3-26 意外な弱点
「うぅ~......くしゃい......」
アルが耳を髪の毛にくっつくのでは? というくらいの勢いでヘニャらせてしまっている。
場所は第3層へと続く通路をしばらく通過した地点。
俺達は異臭に襲われていた。
アルは鼻を指でつまんで口で息をしながら涙目で歩いている。
アルは獣人なので俺達よりも鼻が利く。
俺達が気づくころにはかなり耐えがたいレベルにまでなっていたようだった。
「さすがに臭いな。なんだこれ」
「生ものが腐ったみたいなキツイ臭いだわ」
「まさに腐臭ね」
「にいちゃん、くさいよ~」
「くしゃい......うぷっ」
全員鼻をつまみながらの会話なので鼻声のような変な声で話している。
それよりアルがいよいよもよおしてきてしまった。
俺達はいったん下がってアルが平気な場所まで引き返すことにした。
結局、来た道をほとんどもどり、2層の終着点まで戻ったきてしまった。
戻るとホブゴブ3体と遭遇したが、面倒くさげに俺が焼き払い、これ以上の戦闘はごめんだと地面に両手をついて言霊を唱える。
『隆起し そびえ立て』
ズゴゴゴゴっと音がして地面の一部がせりあがり、俺達のいる第3層へと続く通路が遮断された。
これで2層側から敵がくることはないだろう。
休むときに少しでも安心して休息できるように移動中考えていた魔法だった。
土属性の魔法だが、いちいち無属性の魔力に属性変化を加えずとも、そもそも地面で囲まれているのでそれをそのまま利用してしまった方が早いというわけだ。
壁の高さは3m、厚さも1mはあるので2層の魔獣にぶち破ることは不可能だった。
反対側の通路にも同じ魔法を使って小さな空間ができあがる。
俺達はため息をつきながら白石が転移袋から取り出したシーツに腰を降ろすのだった。
「まさか魔獣じゃなくて異臭に撤退を余儀なくされるとは......」
「ボク、鼻がとれちゃうかと思った......。まだ体に染みついてるような気がする」
アルは耳をヘニャらせたまま自分の色んなところをすんすんと嗅いでいた。
アルの言葉に他の女性人も顔を青ざめさせて確認している。
「まぁ、体は綺麗にできるからいいとして、あの異臭は一体なんなんだ......」
俺がげんなりしながら口にすると、エルザが心当たりがあるのか口を開いた。
「おそらく、第3層にいるのはアンデッドなんじゃないかしら」
「あぁ......なるほど。じゃああの腐臭はグールとかの放つやつか」
グールは腐乱した屍が魔獣として息を吹き返した存在だ。
生前の記憶などは一切なく、ただ目の前に現れた生ける者を食らうことのみに突き動かされる。
こいつらはとんでもない悪臭を放つと王都の座学で学んだことを思いだし、俺は合点がいったと頷くのだった。
「アンデッドってことは、スケルトンやらも出てくるんだろうな」
「えぇ、冒険者泣かせの階層ね」
「まさしくだな」
アンデッドの厄介なところは、まず俺達が食らったこの激臭。
加えて、普通の魔獣相手なら致命傷になるような攻撃を与えても、平然と向かってくる耐久にあった。
たとえ体を真っ二つにしたとしても、上半身と下半身がくっつこうと近づいたり、そのまま向かって来たりとまさしくホラーな光景が繰り広げられるらしい。
「とりあえず、今日はここで休もう。対策は今日寝る前になんとかしておくから」
俺の言葉にエルザが怪訝な表情になるがすぐに察した感じへと変わった。
「なんとかって......あぁ、任せるわね」
「あぁ、今後アンデッドと戦うたびにあの異臭を我慢なんて到底無理だ。アルの鼻が取れても困るしな」
「にいちゃんさすが!」
「イオリ兄ぃ~、ありがとぉ~」
