美しき竜
翌日、クリルナに来た商業ギルドの使いの男の案内でコムニスの商業ギルドを訪ねる。
当たり前と言ってしまえば、それまでだが、建物は冒険者ギルド・クリルナ支部とは全く違っている。
そもそも大きさが違う。
この建物の中にクリルナ支部がいくつ入るのか、10や20じゃきかない気がした。
内装も整っている。
板張りのクリルナ支部の床や壁とは違い、全部石造りだ。
しかも石床は大理石なのかピカピカに磨かれていて、下をのぞき込んだ俺の顔が映し出されている。
入った瞬間、ミヅキが「うわぁ」と小さく声を出したのも聞こえていた。
ちなみにドラミは昨日から寝る時と飯を食う時以外は、俺の背中にしがみついている。そろそろ、腰をやりそうだし、人と会うので離れてほしいのだが。
使いの男は、きれいな受付嬢がいる(誤解がないように言っておく! マリンさんだってきれいな受付嬢だ!)カウンターで手続きを済ませると、俺を会長室に行くように促した。場所を教えられ、そこに向かおうとしたが、ドラミとミヅキは途中にある別室に話が終わるまで待機してほしいという事だった。ドラミは俺から離れるのに抵抗を示したが、ミヅキがガチで「めッ!」と怒ったら、しぶしぶと離れた。
俺は案内の男を振り返って言った。
「では、行きましょうか」
「いえ、私はここまでで」
案内の男は同行を固辞した。
その態度に違和感を覚えたが、俺はとりあえず一人で会長室に向かう事にする。
ちょっと奥まったところに会長室はあった。
扉を開けると、これまた立派な感じだ。高価そうな調度品が嫌味にならない間隔で配置されている。会長の大きなデスクと、その前に接客用のソファセット。
ナルバさんがいる、うちの支部長室とは大違いである。
部屋の中にいた二人の男が俺を出迎えてくれた。
どちらも50歳前と言った感じだが、一人は背が低く神経質なやせ型の男、もう一人はがっしりとした小太りの男で対照的な印象を受ける。
「初めまして、カザミさん。会長を務めております。ゲイスです」
「副会長のクラークだ」
俺は二人と握手を交わす。
「さて、緊急の事態なので早速本題に入らせてください」
俺はゲイス会長に促されてソファに座るところだったが、クラーク副会長が口をはさむ。
「会長、説明するより実物を見てもらった方がよいのでは?」
その言葉に、ゲイス会長はすこし考えるそぶりを見せたが、
「そうですね」
俺は落としかけた腰を、再び浮かせる。
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そこは、コムニス商業ギルドの屋上だった。
中央にある高い尖塔。ここからだと商業ギルドの敷地と建物が一目でわかった。ただ、彼らが俺に見せたかったものはこれではない。
俺は望遠鏡を渡されて(あるんだな、望遠鏡)、指示された方角にそれを向け、レンズをのぞきこんだ。
山あいの谷間に、太陽の光を受けて金色の光る巨大な何かがうずもれていた。大きすぎてサイズがいまいちつかめなかったが、拡大率を調整しながらピントを合わせると全貌が明らかになる。
「あれは……」
ドラゴンであった。
俺が想像していた通りの長い首を持ち、全身がうろこでおおわれ、背中に翼をもつあのドラゴンだ。
だが……。
「なんという……」
声に出せなかった。代わりにため息が出る。
まばゆいばかりの黄金のうろこ。だが、嫌味を全く感じさせない。
それどころか、巨大な生物の荘厳さを際立たせ、むしろ神秘的な美しさを醸し出している。
しばらく、言葉もなく眺めていたが、不意にそのドラゴンとレンズ越しに目があった気がして慌てて望遠鏡をのぞき込むのをやめた。
「あれは……」
「あれが、ソルインテラ」
俺はゲイス会長の説明に唸った。
「確かにあのドラゴンはこちらの様子をうかがっているようですね」
「そうなのです。そして、それが問題なのです」
「今のところ被害は?」
