涙を拭いて
レンタル馬車を借りるのはこれで何度目だろうか。
今回もドラミとミヅキを連れてコムニスに行くことにした。
緊急の案件だし、依頼を受けるようなら二人には側にいてほしい。
それを伝えると、ミヅキは一も二もなく「行きます!」と応えてくれた。
ドラミは「でもナー、山がナー」などと渋っていたが、「うまいものがいっぱいあるぞ」というとよだれを垂らしながら「しょうがないナー、仕事だからナー」と言い訳しながらついてくることを約束した。
一週間ほどの道のり。大きな商業都市らしいので、ヒト・モノ・カネの流通も多いはずで、それを運ぶための大きな街道があり、それに沿って進むだけで楽にたどり着くことができた。
巨大な城壁に囲まれた商業都市コムニス。
俺はクリルナの倍はありそうな高い城壁を見上げながら声を漏らした。
俺たちは馬車用に舗装された道を進んだが、その間中、宿の客引きがひっきりなしに声をかけてきた。
聞いてみると、どうやら馬車に乗ったまま、宿の入り口を入っていけるらしい。
入り口が厩舎のようになっていて、そこで馬車を降りて奥に入っていくらしいのだが、行商人などが多く行き来するコムニスならではのシステムだと思う。
それはともかく。
馬車は一旦、宿に預け、腹ごしらえでもしようと街に繰り出すことにした。
「シュージ! うまいものはどこダ!」
ドラミが俺のコートをぐいぐい引っ張るので、食事ができる店のありそうな場所を探す。そして、細い道を抜けてふと大通りにでると、あまりの人の多さに圧倒されるのだった。どこに行っても人人人。
クリルナなんか、昼間に大通りを歩いていてもすれ違うのは数人といった感じだが、コムニスは道が人で埋め尽くされている。注意して歩いていないとぶつかるほどである。
ミヅキとドラミも人の多さに絶句していた。
大通りは左右に露店が立ち並び、何かの肉が焼けるにおいがここまで漂ってくる。服、野菜や果物、装飾品、民芸品など道の右にはびっしりと露店が立ち並び、客引きの声と、人々の喧騒がまじりあって左右の耳に無遠慮に入ってくる。出張で行ったバンコクに雰囲気が似ている。近代的な街の中に昔ながらの露店が立ち並んでいるあの感じ。
ドラミは人の多さにおびえたのか、それとも静かな山と違ってあまりにうるさくて驚いたのか、ちょっと歩くとすぐに俺の背中にぴょんと飛び乗った。
ドラミがしがみついた瞬間、若干、腰に来たので、俺は文句を言った。
「ドラミ、降りて歩きなさい」
「やダ!」
「ドラミ」
「やダ!」
振り払おうとしたが、ドラゴニカの腕力でしがみついてくる。
こいつは何をそんなにビビっているのか。変なところで気の弱いところがある。キュクロープスやアダマンゴーレムに立ち向かっていったあの勇姿はどこへ行ってしまったのか。
あれに比べれば人間など大したことないと思うのだが。ドラゴニカって、みんなこうなのだろうか。
しかし、困った。インドア派の俺の力ではひきずりおろせそうもない。
そうこうしていると、俺の袖を何かが引っ張る。人ごみの中だし、財布でもすられたかな、と慌てて振り向くと、ミヅキが俺の左手の袖をつかんでいた。
「あの……。人が多くてはぐれるといけないので……」
消え入りそうな声で言う。
「お前もか、ミヅキ」
ただ、ミヅキはともかく、ドラミがこんな風になるのも多少は同情の余地があった。ドラゴニカは背中にドラゴンの翼が生えているので、ものすごく目立つ。しかも、希少種だ。それが、さらに男におぶさっているので、道行く人はぎょっとして見てきた。
すれ違う通行人のささやきが俺の耳に届く。
「あれ、ドラゴニカ? 初めて見た」
そうだろうな。
「でも、おんぶ? 男の趣味?」
違う。
「何かのプレイか」
違う!
「まったく……」
俺は周囲からの好奇の視線を浴びながら、手早く入れそうな店を探した。早く人の視線から解放されたいのだ。
ドラミはずっと俺の背中にしがみついたままだ。しかし、こうしていれば借りてきた猫のようにおとなしいので、目は届きやすいのだろうか。はしゃいで迷子になられるよりはマシだと思うことにするしかない。
「まぁ、じろじろ見られるのは嫌なものだよな」
そもそも、ドラミは人見知りだった。最初に出会った時も、一緒にクリルナの街にはいるかと思いきや、そのまま去っていった。あの時は不思議だったが、今思えば、あれは知らない人に会うのが怖かったからだと思う。
しかも、ちょっと複雑な感情もあるようだ。
ゴブリンやキュクロープスみたいに襲い掛かってくるなら、打ち倒せばいいが、ただ見てくるだけの人を殴り倒すのはいけないことだときちんと理解している。
それが敵意から来る視線ではないと、わかっているのだ。
ただ、そういう暴力で解決できないものに対して、どう対処していいのかまではわからない。だから、怖いようなのだ。
「あの店に入ってみるか」
ようやく店を見つけた。さっそく、入ろうかと思ったその時だった。
人だかりができているのが、目に留まる。
「なんでしょうね?」
せっかく店を見つけたのだが、ミヅキが興味を示してしまったため、そちらに足を向ける。袖を引っ張られるままに、当然、俺もそちらに向かう事になる。
そこは大通りの一角だった。円形の人垣でできた小さな空間。その中心で小さな女の子が、大人二人に責められていた。
その辺を歩いている一般人と変わらない服装だが、独特の雰囲気でわかる。
彼らは冒険者だ。
「あんなことされちゃこっちだって何もできなくなるわよ」
「加減てもんがあるだろうが」
二十代くらいの男女の冒険者が、小さな少女を往来で責めている。ただ、手を出しているわけでもないし、状況もわからないので、とりあえず周りの人間は静観している。
みれば、彼らは体中傷だらけだ。なにかクエストでもしてきたのだろうか。
少女は蚊の鳴くような声で言った。
「あの、わたしのとりぶん……」
「あるわけないだろ」
「よくそんなことが言えるわね」
少女はそれ以上言わなかったが、二人の冒険者は一通り少女をなじると、人ごみの中に消えていった。道行く人々も足を止めて遠巻きを見守っているだけだった。
俺もその一人だ。
白すぎて青く見える肌や、瞳の縦長の虹彩などを見るに魔人族の女の子らしい。
しかし、あまりに小さい。
まだ二次性徴前にも見える。背丈は130センチくらいだろうか。
そんな子供が、二回りも大きな大人たちに責められていたのだ。
状況のわからない俺はただ、それを見ていた。
少女はすこし涙ぐんでいたが、ふっと顔を上げると前を向き、袖で涙を拭く。
そして、とぼとぼとした足取りで人ごみの中に消えていった。