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冒険者ギルド災厄級クエスト業務日誌  作者: 神谷錬
案件その1 ゴブリンラッシュ防衛業務
8/36

ドラゴニカの少女

 現在、本案件で契約を結んでくれた冒険者は82人。

 正直、これくらいでも、なんとか戦えるかなとも思っている。ただし、気まぐれなゴブリンがいつ来るかわからないので、冒険者の皆様には、今は自由にしていてもらっている。のんびりしようが何しようが自由。だが、ギルドから通達があったらすぐにクリルナで戦闘準備してくれるように頼んであった。


もっとも、この中の何人かはケガとか病気など、様々な理由で来られない可能性がある。実際の戦闘になったら何人が来てくれるかを考えると怖いものがある。それを差し引いても、今の人数では本当にぎりぎりだ。


 何かあったときに対処することも難しい。想定できないリスクは確実に存在する。クエストを失敗するような要素はどこかに潜んでいるかもしれない。それに対応するためにも、十分に人数を集めることが大切なのだが。

 

「せめて、あと20人……」


 つぶやいた俺のデスクに、マリンさんがお茶を置きながら言う。


「それだけ集めるのは、ちょっと難しいかもしれませんね。ただ、数を集めなくても、一人で数十人の働きをするような強い冒険者がふらっと現れることもなくはないので」


「それって完全に運頼みだよな。だけど、そんな何十人力の働きをする強い人間がいるのかい?」


「ハイレベルな魔法使いの方とかいますから。人間じゃなくても、獣人や魔族の方なら強い方はいっぱいいますし」


「う~む。そんな強い奴なんて、この辺には……」

 

 俺はハタと気が付いた。


「いた。いや、あの子は強いのか? どうだ」


「どうしたんですか?」


「俺が、こっちの世界に来た直後、ゴブリンに襲われてね。それを助けてくれた少女がいた。なんか竜の翼としっぽが生えている女の子だったのだが、彼女は強いのかな」


「それって……」とマリンさんは息をのんだ。


「ドラゴニカじゃないですか!」


「ド、ドラ……?」 


「ドラゴニカです。一定の年齢になると、巣を飛び立ってどこかの山を自分の縄張りにするんです。性格は鷹揚で、その縄張りで狩猟なんかをしても一切気にしません。対価は求められるようですが、山に入った人間が魔物に襲われたりすると助けてくれるんです。友好的で、人里に近い山を縄張りにすることもあります。ただ、個体数は少ないです。希少種ですよ!課長、ドラゴニカに会ったんですか!」


「ああ、助けてもらった。対価も払ったよ」


「ドラゴニカなら、十人力どころの話じゃないですよ。旅人と間違えて、自分を襲おうとした盗賊数十人を叩き潰したなんて話もあるくらいです。あっ、でも……」


「でも?」


「忘れてください。ドラゴニカとは、話す言語が違うんで、手伝ってくれって言ってもわかってもらえるかどうか」


 しゅん、となってしまう。


「なら、俺があったのはドラゴニカじゃないのかも。だって、普通に会話していたし」


「そうなんですか? そういえば言葉で思い出しました。課長はこの世界に来たばかりのはずなのにもう会話も読み書きも達者でらっしゃいますね」


「え?」


「だって、異世界から来られた方と我々は使っている言語が違うじゃないですか」


 考えてもみなかった。

 言われてみれば当たり前の話だ。国が違うなら言語は違う。世界が違っても言語は違うはずだ。なのに、俺はこの世界の住人と当たり前に会話をしていた。文字も読んだが、日本語にしか見えなかった。しかも、俺の書いた文字も、彼らには彼らの言語として認識されている節がある。このギルドに来た時に書いた登録書や契約書だって、支部長やマリンさんは普通に読んでいた。


 どういうことだ……。いや、原因を探ることはやめよう。今は、事実として受け止めればいい。やることはいっぱいあるのだ。だが、だとするなら、俺がこの世界に来た時に出会った少女はドラゴニカだった可能性も十分にある。

