お疲れさま
アダマンゴーレムとの戦闘の結果はこんな感じだった。
負傷者 11名
死者 6名
ちなみにこの世界での負傷者というのは、俺の知っているものとは違った。治癒魔術があるこの世界では、それですぐに回復してしまうようなものは負傷のうちに入らない。この世界での負傷とは、治癒魔術でも回復が難しいものだそうだ。
治癒魔術にもランクがあるらしい。戦闘中に施せるような治癒魔術は比較的簡易なもので、本格的な治療が必要なものは病院に行く必要があるのだそうだ。今回の負傷者には、冒険者を続けられなくなるものはいなかった。その点は安心していたが問題は死者の方だった。
一度、死んでも、蘇生できる魔術というのがあるらしいが、それは遺体がきれいな状態に限るらしい。今回の場合は遺体の損壊も激しかった。あの光線や、ゴーレムの超重量の一撃は、食らったものを文字通り粉砕する。この死者6名の遺体も例外ではなく、蘇生は一目見て不可能だと判断された。
ともあれ、ゴーレムは討伐された。
後日、結果をアルタルの領主ユーノに報告すると、涙を流して喜んだ。たしか、十年も自分の街に帰れなかったのだったか。彼は興奮しながら、契約書に依頼完遂を認めるサインを殴るように書きつけると、アルタルに戻る準備を始めた。俺はそれを持ってクリルナの町に帰った。
日にちをしばらく置いて、打ち上げが行われた。場所は、ゴブリンラッシュの時と同じ店だった。名前は『イザカヤ』というらしい。なんだかな………。それはともかく、主催はやっぱりナルバ支部長で、打ち上げの参加者はゴーレム討伐の参加者だ。費用はクリルナ支部もちだったが、今回は金も結構残ったので、俺もうるさくは言わなかった。
日にちが経っているからか、みんな笑って酒を飲んでいた。ゴーレムを倒した瞬間はみな、吠えるような声で勝どきを挙げていたが、しばらくすると死者を悼みだした。涙をながすものや、うつむいたまま顔をあげないものも多かったので心配していたが、わりとこいつらは立ち直りが早いようだ。
それもそうか。彼らはとても死に近い場所にいる。こんなこと日常茶飯事なのだろう。だが、俺は違う。平和な日本の出身なのだ。だからというわけでもないが、死んだ者たちに対してことさら責任を感じていた。もっと、うまい方法があったのではないか、それを実行していれば死なず済んだものもいるのではないか。そんな考えが頭をぐるぐる駆け巡った。
騒いでいる連中から少し離れて、一人で酒を飲んでいた。ナルバ支部長がそんな俺を見つけて、グラスを持ったまま隣に座った。
「なやんでいるのかい?」
「ええ、まぁ……」
「死者も出たからねぇ……」
「……」
支部長にそんな気はないのはわかっている。だが、何気ない言葉が俺の胸をえぐる。いや、俺が過敏になっているのか。
「気にするな、というのは無理なんだろうねぇ。すべてを君に任せて、ただ見ていた僕にそれを言う資格はない」
俺は首を振った。
「そんな……。それに、ただ見ていたというなら俺もそうです。俺も戦闘では命令するだけの人間ですから」
今の支部長はさっきまでほかの連中と騒ぎながら飲んでいた人とは思えない。いや、ナルバさんはこういう人だとわかっていた。ふざけているようで周りをよく見ている。そして、今はへこんだ俺のフォローに来てくれているのだ。情けない思いに駆られる。
「本当はこんなところで一人落ち込んでいてはいけないのでしょうね。俺もほかの連中と一緒に大いに騒いで楽しむのが正解なのでしょう。今回の戦いで傷ついた冒険者たちの肩をたたいてねぎらいの言葉をかけ、慰めてやるのが俺の仕事のはずですから」
それを聞いて、ナルバ支部長は安心したような、からかうような笑顔を見せた。
「君は思いつめるねぇ。もうちょっと、ゆるく生きても良いと思うんだけどねぇ」
「かといって、仕事中によだれ垂らして寝ているのもどうかと思いますけどね」
ナルバさんは「しまった!」と苦笑いした。
「いかんな。余計なことを言ってしまったか」
そう言って支部長は、慌てて席を立った。去り際、俺のグラスに自分のグラスをこつんと軽く当てて、さっきまでいた場所に戻っていった。
今、騒ぎの中心にはマールがいる。彼女は酔っぱらってテーブルの上に仁王立ちになって叫んでいた。
「オラぁぁぁ! 私の魔法はアダマンゴーレムにも通じるんじゃぁぁ!」
周囲のテンションもあがる。
「うぉぉぉぉッ! マ・ア・ル! マ・ア・ル!」
マール・コールが巻き起こる。俺は心のメモ帳にこっそり情報を足した。
『マールは酒を飲むと性格が変わる』
再び一人になった俺のそばにはドラミが来ていた。
「シュージ、あいつラも言葉が通じなイ。つまんないかラ、かまエ!」
ここまで偉そうな「かまってちゃん」など見たことない。たらふく飯を食ったこいつは暇を持て余していた。そのくせ、明日はあれが食べたい、これが食べたいと俺に要求してきた。
「お前の頭には食い物のことしかないのか」
ため息をついた俺に、ドラミは腹を立てたらしく、「失礼だゾ!」「山のことも考えていル!」などとすごい勢いで反論してきた。
ドラミとじゃれあっていると、ふと視線を感じる。振り向くとミヅキと目が合った。彼女はすぐに目をそらして、隣にいたマリンさんとなにやら話始めるが、しばらく見ているとまた目があう。
「そうだよなぁ、今回はあいつを一番にほめてやらないと駄目だよなぁ」
俺が、ちょいちょいと手招きしてやるとミヅキがぱっと顔を輝かせてやってきた。隣に座るように促す。
「ミヅキ、よくやってくれた。お前がいなければ、不可能な案件だった」
ミヅキは照れているのか、俺の隣でもじもじしながらそれを聞いていた。素直に喜びたいのだけど、あんまり騒ぐのもみっともないといったような感じである。
「そこで、支部長とも相談したのだが、今回の功労者であるお前とドラミには特別に報奨金を出すことにした」
「えっ! いいのですか?」
「もちろんだ。それでミヅキ。お前はこの町に路銀を稼ぎに来たと言っていたが、十分な額が手に入ることになる。これで武者修行を再開できるのではないか?」
それを聞いたミヅキは、顔から血の気がサーっと引いた。見るも哀れな感じになった。
「えっと、前もお話したのですが、別に私は武者修行が目的ではなく……、それって出て行けってこと……、えっ? えっ?」
「というのは、嘘でこれからもよろしく頼む」
俺がにやにや笑うとミヅキも察したようだ。顔を紅潮させて、俺の胸板をげんこつでバシバシ叩いてきた。
「もうッ! もうッ!」
ドラミはそんなミヅキを見て笑っていた。
俺も誰にともなく、つぶやく。
「とにかく」
お疲れさま。