3-20 経緯
「僕とイエナはこの辺りを縄張りにしている盗賊団に攫われてここのダンジョンに連れてこられたんです」
カインはそう語り始める。
恐らくというか、間違いなくその盗賊団というのはビルス一味だろう。
全員の脳裏にその考えが浮かぶが、ともあれ俺達は黙ってカインの話を聞いていた。
「僕とイエナはスルムで暮らしていました。僕が親の用事でゴアまで行くことになって、恋人のイエナも一緒に行きたいっていったから、イエナの両親にはうまくごまかして小旅行に行くことにしたんです」
どうやら先ほど口にしていたイエナという少女はカインの恋人らしい。
「ゴアまで馬車でも結構な日数がかかるだろ? ごまかしたって言ってもよく親の許しが出たな」
「イエナは冒険者になるための養成学校に通っています。実地研修とかは割とよくあるので、今回も長めの研修があるってことで通したみたいです。実際、今は養成学校は長期休暇の時期で、その間に生徒は経験のある冒険者のもとで腕を磨いたりしているので、そう難しくはなかったと思いますよ」
「そうなのか」
「はい。で、僕たちは護衛つきの商会の馬車に乗ってゴアに向けて旅に出ていたのですが、旅に出て3日後くらいに盗賊団に襲われました。魔獣に囲まれて護衛が一人また一人と倒れていき、殺されることを覚悟したんですが、僕の恩寵を盗賊団のために使うという約束の代わりに命は助かったんです」
「珍しい恩寵なのか?」
「はい。僕の恩寵は”潜伏”といいます。簡単に言えば気配を消せるんです」
「気配を消せる?」
俺達は初めて聞く恩寵に反応する。
すると、カインは突然明後日の方向を向いて指を差し、
「あっ」
と一言つぶやいた。
俺達は魔獣でも現れたかとバッとカインが指さした方向へと振り向くが、魔獣の姿はどこにもない。
何を見たのかとカインに確認しようと視線を戻すと、
「あれ? カイン?」
「どこいったの?」
カインの姿が消えていて、俺達はキョロキョロと辺りを探していた。
しばらくすると、
「ここですよ」
「えっ......あれ?」
先ほどカインが座っていたところから5m程離れたところからカインが声を掛けてきた。
そちらの方にも視線を向けていたはずなのに、さっきは全く気付かなかった。
「透明にでもなれるのか?」
俺は浮かんできた答えをぶつけるが、カインは首を横に振る。
「いえ、透明化なんてしてませんよ。なんていえばいいのかな、極端に影が薄くなるとでもいうんですかね。
僕も詳しい仕組みは分かってないですけど、とにかく僕が恩寵を発動すると、周囲の人が僕を認識しにくくなるんですよ。さすがに、会話の最中に発動しても認識が消せるわけではないので、さっきみたいに一瞬意識を僕から外す必要はあるんですけど」
「すご~い!」
愛姫がそんなリアクションをしているが、確かにこの能力は驚きだ。
「こんな恩寵があれば、確かに何かの役に立つかもって思考にはなるかもな。
でも、そんな力があれば盗賊に襲われたときに発動してれば逃げられたんじゃないのか?」
「さすがに魔獣に囲まれて、非戦闘員は馬車の中でしたからね。狭い馬車の中で盗賊に踏み込まれて、何かの拍子でぶつかったりして能力が解除されたらその場で殺されるかもしれない。
そう思うと力を使うのが躊躇われて......。でも、今思えばそうしていたら助かったかもしれませんね」
カインはそう言って暗い表情になる。
便利な力だが、色々と条件も多いみたいだし、俺がとやかく言うことじゃなかったな。
「悪い。不用意なことを言って」
「いえ、気にしないでください。で、なんとか盗賊団に僕とイエナは殺されることはなく、このダンジョンに連れてこられました。イエナは僕にとっての人質という意味でです。僕が不用意な行動をすれば、イエナがどんな目に遭うかわからないと。
僕の恩寵は、使いようによっては暗殺にとても向いてますから」
「......たしかに。寝首をかくのにうってつけかもな」
「さすがにそんなことに使おうなんて考えたことはないですけどね。
ともあれ、そういうわけで、イエナも僕が変な行動を起こさない限りは暴力を振るわれたり、犯されたりといったことはされないという条件で生かされてました」
