3-22 探索開始
ダンジョンの入口はなだらかな坂道になっていた。
しばらく進むと陽光が遮られ、周囲は闇に包まれる。
アルはある程度夜目が効くので支障はなさそうだが、俺達はどうにも視界が悪い。
愛姫は暗がりが得意ではないので、俺にピトっとくっついて離れないようにしていた。
俺はまずは光源を作らなければと魔力の球を生み出して言霊を唱える。
『ライト』
すると、球がぼんやりと光を帯び、次第にその明るさを増していく。
光属性を用いた光源を生み出して俺の側を漂わせると、内部の構造がはっきりと見えるようになった。
一言でいえば地下通路だ。
土で固められた周囲の壁面が遥か先へと続いている。
ためしに壁を触ってみると、表面の土が薄らと指に付着する。
「割と壁面の造りは土そのままなんだな。崩落とかの心配はパッと見なさそうだけど」
「ダンジョンが”生きている”間はよほどのことがない限り崩落とかは起きないと思うわよ?
もちろん、土でできているみたいだから、削ったりはできるみたいだけれど」
エルザがそう言って壁に剣を突き立てて壁面を削る。
一筋の溝が生まれ、パラパラと土が落ちていた。
「まぁ壁に向けてひたすら魔法をぶっぱなさない限りそんなことは起きないか」
「そんなおかしなことする必要もないしね」
白石の相槌を受けながら、俺達は再度歩を進めるのだった。
ダンジョンの横幅は大人が5人横になって歩けるくらいの広さ。
天井は思いの外高かった。おそらく10mくらいあるのではなかろうか。
しばらく下り坂が続いていたので、おそらく地下10mほど潜ったのだろう。
「天井は高いけど、地上での戦闘は結構窮屈になりそうだな」
「そうね。でも、味方の位置をしっかりと把握していれば、敵を狩りやすいともいえるわね」
「確かに。エルザとアルが敵を食い止めればティナとあんたの魔法で格好の的にできそう」
俺達は周囲を見ながら戦闘のシミュレーションを行う。
通路が狭いのは確かにメリットにもデメリットにもなるが、俺達にとってはメリットの方が大きそうだ。
アルとエルザという強力な前衛がいる俺達なら、そうそう突破を許すことはないだろう。
それが出来ている限りは容易に魔獣を狩りながら進めることができそうだった。
「じゃあ早速”鷹の目”で敵の探知を......あれ?」
俺は思わず怪訝な声をあげてしまう。
そんな声を聴いてアルが
「イオリ兄ぃ、どうしたの?」
と心配そうな表情を浮かべてこちらに振り向いた。
「鷹の目が発動しない......いや、発動してるみたいだけどちゃんと機能してないのか真っ暗だ」
そう。確かに鷹の目は発動しているのようだが、視界が真っ暗で何も見えないのだ。
どういうことかとしばし考え、俺は一つの可能性に行きつく。
「多分だけど、鷹の目は俯瞰で周囲を探れる能力だ。
だけどここは地下洞窟だから、俯瞰しようにも視点の高度が地表より上に設定されて上手く機能してないんじゃないかな」
「それだと地表が見えるんじゃないの?」
「いや、転移魔法が地表と内部を繋げられないのと同じ原理が働いてるんじゃないか?
だから視点が地上を越えようとした時点で上手く発動しないんだと思う。
ちょっと待ってくれ......やっぱり、視点の高度を下げてここの天井くらいに設定すれば見えた。
けど、今度は暗いな......」
高度を下げて発動したはいいものの、今度は視界が暗すぎて上手く見えない。
光源は俺の周囲をただよう光だけなので、そこから離れるとどうしても視界が暗転してしまうのだった。
予期していなかった事態に俺はしばし考え込む。
そうだ。俺は目を閉じたまま内なる存在に声を掛けるのだった。
(なぁ、聞こえるか?)
(ヒサカタブリダナ ワレヨ。イカガイタシタ?)
(鷹の目の恩寵に性能を追加したい。内容は暗視と熱源感知で)
(フム。イマノ カンキョウニ テキオウサセル トイウワケダナ)
(そういうこと。ちなみに願いの数は一つに纏めt)
(モチロン フタツブンダ)
(ですよね~。まぁいいや、それでよろしく)
(アイワカッタ。ワレノ ネガイヲ カナエヨウ)
会話が途切れ、俺の周囲に魔法陣が現れる。
突然のことにカインはびっくり仰天して魔法陣からバッと離れた。
他の4人もカインほどではないが驚いていたようだ。
魔法陣が輝きながら回転し、弾けて消える一連の流れのあと、俺は再び鷹の目を発動した。
「『鷹の目』......よし、成功だ」
「今度は一体何をしたの?」
白石が驚きから胸に手を置きながら問いかけてくる。
「悪いな急に。鷹の目に遠視と熱源感知の機能を追加したんだよ。
おかげでさっき発動してみたら視界がよくなったよ」
「そう。じゃあ地上同様に視界を確保することはできたってわけね」
「あぁ、これでダンジョンの中でもきちんと索敵できると思う」
思わぬところで二つの願いを消費したが、今後ダンジョンに挑んだ時にも使えるようになったと考えれば必要な力だったと思う。
俺達がそんなことを話していると、
「イオリさん、今恩寵が発現したんですか? それに二つも?」
カインが何の冗談ですか? という思いをありありと顔に浮かべて話しかけてきた。
「あ~、なんていうか、俺は複数持ちでな。詳しいことは俺もよく分からないけど、使い勝手がよくて助かるよ」
カインは俺の言葉に呆気にとられている。あれこれ説明するのが面倒だなと思っていると、アルが
「イオリ兄ぃ、先のほうから音が聞こえた」
アルが鋭い口調でそう告げてきて、にわかに俺達の間に緊張感が走った。
俺は鷹の目を発動して先へと続く通路を探り、しばらくすると、アルの感じた異変の正体を捉えた。
「ゴブだ。数は3体。こっちに向かって近づいてるな」
「私はパスで」
エルザがゴブと聞いた瞬間に興味を失ったかのように1抜けを告げる。
いやいや、エルザさん。いくら弱い相手だからってパスはないでしょうよパスは。
俺がやれやれとため息をつくと、白石がしょうがないわねと小さく息をついて前に出る。
『おいで、ティナ』
言霊を唱え、白石の傍らにティナが姿を現す。
カインはティナの姿を見て驚い......以下略。
「アルが獣覚するまでもないでしょ。ティナにさくっと掃除してもらうわ」
「クルアァ」
心なしかティナの鳴き声も「ゴブかぁ~」みたいに聞こえてしまう。
まぁ実際相手にするのも面倒なくらいに俺達も強くなってきているということだろう。
ティナはそのまま羽ばたいて通路の先へと飛んでいく。
しばらくすると、ゴブの悲鳴のような叫び声が聞こえるが、すぐに静寂が訪れる。
ティナが戻ってくると、その手には3つの魔石が握られていた。
「お疲れさま」
白石がその魔石を受け取ってティナを優しく撫でて労う。
ティナも白石の手を心地よさそうに受け入れながら、体をすり寄せて甘える素振りを見せていた。
緊張感はいつの間にか霧散してしまっていた。
カインに確認しても、この階層にはゴブしか出ず、極稀にホブゴブリンが現れる程度らしい。
俺達はそれを聞いてカインの先導でずんずんと歩を早め、掃討はすべてティナに任せて1時間ほど経ったところで2階層へと続く通路に到着するのだった。
......1階層突破!!