03
次の日も、文化祭の準備があった。外装も内装も終わってあとはお化け役の準備。衣装もみんな気合入っているし、失敗することはないだろう。楽しみだと思っていたのに、自分の衣装を着て心が折れそうになった。着丈の短い浴衣に刀…お化けと言うよりコスプレのようだ。怖さがどこにもない。
「…普通白い着物とか、定番の怖い感じじゃないの?」
「遊杞、金髪だし…日本っぽい静かな感じは出せなそうだったから、宣伝係で。」
「聞いてないよ、奈緒子。宣伝係が怖くなくて大丈夫なの?」
奈緒子は私の肩を叩いて親指を立てる。とてもいい笑顔だが不安を感じる。というか本人に何も確認を取らずに物事が進んでいたこと自体、信じがたいんだけど。
「怖い版の宣伝係もいるから。」
指さす方向には落ち武者と吸血鬼の服装の男子がいた。世界観が違うよね…確かに企画の時点でいろんな驚かせ役がいるなぁとは思ったけど…。お化け屋敷の中は怖い雰囲気なんだけど、出てくる人たちがハロウィン…と言うか仮装パーティー。しかも私のこの服装は何の仮装だろうか。
「ちなみに奈緒子は…?」
「猫娘。大人になったらできないのにしようと思ったんだよね!」
ルンルンで着替えに行く奈緒子。私も何がいいかきちんと話しておくべきだった。いつ話したんだろう。暗幕返しに行ったときかなぁ。とても悔しいんだけど。私も着替えなおそうと廊下に出ると、祭囃子が聞こえた。どこか遠くで聞こえていた音がどんどん近づいてくる。何故か嫌な予感がしてみんながいない方へ駆け出した。追いかけてくるように祭囃子が背後に迫ってくる。どこを走っているのかもわからなくなり、だんだんと地面が近づいてきて、前のめりに体が傾いた。
その時視界が赤色に染まって、気が付くと私はまたあの祭に来ていた。いや、正確には祭の近くに来ていた。後ろの方から祭囃子が聞こえる。私がいる場所は砂利道できっと池に向かう時の道だ。右も左も暗闇で砂利だけが淡く光っている。あの時とは違う、何か怖さが感じ取れる。自分がきちんと立っているかさえ不安になる。
前へ進めばきっと池のところで行けるだろうけど、後ろから聞こえる祭囃子が祭がやっているにぎやかさを表しているようで、そっちへ行けば誰かに必ず会えそうだと思わせてくれる。後ろへ行こうか、と考えた時にふわりと目の前に緑が現れた。
「また迷い子か…昨日の人の子か?」
「巡鬼さん、また会いましたね。」
「お前は…もう慣れたのか?人の子は妖やこの不思議な状況に恐怖を抱くものだが。」
平然としているように見えるからか、それとも挨拶をしたからか。面布の下はきっと奇妙なものを見ている表情を浮かべているだろう。それにしてもこっちをじろじろと見ている気がする。
「巡鬼さんは前に助けてくれましたし…と言うか何か変ですか?」
「…あぁ。昨日と違ってこちら側のような服装だな。」
妖のようだといっているのだろう。確かにお化け役の衣装で和装、それに刀まであるし。昨日の制服とは随分と違うだろう。
「私のクラス、文化祭でお化け屋敷をやるんです。」
そう言えば何か納得したように巡鬼さんは頷いた。文化祭と言う言葉も伝わるんだ。人間と妖怪もそこまで言葉の壁のようなものはなさそうだ。妖怪が人間の文化に詳しいのか、それとも私が妖怪に対して偏見を抱いているのかもしれない。彼らももしかしたら人間と近い暮らしをしているのかも…。
「そちらでも祭があるから此処の祭と通じてしまうのか。そちらの祭はいつまでだ?」
「今日含めて、五日ですね。」
「そうか、来い。」
すたすたと先を歩いていく巡鬼さん。池の方へと進んでいく…先ほどより後ろの祭囃子は魅力的に感じないのはやはり、誰かいる安心感からなのだろうか。
道を進むと明かりが見える。きっと池の水がキラキラと光っているからだろう。あそこは不思議でそれでいて綺麗だった。あの時はじっくり見るというより驚く方に忙しくて、私は感動すらできなかったけど、今は本当に美しく見えた。祭の騒がしさなんて嘘のように静かできれいな場所だった。透き通った水の中で泳ぐ魚がなぜかとても羨ましく思えるほどに。
「狐面、翁面。いるか?」
巡鬼さんが問いかけると、狐面と翁面はまるで最初からそこにいたかのように、何もなかった空中に姿を現した。瞬きをした隙にそこにいたのだ。
「おやおや、また人の子ですか?」
「また同じ人の子じゃ。面白いのぅ。」
「あちらでも祭があるらしい。俺は他に人の子がいないか探してくる。あとは頼んだ。」
巡鬼さんは来た道を戻る。その後姿を見送ると、狐面が私に近寄って声をかけてきた。
「人の子よ、少し話しをしよう。巡鬼が戻ってくる前には帰すさ。」
「おやおや、狐面。話しすぎは災いをもたらすぞ。」
表情は変わらないがケラケラと笑っているように面は動く。楽しそうに動く面たちと話すことに決めた。池の水の一部が盛り上がり、椅子のような形になると狐面は座るように指示した。濡れない水だとはわかっていても、水の上に座るとは不思議な感じがする。
「…そういえば巡鬼さんは人間を元の世界に戻す、迷子センターのお兄さん的役割なんでしょうか?」
「まぁ、大雑把に言えばそうなんじゃが…その話をするにはこの祭の話をしなければいけないのぉ。」
どうする、と翁面と狐面は話合っている。その姿は和んでしまうくらい楽しそうだった。