思いを抱えながらも、俺もやがて眠りの中に落ちていくのだった。
翌日。
軽めの朝食を食べ、準備を整えてダンジョン探索へと向かう。
3層へ通じる土壁を取り除いて進めるようにしたあと、俺は昨晩得た新たな力を使用する。
『悪臭を防げ』
言霊によって俺達の体表に無属性の魔力が降り注ぎ、薄い膜のように覆い尽くされる。
これで装備に悪臭が染みつかないように出来たはずだ。
『嗅覚遮断』
文字通りの言霊だが、言霊は自分のイメージをそのまま明確に表現した方がその効果を増す。
それはこれまでも身を以て体験しているので、今回はそのまんま一言で唱えることにした。
再び魔力が全員に降り注ぐ。
「アル、何か匂いを感じるか?」
俺はこのなかで一番鼻が利くアルに尋ねてみる。
昨晩はアンデッドの悪臭がしない地点まで戻ったので、アルは俺のほうにてくてくと近寄ってきて鼻をすんすんさせる。
「あれ? イオリ兄ぃの匂いがしない」
「そっか。じゃあ魔法は上手く発動したらしいな。今は全員鼻が利かなくなってるから、3層に降りても辛い思いはしなくていいと思うぞ」
「よかったぁ~」
アルは心から安堵した様子で俺に抱きついた。
よほどあの悪臭が嫌だったのだろう。
あと、俺の匂いというのが若干気になったが詳しく聞くのもなんだか藪蛇な気がしたのでやめておいた。
こうして対策も終え、俺達は昨日通った通路を進んでいく。
実際、効果は抜群で、悪臭を全く感じることなくこれまでと同じように進むことができた。
歩くこと30分ほどで第3層の入口が顔を見せる。
振り返ると、白石は青い顔で胸の前で両手を固く握り占めていた。
そういえばお化けがダメなんだった!
この様子だとなかなか戦力にはカウントしにくいな。
俺がやれやれと思っていると、エルザが不意に声を掛けてきた。
「さて、じゃあイオリ頑張ってね」
「ん? そりゃ頑張るけど」
「いえ、そういう意味じゃなくて」
何を当たり前のことを? といった表情で見返すと、エルザは軽く首を横に振りながら続ける。
「アンデッドを効率よく倒すには光属性の魔法が一番だから。この階層はあなたの一人舞台よ」
「......ハイ?」
「私たちがどれだけ切っても、アンデッドは立ち上がってくるしね。
魔石を壊せば消えるけど、グールは体内にあるから障りたくもないし、そもそも魔石が回収できなくなってしまうしね。
そのかわり光属性の魔法には極端に弱いから、この階層はイオリに頑張ってもらわないと!」
「......マジで?」
「もちろん」
そういってニッコリとほほ笑みながら俺の背後へと回ってしまった。
タラリと冷や汗が垂れるのを感じながら白石の方へ振り返ると、安堵の表情で無言のままサムズアップしてきやがった。
「にいちゃん」
愛姫がにっこり笑顔で話しかけてくる。
「こういうときは?」
「オレニマカセトケ~!」
「よ~し、レッツゴ~!」
華麗なるフラグ回収により、俺はこの階層で働きづめになることを否応なく覚悟させられるのだった。