彼女は言っていた。誰とも話ができないから寂しい、もっと何か話してくれ、と。何かがつながった。可能性は十分にある。


 ドラミ。


 あの少女に頼んでみよう。

 力を貸してくれ、と。


----


 俺はクリルナの町を出て、ドラミと出会った山まで一人で来ていた。

「護衛がなければ危ないです」と、マリンさんに言われたのだが護衛をつける金などどこにあるだろうか。クリルナ支部には現金なんてもう残っていないし、俺は生活費を失ってまで護衛を雇うようなつもりもない。


 確かドラミと出会った場所は、町から半日くらい歩いたところだったし、そこまで行くと山の木々も深くなり、薄暗い道を歩くことになる。当然、何か出てきても不思議ではない。危険は承知の上だが、ほかにやりようがないのも事実なのだ。俺はいつも来ている黒いコートを羽織って山まで来ていた。


 結論から言うと、ドラミは思いの他、早く見つかった。というより、向こうからこっちを見つけてくれたのだ。


「シュージ! きたカ!」


 声がしたのに、目の前にはだれもいない。振り向いても誰もいなかった。一瞬、幻聴だと思ったが。


「シュージ!」


 今度こそ、間違いない。頭上から声がかかっている。見上げるとドラミが、空から降りてきて、俺の背中におぶさるように着地する。


「やめてくれ、腰にくる」


「腰? 来たのは背中ダ!」


 わからんことを言って、満面の笑みで二パッと笑う。


 さて、交渉開始である。まずはご機嫌取りから始めよう。俺はドラミを背中からおろして、町で買ってきた紙包みを差し出した。


「なんダ! それハ!」


 紙袋をくんくんと鼻で嗅ぐ、ドラミ。


「いいにおいがすル!」


「まぁ、落ち着こうじゃないか」


 俺たちは道端にあった手ごろな岩の上に腰掛けた。そして、紙包みを開くと中から出てきたのはパンだった。ここに来る前に買っておいたのだ。手土産というやつである。

 最初は、ドラミは肉のほうが喜ぶかと思った。だが、どうせ山でなんか捕まえて食べてそうだし、それならいっそ普段は食べてなさそうなものを持ってこようと思ったのだ。

 

「パン! 久しぶりダ!」


 食べたことはあるらしい。そして、この選択は間違いではなかったらしい。ドラミは袋の中に手を突っ込もうとして、パッとその手を自分の背中に隠した。


「シュージ、食べてもいいカ?」


 うかがう様に聞いてきた。

あれれ。もっと傍若無人な感じだと思っていたけど、けっこう礼儀も知っている。人のものにいきなり手を出さないし、きちんと許可も取ろうとしてくる。ドラゴニカというのは、ほかの種族よりも群を抜いて強いと聞いた。そういう種族というのはえてして傲慢になりやすい印象があるが、ドラミからは何かを力で従わせるような雰囲気を感じない。


表現は悪いが、お預けを食らった犬のような感じだ。上目遣いで、こちらをうかがうドラミ。なんだか、ほっこりしてしまった。


「いいよ。お前へのお土産に買ってきたものだからな」


「やっター!」


 ドラミはものすごい勢いでパンをむさぼり始めた。しばらくして、食い終わると「美味かっタ」と言って口元をぬぐい始める。だが、袋の中を見るとまだパンが半分くらい残っている。割と小食なのだろうか。


