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02

 そのあと私たちは片づけをして帰ることになった。昇降口で靴を履き替えていると、近くで、さようならと声が聞こえた。声の聞こえた方にはうちのクラスの人たちと、楠山先生がいた。ちょっと奈緒子を引き留めて、クラスの人たちが帰るまで待つ。人が去ってから楠山先生に話しかける。


「先生。」

「…君か。」

 また悲しそうに微笑みながら、先生は私に目を向けた。ひどく辛そうな、そして懐かしみ大切に思ってくれるような、その表情の意味を知りたい。


「…もう暗くなる。早く帰れよ。」

「もっと詳しく教えてください。ハル兄のこと。」

「…遊杞、また明日にしよう。先生を引き留めるのも悪いよ。」

 私の袖を引く奈緒子の顔を見ると彼女は首を振った。困らせてはいけないと言っているかのように。奈緒子も私も他人の感情について敏感だ。奈緒子は大雑把に見えて、他人の感情については驚くほどに優しく臆病だ。どうかやめてあげて、という瞳にため息を漏らした。


「失礼します。さようなら、先生。」

 奈緒子も先生に手を振って先に進む。それに続こうと歩き始めた時、先生は私に声をかけた。振り返ると先生の顔は陰になって表情が読めないほど暗かった。


「…には気を付けろ。」

 小さくて最初の言葉が聞こえなくてきき返そうとすると、先生は片手を軽く上げて去っていった。帰り道には気を付けろだろうか、悩んでいると随分先にいる奈緒子から不満の声がかけられる。早く、と言う彼女に追いつくため小走りで私は校舎を後にした。どこか遠くで祭囃子の音が聞こえたのは気のせいだろうか。




 奈緒子と別れて家の前についた。隣の家のお兄さんの部屋の窓は、今日もカーテンで閉ざされていてハル兄がまだ私と遊んでいた時の明りが漏れることはなかった。自分の家の玄関を開けると、あたたかい明かりと遠くでテレビの音が聞こえた。毎日、隣のお兄さんの部屋を見て、自分の家に帰るとここだけは変わらない場所だなぁとホッとする。


「ただいまー。」

 大きな声で言うと奥からお帰り、と返事が返ってくる。荷物を部屋に置いてリビングに行けば、父と母、それにあたたかいご飯が私を出迎えてくれた。疲れたと言って席についてご飯を食べると、お父さんがテレビを見ながら私に話しかけてきた。


「最近遅いな。何かあるのか?」

「文化祭の準備、なかなか進まなくてさ。」

「夏休みも行ってたよな。」

「そう。これからが気合の入れどころみたい。」

 そんなものだったかとお父さんが言うと、お母さんが私の隣の席についていいわねぇ青春とつぶやく。大人だなぁ…と思いながらもぐもぐとご飯を食べる。私も大人になれば学生時代は楽しかったなぁと言えるだろうか。今は毎日大変だけど。


「そういえば、化学の先生が私に会ったことがあるんだって。」

「え、いつ会ったのよ。」

 お母さんは不思議そうな顔で私を見た。私だって大人の知り合いなんていないはずなんだけどね。


「…お兄さんの友人だってさ。」

「あらぁ、悠斗くんのお友達!確かに先生やっててもおかしくないわね。お名前は?」

 私の口からお兄さんの話が出たことをうれしく思うのか、先ほどより高い声で話を続ける。声高いよと指摘すると、昔はあんなによくしてもらったのに遊杞ったら最近は話にも出さないんだものと、言って私に先生の名前を聞いた。


「楠山先生…確か薫って名前だったかな?」

「え、かおるくん?え、あの薫くんなの?」

 どの薫くんだよと笑いながらも、知ってるの?と聞くと知ってるわよと返事が返ってきた。そして何か探すように引き出しの中をあさって、一枚の写真を机に出した。そこには小学生くらいの私とハル兄、それともう一人可愛い容姿の男の子が写っていた。制服だしハル兄の知り合いだろう。二人と手をつなぎながらも、泣いている私はとても不細工な顔をしていた。


「一度悠斗くんに文化祭に連れて行ってもらった時の写真よ。この子が薫くんって言ってたわよ。」

 もう一人の方が楠山先生らしい。昔から容姿に優れていたのか。羨ましい。…それにしても文化祭に連れて行ってもらった記憶がないし、やっぱり写真を見ても楠山先生の事を思い出せない。先生が言っていたあの日とはこの文化祭の日なんだろうか。


「私、なんで泣いてたの?」

「迷子になったんじゃなかったか?」

 今まで話を聞くだけだったお父さんが口を開いた。どうやら泣き出してしまった私をわざわざ家まで送ってくれたらしい。うわぁ、子供ながらにとても恥ずかしい思い出だなぁ…。頭を押さえながら話を聞くと思い出しそうで思い出せないもやもやとした気持ちになった。文化祭で迷子とか知らない人だらけで怖かっただろうにな。


「迷子…迷子かぁ。」

「…ふふふ。今年は迷子にならないようにね。」

「…当たり前だよ。いくつだと思ってるの。」

 それからはただの雑談に変わって私はいつも通りの一日が終わった。寝るころには妖怪たちの祭に行ったことなんて忘れていて、それで後悔することになるなんて思っても

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