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知る人

 体が引っ張られる感覚で目を開けると薄暗い廊下に一人で立っていた。囃子の音なんか聞こえない。食べ物の甘い香りも、暑さを感じるほどの人の流れも何もなく、私は学校に戻ってきたのだと感じた。夢にしては現実的で、現実としてはあまりにも理想的な出来事だった。ほっと息を吐くころに、私は目的を思い出した。暗幕を返しに来たのだ。あの祭で私が暗幕を持っていた記憶がない。慌てて手元を見ても暗幕なんてなくて、向こうに置いて来たのかと体が冷えていく感覚を覚えた。やばい、と行く先もわからないのに一歩踏み出したとき、つるっと床に足をさらわれて転んだ。


「うわぁっ!」

 女子の可愛らしい悲鳴が出ないことに悲しみがあふれた。一人で落ち込んでいると足元に暗幕が落ちていることに気が付いた。これに足を取られたのか。灯台下暗し、そんな言葉を思い出して少し笑ってしまった。


 暗幕を拾って化学室へ向かうと、廊下に楠山先生が立っていた。窓から外を眺める先生は女子から人気があるのも納得できるほど、綺麗な顔と不思議な雰囲気を持っていた。面倒くさいな、と思いながらも私は先生に声をかける。


「楠山先生、暗幕を返しに来ました。」

 笑顔を張り付けた顔で言うと楠山先生は私を見て驚いた表情を浮かべた。それはほんの一瞬で、すぐにいつも通りの無表情に近い表情へと戻った。人がいたことに気が付かなかった驚きなのだろうか。特に気にせずに私は返して、早くクラスに戻ろうと思った。


「二年のお化け屋敷するクラスです。」

「あぁ、そうだろうな。君のことは何となく知っているからな。」

 暗幕を受け取りながらそう言った先生に違和感を覚えた。私と先生はこうして話したことも初めて、ではなかっただろうか。首をかしげていると先生は気が付いたのか言葉を続けた。


「その髪、地毛なのか?」

 金に近い私の髪が印象に残ってしまったのか。頷くと先生は何かを考えるかのように顎に手をあてて、黙ってしまう。静かで薄暗い廊下、特に用事もなくなった身としては何もないなら帰りたいんだけど。先生の口が再び開くか、私が帰りますと言うのが先か。


相良悠斗(さがらはると)を知っているか?」

 何故、その名を…。ぎょっとして顔を見ると先生は私の反応を見てわかってしまったのか、悲しく微笑んだ。私がハル兄を知っているだけで、なんでそんな表情を浮かべるのかわからない。一体、先生は何を知って何を考えているのだろうか。先生の目をしっかりと見て口を開こうとすると、先に先生が言葉を発した。


「…相良は元気か?」

「…私はしばらく会っていないのでわかりません。」

 そうかと言って先生は窓の外に目を向ける。ダメだ。これでは話が終わってしまう。ここで終わらせたら後悔するだろうと直感が働いた。私の中で死んだと思いながら、それでも知りたいと思ってしまうのは彼が大切な初恋の相手だからだろうか。


「先生は…ハル兄の知り合い、ですか?」

「友人だ…覚えてないのか、あの日のことを。」

 あの日、あの日とはいつの事だろう?私の中でハル兄に関係がある印象に残る日は、彼の性格が変わってしまったあの日。でもその時、先生はいなかった。私とハル兄と先生、この三人に共通がある日なんて存在しないはず。だって先生は、高校に入ってから初めてあった人だから。高校に入った時にはもう、私とハル兄は縁が切れているから。


「覚えていないだろうな、その様子なら。君とは一度会ったことがある。」

「え、それは…。」

「せんせー!」

「うちら、暗幕返しに来たんだけど。」

 派手な見た目の女子…たぶん三年だろうな。突き刺さるような視線を向けられたので、私はここで引き下がることにした。


「先生、また。」

 軽く挨拶をして私は教室へと戻る。楠山先生って本当に女子に人気があるんだ。もっと先生からハル兄の話を聞きたい。けど、あまり目立つところで話すと女子に睨まれそうだなぁ。人の妬みは恐ろしいから…。


「遅かったじゃん。先輩たちに目つけられたん?」

 教室に戻ると奈緒子が駆け寄ってきた。心配したと声をかけてくるが目を輝かせて楽しんでいるように見える。人の修羅場を楽しむタイプだからな奈緒子は。


「…大体あってる。」

「まじ!?ドンマイじゃん。」

 ケラケラと笑う奈緒子にお前も行ってこいと言いたくなってしまう。それに、もしも域途中であの妖怪の祭に奈緒子が巻き込まれたら可哀そうだ。奈緒子も妖怪たちも。

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