アルがひしっと俺に抱きついて感謝の意を示してくる。
よっぽど耐え難かったんだな。俺はよしよしと頭をなでてやり、ふと視線を泳がせ白石を見ると......。
何やら色の消えた瞳で虚空を見つめて固まっていた。
「おい、白石」
「......」
「? 白石~!」
「......」
応答がない。完全に心ここにあらずだ。
俺は白石の肩をゆすって再度声を掛ける。
「おい、白石! どうしたんだよ」
「きゃっ! 何よ、びっくりさせないでよ」
「いや、さっきから何度呼びかけても反応がないからさ」
「あっ......そ、そう。ちょっとボ~っとしてたわ」
あはは~っと努めて明るく振舞っているものの、全く誤魔化せていない。
そういえば下の階層の話になってからずっと黙ってたか......ひょっとして......。
俺はたどり着いた可能性に思わず口の端がニヤリと上がってしまう。
それを見た白石は不機嫌そうな表情で、
「な、なによ」
「いや別に」
「はっきり言いなさいよ! ニヤニヤして気持ち悪いわね」
見え見えの強がりに思わず吹き出しそうになるのをこらえながら、俺はだったらと白石の背後を指さして声をあげる。
「あっ、スケルトンだ」
「いやあぁぁぁぁ」
白石は甲高い悲鳴を上げながら俺の背後に回り込んでしまった。
振り返ってみると、ぎゅっと目を固く瞑ってプルプルと体を震わせている。
しばしの沈黙。
「「「「「............」」」」」
「あれ、スケルトンは?」
静寂に薄らと目を開ける白石は、俺達の顔を順繰りに見つめる。
やがて俺に騙されたのを悟ったのか、白石の背後にどす黒いオーラのようなものを幻視したような気がした。
「あんた......やってくれたわね」
「い、いや~、つい出来心で」
「言い残すことはそれでいいかしら?」
白石は先ほどとは違う意味で据わった瞳で俺を見ながらユラリと立ち上がる。
転移袋から脇差を取り出して鞘から抜き放ち、俺目掛けて思い切り上段に振りかぶった。
さすがにヤバいと思ったのかエルザ、アル、愛姫の3人が白石を羽交い絞めにする。
「ヒナ、落ち着いて。イオリもちょっとからかうつもりだっただけなのだから。
な、なにも切りかかることはないじゃない」
「ヒナ姉ぇ、だめだよ。そんなことしたらイオリ兄ぃがスケルトンになっちゃうよ!」
「あとで愛姫からキツく叱っておきますから!」
「放して!! こいつは一回痛い目に遭わせないと分からないわ! 大丈夫よ! 回復魔法で腕の一本や二本切断されたってすぐに治せるでしょう!!」
うが~っとブチ切れる白石を必死に止める3人。
カインは豹変した白石を見てガタガタと震えていた。
さすがに謝ったほうがいいか。
俺は事態の鎮静化を図るべく神妙な顔で白石に語りかける。
「白石」
「......なによ」
「その、さっきはアレだ。その......すま、ぶふっ」
ダメだ。さっきの悲鳴を思い出したらなんかツボってしまう。
最悪のタイミングで吹き出してしまった俺を見て、さらに白石はブチ切れてしまう。
「いいわ! 戦争をお望みのようじゃない。そこになおりなさい! ぶっ殺してやるぅ!!」
「ヒナ姉ぇ抑えて!」
「イオリ、火に油を注いでどうするのよ!」
「にいちゃんのアホ~!!」
怒り狂う白石にさすがに悪いと思いつつ、どうしてもさっきの悲鳴が頭の中でリピートされてしまって俺は俯くしかなかった。
だってここでこれ以上笑ってるのがバレたらさすがにね。
あいつのことだからホントにぶっ殺されるかもしれないし。
それから必死にエルザたちが白石をなだめ、何とか白石の怒りを鎮めるのだった。
完全に拗ねてしまったが。