不幸中の幸いといったところだろう。ともかく、殺されるという最悪の結末は免れたのだ。
言いつけどおりにしていれば、カインの能力なら隙を見て脱出の可能性も十分にあるはず。その瞬間のために危険を冒して盗賊団の中に身を投じたんだろう。
カインはなおも話し続ける。
「で、ここで僕とイエナに与えられた役目はダンジョン2層の監視でした。
たまに上の階層に上がろうとする魔獣がいるので、それを僕の能力を使って他の盗賊と気配を消して安全に倒すんです。階層の上下を繋ぐ通路には、簡単な作りの格子扉をつけてるんですが、コボルトとかの2足歩行の魔獣だと、扉を開けることもあるので、そういった魔獣を狩ってました。
その扉は開いたりちょっとよりかかるだけで結構な音がするものだったので、僕もどう脱出しようかと困っていたんです」
「魔獣と同時にカインの脱出対策にもなっていたという訳ね」
「はい」
エルザの問いかけにカインは力なく首肯する。
たしかに、カインの存在を認識できなくても、扉が軋む音がすればさすがに気づかれる。
下手に動くことはできなかったろうということは容易に想像できた。
「でも、ここに連れてこられてから数日経つと、急に盗賊団が慌ただしくここを出て行ったんです。
聞いてみると、なんでも獣人の国に行けとお頭から命令があったとかで。
僕たちと数人がここの管理のために残されて、大半の盗賊がいなくなりました。
脱出のチャンスだと内心喜んでいたんですが、当然僕が逃げないように警戒が強くて......。
そうしてなかなか逃げ出せずにしばらく経って先日です。僕たちのいた2階層で魔獣が急激に数を増やしたんです」
「急激に数を増やした?」
俺はそんなことがあるのかとエルザに視線で尋ねる。
エルザも俺の視線の意図を察して、
「たまにあるらしいわね。ダンジョンの中で魔獣が大量発生するって話は私も聞いたことがあるわ」
「そうなのか」
「おそらくそのことだと思います。
僕たちも対応に追われたんですが、多勢に無勢でこちらは壊滅しました。
千載一遇の機会だと思っていたんですけど、逃げようと潜伏を発動しているときにイエナが他の盗賊とぶつかって能力が解除されてしまったんです......」
カインは俯いて絞り出すように言葉を紡いでいた。
両の拳は自分への怒りからか、そのときの恐怖からかブルブルと震えている。
「近くにいた魔獣に察知されてしまい、僕とイエナも戦闘に巻き込まれました。
イエナがもう一度僕に能力を発動させようと魔獣と戦ってたんですが、僕が潜伏を発動したのと同時に足に怪我を負ってしまったんです。
僕はイエナを狙う魔獣を背後から襲って倒し、再びイエナと気配を消しましたが、彼女はとても歩ける状態ではありませんでした。迷いましたが二人で話し合い、動ける僕が外に出て助けを呼んでくることになったんです。幸い、一度僕の能力が発動すれば、僕の意思かぶつかったりしない限り効果は続きます。
イエナはこの場で動かないほうがまだ生き残る可能性があると踏んで僕に託したんです......」
「......」
俺達はその戦闘の場面を思い思いに頭のなかで予想していた。
そのイエナという恋人が、今なお生き残っている可能性はかなり低いように思える。
ただ、今のカインにしてみれば、死んだという確証がない限りは生の可能性に縋らないとやっていられないだろう。
「僕は1階層へとつながる扉を開けて走りました。当然大きな軋む音で潜伏状態が解除され、僕にも魔獣が殺到してきました。かみつかれたり、爪で切り付けられたりしながら無我夢中で走り続けて、1階層に出たところで脇に隠れて再び気配を消して、なんとか突破できたんです。
ただ、林の出口が見えたところで出血のせいか意識が遠のいて倒れてしまい、先ほど皆さんに助けていただいたというわけです」
「なるほどな」
こうしてカインのこれまでの経緯が詳らかにされた。
カインは、俺達の方に身を乗り出して懇願する。
「お願いします。僕に出来ることであればどんなことでもして恩はお返しします。
今の僕には無理でも、何年、何十年掛かってでもお返ししますから、どうか、僕に力を貸してください。
イエナを......助けたいんです」
まくしたてるように言うと、カインは地面に擦り付けるかのように頭を下げるのだった。