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冒険者ギルド災厄級クエスト業務日誌  作者: 神谷錬
プロローグ
4/36

帰るのにも金がいる

 俺の言葉に、マリンさんはすぐにペンと紙を用意してくれた。それを自分の前にセットしてマリンさんにさらに聞く。


「登録に必要な情報ってなんです?」


 彼女は「えっ?」と言葉をもらした。


「お名前と、年齢と、得意分野とか、あとはごにょごにょ」


 つまり登録に必要な情報なんて、名前と年齢ぐらいらしい。ちなみにほかの人間の登録用紙を見せてもらった。束にして右上に千枚通しで穴をあけ、紐でまとめてある。どれもこれも書いてある項目と内容はバラバラだった。あー、どうやらギルドの登録業務はろくにマニュアル化されてないようだ。


 しかも、ほかの登録者の情報なんて大事な個人情報だ。それをあっさり人に見せてしまうあたり、機密保持の意識も低いように思う。いや、この世界では個人情報の取り扱いなんてこんなもんなんだろうか。

 

 俺は気を取り直してペンを執った。


「なら、まず名前と年齢は書きましょう。生年月日も。登録日も記載しましょうか。それから今まで何をしてきたか知りたいので経歴。さらに得意な仕事や作業。住所と連絡先、あとは希望の報酬額と、どんな仕事を希望しているか。これくらい書いとけば大丈夫かな」


 必要そうな情報を項目ごとにわけて、きちんと書きそろえてやった。さらにほかの登録者の用紙もいったん紐をほどいて、整理してやる。さらにもう一枚紙をもらい、登録用紙のフォーマットを手書きで作って渡してやった。


「この項目ごとに聞き取りをして、書けば楽ですよ」


 何を聞くか悩んでいる時点でタイムロスである。それなら機械的に穴埋めできるフォーマットを作ってやったほうがはるかにいい。やることが決まっていれば、いつでもどこでも同様のサービスを提供できる。サービスの均一化が図れる。

 

 俺の様子にマリンさんは口を半開きにして見ていた。

 正直、やりすぎたかもしれない。引かれたかな……。

 彼女も自分のやり方に誇りを持っているかもしれないし、他人に口出しされるのは嫌なのかもしれない。

 と、思ったが。


「えっと。シュウジさん(登録用紙を見ながら)は、どこか別のギルドで働いていらっしゃったことがあるんですか?」


「いえ、開発会社で働いていました。役職は課長、部下は三十人ほど持っていました」


 ちなみに俺は経歴の部分も正直に書いた。中学校卒業から、高校、大学、就職、現在に至る、までだ。そして、就職していた会社名も、資格などもすべて正直に書いた。マリンさんにはなんのことだかわからないかもしれないが、経歴詐称はいかんよね?


「なるほど」


 などと彼女は言うが多分あんまりわかってないと思う。それは無能だからではなく、彼女にとって未知のことだからだ。俺はもうこの際、この人に一から全部話すことにした。

 

 すべてを話し終わった俺は彼女に「異世界から来たなんて信じられません」とか「またまた、冗談を言ってからかってらっしゃいますね」とか言われる覚悟をしていた。だが、彼女の反応は思ってもみないものだったのだ。


「あー! そうなんですか。たまにいるんですよね! 異世界からいらっしゃる方!」


「そうでしょう。信じられないのも無理は……、え?」


「たまーにいらっしゃるんですよ、異世界の方。だいぶ前にも一人いらっしゃいまして」


 おい、まじか!


「その人は今どこに!」


「元の世界に帰られましたよー」


「帰ったのか! 帰れるのか!」


 思ってもみない言葉だった。これで風見周史の異世界放浪記(完)である。とはいえ、それを早く言ってほしかった。そうすれば、こんなところでいらない時間をつぶす必要はなかった。ああ、異世界から来たって今、説明したばかりだからしょうがないのか。


 ともかく!

 まだ一日経っただけだ。どうせ信じないだろうから、帰ったら家族には徹夜の仕事ということで話をして、会社には急病で休みの連絡でも入れておこう。

 今日は仕事しないぞ。ゴブリンに襲われて死にかけたし、山も一晩歩かされたし、帰ったらシャワー浴びてビール飲んで寝る!


「おおおおおお!」


 おもわず、唸ってしまう。

 帰れる! 帰れるのか! こんなにあっさり!


「で! で! 帰るにはどこに行けばいいんですか!」


「えっと、それは私のおばあちゃんのところです」


----


 俺はマリンさんに連れられて彼女の祖母に会いに行った。ギルドの建物から若干離れたところにある一軒家。ここは彼女の祖母が暮らす家らしい。ただ、彼女の祖母に会う前にマリンさんには釘を刺されていた。


「すいません、たぶん、すぐには帰れないと思いますが……」


 歯切れの悪い彼女に「なんで?」と聞くが、それ以上は答えてもらえなかった。


「おばあちゃーん! おきゃくさーん!」


 マリンさんが家の中に招き入れてくれて、彼女の祖母を呼んでくれた。一人暮らしのようで、掃除は行き届いていなかった。家に中に入ると、少し空気がほこりっぽい。出てきたのは、腰の曲がった黒いローブをきた老婆だ。


「なんじゃい? なんぞ用かの?」


「えっと、異世界から来た人が帰りたいんだって」


「ああ、転移の依頼かい。どれ、そんなら準備に取り掛かろうかの」


「よろしくお願いします!」


 がばっと頭を下げたが、そんな俺を見てマリンさんは頭を抱えていた。


「実はね、おばあちゃん。この人、さっきこっちに来たばかりで……」


 それを聞くと、マリンさんの祖母は準備する手をぴたりと止めた。


「なんじゃ、そういうことか」


「どういうことです?」


 俺は聞き返した。なんだ、この不穏な空気は。俺はこのまま元の世界に帰れるのではないのか?


「先に説明するべきじゃったな」


 ん、と老婆は手の平を差し出してきた。俺は反射的にその手を握った。握手というやつだ。だが、その手は振り払われた。あれ、なんかこんなことちょっと前にもあったな。


「阿呆! 金じゃ! 帰りたかったら代金をはらわんかい!」


「え? 金がいるのですか?」


「あたりまえじゃろがい! 誰がただで働くか!」


 お金って言われても、俺は無一文だ。そうか、マリンさんが言っていたのはこういうことか。たしかに、すぐには帰れそうにない。だけど、所定の金額さえ払えば元の世界に帰れるのだ。


「今すぐには払えません。ちなみに、おいくらですか?」


「1000万R」


「はい?」


「1000万R」




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