「出ています。と言っても、都市が襲われたことがあるわけではないのですが」
クラーク副会長が話を継いだ。
「コムニスは商業の中心として栄えているのは、ご存知ですな? しかし、いつドラゴンに襲われるかわからない都市で安心して商売をすることはできますまい。実際、気にしてよそに商売の拠点を変え始めた商人も出始めている」
会長もため息をつきながら言う。
「今はまだ様子を見ている商人がほとんどです。だが、このまま事態が改善しないようなら彼らは本格的にこの都市から出て行ってしまうかもしれません。ここは商業都市。商人の流出は都市の衰退につながります。早急になんとかしなければならない。コムニスの信用にかかわる問題です」
事態は理解できた。
「たしかに。爆弾の隣でわざわざ商売をするもの好きはいない」
俺の言葉を聞いて、商業ギルドの二人の役員はうなずいた。
しかし、ゲイス会長はすぐに表情を曇らせる。
「正直、爆弾どころの騒ぎではないのです。私たちも急に現れたあのドラゴンに関してできる限り調べました。しかし、出てきた情報は二つだけ。ソルインテラという名前と、かつていくつもの国や街を滅ぼしているという事」
「国を滅ぼす、ですか」
「なにかの文献にあったそうです。もっとも、それが真実かどうかはわからない。ただ、あれがそういうレベルの危険な存在である可能性も捨てきれない」
とはいえ、とクラーク副会長が続ける、
「カザミさんには二つ謝らなければならないことがある」
「と、いうと?」
クラーク副会長が少し得意げな面持ちで話し始める。半面、ゲイス会長は冷めた表情でそっぽを向いている。
「実はカザミさんがいらっしゃる前に、副会長の権限で冒険者を募りました。もちろん、あのドラゴンを撃退するためです。ですから、ひょっとしたら、あなたの出番はないかもしれない」
俺はそれを聞いても別段なんとも思わなかった。
「謝ってもらう筋合いでもないと思っています。そもそも、俺はまだ仕事を引き受けていない。だから二重依頼という事にはならない。それに、早急に手を打たなければいけない事態だというのもわかります」
聞けば、もうじき戦闘が始まるらしい。
「カザミさん。よかったら、ここで見ていきませんか? あのドラゴンを倒す瞬間を」
俺はクラーク副会長の申し出を受けようと思った。俺は大規模案件に相当する事件をほかの人間がどうやって解決しているのか、見たことがない。
ここは勉強のつもりで、見学させてもらおう。
おっと、その前に一つお願いしなければ。
「すいません。俺の連れにもその場面を見せてやりたいのですが、よろしいでしょうか」
クラーク副会長は「もちろんです!」と少し興奮気味に快諾してくれた。
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冒険者たちとソルインテラの戦闘が始まるまでには時間がある。
商業ギルドに集められた冒険者たちが、コムニスから少し離れたところにいるソルインテラのところまで行って戦いを始めるまでの時間である。
それまでの間、別室で待たされることになったが、暇を持て余していた俺は施設の見学を申し出ると、ゲイル会長はその場で許可をくれた。
人見知りスキル発動中のドラミと、その面倒を見てくれると言ったミヅキ。おれはミヅキの好意に甘えて、施設の中をくるくると見回っていた。融資、共済制度、各種証明書の発行、専門相談の窓口、講演会やセミナーのための講堂や会議室、日本でいうところの商工会議所のような雰囲気である。
「やっていることが同じなら、どこも似たような感じになるよな」
俺はどこか慣れ親しんだ空気を感じて、苦笑いを漏らした。
そして、一通り見終わった後で、これからソルインテラと戦いに行く冒険者たちの顔でも見に行こうか、とエントランスホールまで足を延ばした。
すると、そこには昨日見た顔がいたのである。
「わたしなら、あのどらごんのこうげきだって、ふせげる」
あの魔人族の少女である。