これから
アダマンゴーレム討伐案件が終わった二日後。
冒険者ギルド・クリルナ支部の会議室。
俺は報告と今後の活動の指針をナルバ支部長と二人で話し合っていた。
「今回の、アダマンゴーレムの件で思い知りました。俺は人を集め、戦略を立て、大雑把な方針を出すことはできても、戦術レベルでの細かな指示を出せない」
ナルバ支部長はいつもと変わらない笑みを浮かべ、俺を見つめながら言った。
「それで? どうするの? それはもう答えが出ているって顔だよね」
俺が迷いのない顔で言ったからだろうか。ナルバ支部長が促してくるので、俺もすんなり話を始められる。
「大規模クエストの責任者の下に、もう一つ。戦術レベルで冒険者たちに指示を出せるリーダーを設置しようかと思っています」
「今まではそんなのいなくてもうまくやってきたじゃない」
気楽な調子で言うナルバ支部長だが、事態は思ったよりも深刻なのだ。
「それは……。ゴブリンラッシュの時も、アダマンゴーレムの時も、適切な戦術を選択して実行してくれたやつがいたからです。ほかの冒険者は、それに合わせて自然と動いていました。全体を見渡して合理的な判断をし、なおかつそれを実行する行動力もある」
「お金も多少できたし、今から育成するかと思ったけど、目を付けている冒険者はもういるのだね」
「はい」
「で、誰なんだい? ……ああ、やっぱり言わなくていい。ドラミちゃん?」
俺は静かに目を閉じて答える。
しかし、ナルバ支部長は少し表情を曇らせた。
「でも、任せるにはいくつか問題があるよね」
「確かに。しかし、衝動的で幼稚な行動も多くとりますが、知能も高く、物覚えもいい。戦闘センスも抜群です。なにより、自分が一番信頼している」
ナルバ支部長はうんうんとうなずいた。
「なら、僕がいう事は何もない。大規模クエストの責任者は君だ。好きにやるといい。それにこのレベルの事なら確認の必要はないと思うんだけどね」
俺は肩をすくめて言った。
「クセみたいなものです。自分の裁量でできることでも、何かやる時は一応、上司の許可を取っておかないと。後でもめることもあるので」
「その辺、僕はよくわからないな。もめたことあるの?」
「はい。人間は感情の生き物なので。部下が勝手にいろいろやったら面白くはないでしょう。最悪、邪魔しに来る上司もいました」
ナルバ支部長は、「えー?」とうめいた。
「僕、そんな狭量な上司に見える?」
あまりにも悲しそうな顔をするので、俺は笑った。
「いいえ。だから、クセみたいなものだと最初に言ったはずですよ」
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会議を終えると、俺は自分のデスクに戻ってくる。
そこは冒険者ギルドの受付カウンターの後方。
はからずも、ここからはギルドの待ち受けフロアが良く見渡せた。
向こうの待合室ではミヅキとドラミがテーブルを囲んで今日はどうしよう、ああしようなんて話をしている。もちろん、人語を話せないドラミに、ミヅキは身振り手振りを交えての会話だった。もっとも、長くクリルナに身を置いているうちにドラミは赤ん坊が自然に言葉を覚えるように、簡単な言葉は話せるようになっているようだが。
アダマンゴーレムとの闘いは厳しいものだった。だが、そのおかげでミヅキとドラミの仲はさらに深まったようで、最近パーティーを組んでいろいろ依頼をこなしているらしい。受付で資料でも探していたのか、マリンさんは目当ての書類を見つけると、二人のいるテーブルに持っていく。
「依頼票か」
ミヅキが精力的に依頼に取り組んでくれるおかげで、冒険者ギルドの本来の業務である、依頼の仲介業も多少は売上が出ている。だが、そもそもこんな田舎町では人口も少ないため、大した依頼がないのも事実。
もし、さらに売り上げを伸ばそうと思ったら、クリルナの街に人を呼び込むような施策から始めなければならないだろう。
しかし、それはギルドの仕事ではなく、領主の仕事。勝手にやってもまずいから、今度、この街を統治するクリルナ伯にあったときにはいくつか街おこしに関して提案してみよう。
前回の案件のおかげで、ギルドには1000万Rほど金がある。これをうまく活用して、ギルド本来の業務の改善を図っていく必要があるだろう。
そもそも、大規模クエストは冒険者ギルドの中でも特殊な仕事で博打の要素も強い。いつも成功するとは限らないし、失敗すれば大損害を被る。これを収益の柱にするのは危険だと思う。
マリンさんが俺のデスクまで、依頼票を持って来た。
「課長、確認のサインお願いしてもいいですか」
「了解。……はい、これでいいかな」
俺がサインした依頼票を手渡してやる。するとマリンさんは、前半は俺に、後半は向こうのテーブルに座っていたドラミとミヅキに向かって言った。
「大丈夫です。あなたたちー、依頼に行ってくれても大丈夫ですよー!」
ドラミは大きく手を振りながら、ミヅキはお辞儀をして、去っていく。
俺はギルドのドアを開けて出ていこうとする二人の背中に叫んだ。
「お前たち、夕飯までには帰ってくるんだぞ!」
俺の後ろで、マリンさんがクスリと笑う声が聞こえた。
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「さて、と。次の案件を選択せねば」
王都にある冒険者ギルド本部からは、一抱えもある書類の束が送られてきた。
どれも大規模案件の依頼票と資料である。
「こんなにあると目を通して、検討するだけでも一週間はかかるな……」
次はどんな案件を選べばいいのだろうか。
本当だったら、利益を優先して、安全で高価な仕事、つまりおいしい仕事を選択したい。だが、大規模案件に登録されるのは人々の生活に大きな影響を及ぼすものばかりのはずで、だから本当に困っている人を助けてやりたいとも心のどこかで思っている。
「いや、それは企業人としては失格なのか」
組織の事を第一に考え、利益を優先させるのが本来のあり方だ。ギルドは慈善事業をしているわけではないのだ。俺だってボランティアをしているつもりもない。
俺は次回案件を選定するため、その日はずっと資料を眺めていた。
そして、いくつか候補を絞ったところで日も暮れ始め、そろそろ仕事を上がろうかと思っていたところで、それは来た。