コムニスからの使者
クリルナ支部のドアを開けて一人の男が入ってきた。
旅装である。
急いでいたのか、長旅だったのか、どこか薄汚れた風貌だった。
「どなたですか?」
マリンさんが少し固い声でたずねると、旅人はすがるような声で言った。
「カザミという方は、こちらにいらっしゃいますか」
「カザミは私ですが……」
旅人は俺をしげしげと見つめると大きく息を吐いた。
「聞いた通りの人だ」
「はい?」
「いつも黒い外套をまとっていると」
たしかに。
俺はこの世界に来てからほとんど恰好は変わっていない。新しい服を買う金があるなら貯金に回したいので、下着やシャツ以外は買っていない。
黒いコートもずっと着っぱなしだった。
しかし、それが自分のパーソナリティみたいになっているとは思わなかった。黒いコートを着た人間なんて腐るほどいるだろうに。
というか、人に噂されるようなことをしたつもりはなかったのだが。
俺がいぶかしんでいると、マリンさんが耳打ちしてくれる。
「アダマンゴーレムを倒したこと、かなり噂になっています」
「そうなのか?」
「ええ。何せ、都市を一つ解放したんですから。それに、戦闘に参加した冒険者たちもきっとそこら中で自慢していると思います」
「なるほど……」
そんなことをつぶやいている俺に、旅人は再び質問を投げかける。
「アダマンゴーレムを倒したというのはあなたですか?」
その質問に俺は一瞬絶句した。
「そうです……。いや、俺は命令しただけで、やったのは冒険者たちですが」
「よかった……」
俺は隣で話を聞いていたマリンさんと目を見合わせた。
「あの?」
状況がわからず戸惑っている我々に男が答えた。
「失礼しました。カザミ様。どうか、我々に力を貸していただけませんか」
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話を聞くために会議室のほうへ案内した。
マリンさんがお茶を準備してくれて、それぞれ席に着くと、さっそく旅人は語り始めた。
「私はコムニスにある商業ギルドの使いでやってまいりました」
「コムニス?」
俺はこの世界に来てまだ日が浅い。地理にも当然うとかった。
マリンさんはそんな俺に耳打ちしてくれる。
「西にある商業都市です。この国の政治の中心が王都なら、コムニスは商業の中心です」
「ははぁ。それで、商業ギルドの方がなぜ、こちらに?」
「はい。実は少々、いえ、とても困ったことになっていまして。それで、カザミ様にお力を借りたいと……」
力を借りたいというのはさっきも聞いた。
「それで、私にどのようなご相談が?」
使いの男はため息をついた。そして口を開く。
「ソルインテラ」
「はい?」
「ソルインテラを何とかしていただきたいのです」
聞き覚えのない言葉だ。
マリンさんのほうへ目配せしたけれど、彼女も知らないようだった。
「すみません。そのソル……なんとかというのは一体なんなのでしょうか」
はっきりとした俺の質問に、使者の男は肩をすくめて言った。
「端的にもうしあげれば、その、ドラゴンです」
「「ドラゴン!」」
マリンさんと声が重なる。
しかし、俺はこの世界のドラゴンというものをあまりよく知らない。そんな俺の代わりにマリンさんが話を引き継いでくれる。
「でも、名前を持つようなドラゴンなんて、天災なのでは……」
「……」
男は黙ってしまった。
天災というのは、俺も少し知っている。
例えば、天災と言えば地震や台風などがある。
だが、そういう自然災害は基本的に人間が抵抗できるものではない。
魔術で疑似的に、地震や台風を発生させることができても、それは規模の面でも、総合的なエネルギーの面でも自然発生する物には遠く及ばない。台風を打ち消し、地震を止めるには、複数の人間で魔法を使ったとしてもまず不可能らしいのだ。
そして、そういう人間の力ではどうにもできない自然災害と同じように、討伐困難な魔物のことを天災と呼称するそうだ。
そして、それらの対処は、ほとんどの場合、大規模案件として登録されている。
つまり、ほとんど放置されているのだ。
つまり、この使者が言っているのは、そういうものをどうにかしてほしいという事である。ちなみに前回のアダマンゴーレムは、ぎりぎり天災には登録されていなかった。確かに、あれは天災というよりは人災であるし、被害も一都市に限定されていた。こちらから手を出さなければ、特に被害を受けるわけでもない。もっとも、アルタルの街はずっと占拠されたままだったが。
そして、今回は商業の中心コムニスが壊滅の危機だという。
正直、悩んだが、人を使いに出してまで頼みに来るとは、よほどの緊急事態なのだろう。そりゃそうか。
日本で例えるなら、東京や、大阪や、名古屋がドラゴンに壊滅させられるようなものだ。ある意味、大災害と言っても過言ではない。
この国も経済的に大きな痛手を受けるだろう。
現在、ギルドには多少の金銭的余裕がある。
コムニスに行って、状況を確認するくらいなら問題ないと思う。
それに「商業ギルド」という言葉にもひっかかりを覚えていた。商人のあつまりなら、金も十分持っていそうだ。報酬も期待できるかもしれない。
とにかく、その商業ギルドに行って話を聞いてみることにした。