「もういいのか。まだあるぞ?」


 袋を差し出してやると、じゅるりと口からよだれを垂らしたが、何かを振り切るように「んー!」と両手でそれを押し返してきた。


「それはシュージの分ダ!」


 そうか、半分は俺のために残してくれていたのか。


「いや、俺はそんなに腹は減っていない。これも食べていい」


「ほんとカ?」


「ほんとだ」


 パッと顔を上げたドラミは、瞬く間に紙袋の中身を空にした。さて、腹も満たされたところで本題に入りたい。


「今日はドラミに頼みがあってきたのだが」


「なんダ?」


「実は、近々、近くの町にゴブリンの大群が押し寄せる。そこで、お前にもゴブリンを倒すのは手伝ってほしいのだが」


 ドラミは。「ふムー」と両腕を組んで悩み始めた。俺はわりとあっさり引き受けてくれるのではないかと思っていたが、現実はそう甘くはなかった。


「それはむずかしイ!」


「だめか?」


「ワタシが山にいなくなったら、山の主、誰かに取られるかモ。だかラ、離れられなイ」


「そうなのか? ちょっとだけでいいのだが」


「ふムー。やっぱ、ダメ!」


 その後も、町に来れば美味い物を食わせてやるだの、楽しいことがいっぱいだの、いろいろ言ってみたがやはりドラミの決意は変わらないらしかった。

 ドラゴニカというのは、縄張りに対する執着が強いのかもしれない。しかし、これだけ言って無理ならあきらめるしかないだろう。そもそも、こっちのわがままにドラミを引き込もうとしたのだから、逆に悪いことをした気にさえなってくる。

 すっぱりとあきらめて帰ろうか。

 

「わかった。じゃあ、もう行く。それじゃあな、ドラミ」


「まテ、もう行くのカ。もっといっぱい話しをしロ」


「いや、俺もいろいろやることがあるから、もう行かないといけない」


 ドラミがダメなら、帰ってから、また人を集める算段を考えなくてはいけない。だが、ドラゴニカの少女は、立ち去ろうとする俺のコートの裾をつかんだ。 


「なんで、行ってしまウ?」


「いそがしいからだ。それにもう用件は済んだ」

 

「次はいつクる?」


「次は……、いつだろうな。また何か相談があったらくるつもりだが、それがいつかは分からない」


「ワタシ断っタ、ダカラ怒っているノ、チガウ?」


「怒ってなどない。ただ、忙しいから会いにはこられないだけだ」


「そうカ……」


 はたから見たら、まるで俺がいじめているような構図になっているのだろうな。だが、この子にかまっていられないのも事実だ。俺にはやることがある。それに時間もない。俺はコートの裾を翻して、その場を去ろうとした。


「アッ……」


 コートの裾がドラミの手から離れた。


「すまない。行かなければならない」


 ドラミはうつむいたまま動かなかった。そして、俺もなんだかこのまま去ってはいけない気がして、そんなドラミの様子を見ながら立ち尽くす。

 しばらくした後。

 

「手伝ウ」


「え?」


「手伝えバ、いそがしくなくなル。そしたら、またいっぱい話してくれル?」


「あ、ああ……。でも、いいのか。この山が他の奴に取られても」


「イイ! そんなヤツ、いっぱい、たたいて追い出ス!」


「なら、頼む」

 

「わかっタ! ワタシにまかせロ! ワハハ!」


 威勢よく背中に飛びついてきた。行動が、うちの五歳の娘と同じである。


「ドラミは、何歳なのだ?」


「十六ダ!」

 

「ドラゴニカって何歳くらいまで生きる?」


「んー? 100年くらイ?」


「なんだ、人間と一緒か」


「ちがウ! 人間よりずっとつよいゾ!」


 翼をぴょこぴょこ動かして空中に浮きながら、俺の背中にまとわりついてくる。とりあえず、一緒に町まで帰ることにした。ドラミは帰る途中、俺にずっとしゃべりかけている。山であいつをやっつけた、こいつもやっつけたと自慢話をするドラミ。話を聞いて、ほめてやると満面の笑顔で喜ぶ。

 

 思えば。

 こんな山の中で、話し相手もおらずに、たった一人で生きている。そんな少女の寂しさにつけ込んだ気がして、軽く自己嫌悪に陥った。


 


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