守護神の最期
49名の冒険者を引き連れて、ついにアルタルにやってきた。
前回と同じように小高い丘の上から、街を見下ろす。目抜き通りの真ん中に、アダマンゴーレムが膝をたてて座っているのが見える。アダマンゴーレムを見るのが初めての冒険者も多いらしく、声をあげて感心しているものもいる。
「よし、みんな聞いてくれ! 俺がアダマンゴーレム討伐の責任者カザミ・シュージだ。ここからは俺の指示に従って作戦を進行してもらう。命令違反者には、報酬は一切ださないからそのつもりで! さらには契約書にあったとおり、罰金も支払ってもらうから覚悟するように!」
さっきまで騒いでいた冒険者たちは静まり返っていた。
「では、もう一度作戦概要を説明する。主戦場は都市アルタルの城門前に広がる平野だ! そこでマリンさんからも説明を受けた通り、パーティーの番号順にアダマンゴーレムに攻撃を加えて注意を引き付けながら、時間を稼いでもらう! 途中でけがをしたものは後方に撤退して、救護班に手当を受け、問題無いようなら戦線に復帰だ。以上、いたってシンプルだが、なにか質問はあるか!」
しばらく、冒険者たちを眺めていたが、誰も手を挙げない。
「よし、では主戦場に移動する!」
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戦闘の最初は、静かな立ち上がりを見せる。
前回の調査と同じように、ドラミがアダマンゴーレムを城門前の平野まで「釣って」来た。あらかじめ『一閃』の集中を済ませていたミヅキが、すれ違いざまにドラミを追ってきたアダマンゴーレムの足を斬りつける。
ざっくりと膝のあたりに刀傷をつけられたゴーレムは、大きくよろめいた。
「おおーっ!」
冒険者たちからも感嘆の声が上がる。
幸先のいいスタートだ。
ゴーレムは、よろめきながらも態勢を立て直し、ミヅキの方へと攻撃目標を変更しようとする。だが、ミヅキ達の『一閃』パーティーはすでに撤退を始めており、それを追撃しようとしたゴーレムに、別のおとりパーティーが攻撃を加える。
ゴーレムは逡巡した後、直近で攻撃を受けたおとりパーティーに向かっていった。
「よし、そのまま続けてくれ!」
こうやって、アダマンゴーレムの攻撃を複数のパーティーに分散させることで、ミヅキに攻撃が行く頻度を減らし、また『一閃』を放つための時間を稼ぐのだ。
八方から攻撃を受け、狙った目標に振り向いたときには相手は逃げている。アダマンゴーレムはこちらの迅速な動きに対応できずに複数のおとりパーティーの間を行ったり来たりしている。狙い通りである。
俺は特に何もしなかった。代わりにドラミが戦場を支配していたように思う。
ドラゴニカの少女は空から状況を見ながら、ミヅキが集中を終えると、ゴーレムにうるさく突っかかっていった。それを見て、おとりパーティーの魔術師は攻撃を一旦中止する。必然、ドラミに注意が向いたゴーレムは彼女に襲い掛かる。だが、ドラミは落ち着いた様子でそれをかわしながら、ミヅキの近くにうまくゴーレムを引っ張っていく。
ミヅキは自分の近くにゴーレムが来ると、絶妙のタイミングで『一閃』を放った。だが、ゴーレムが横を向いていたり、後ろを向いていたり、あるいは暴れていたりして、なかなか思った位置に『一閃』を叩きこむことができないでいた。
しばらくするとゴーレムの体の表面は、ミヅキのつけた刀傷でボロボロになった。だが、致命的な一撃を叩き込むまでには至っていない。『一閃』は強力だが、攻撃範囲が狭く、アダマンゴーレムの分厚い装甲を貫くまでには至っていない。現在、ミヅキにはゴーレムの機動を封じさせるために脚を狙わせている。だが、それもなかなか難しいようだ。
逆にこちらに被害も出始めている。おとりパーティーの盾役の一人が、仲間を守るためにアダマンゴーレムの薙ぎ払った腕を防ごうとした。いや、正確には盾をつかってうまく攻撃をそらそうとしたのだ。だが、吹き飛ばされ、盾ごと両腕の骨をへし折られていた。彼は急いで救護班のいる場所まで連れていかれたが、俺はそれを見てあらためて叫んだ。
「防ぐのは地面に拳をたたきつけたときに飛び散る石などだけでいい! 直接攻撃は掠るのもダメだ! 絶対くらうな!」
そうしている間にも、ゴーレムは次の行動を見せていた。両腕を顔の前で交差させたのである。事前に俺から説明を受けていた冒険者たちは総毛だった。
「光線がくるぞ!」「かわせ! かわせ!」
冒険者たちの間で叫び声が上がる。力を溜めたゴーレムは、取り囲む冒険者たち全てに向けて薙ぎ払う様に光線を浴びせかけた。
ゴーレムの首がぐるりと一周する間に、陣形はあっけなく崩された。薙ぎ払うように放たれた光線を、みんな、命からがらかわしたといった具合だった。中には直撃を受けた冒険者もいたようで、そいつは膝から下しか遺体が残らなかった。もちろん、治療は不可能である。情けない話、俺はそれを見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
そして、こんなものを見せられたら冒険者たちも恐慌におちいって逃げ出すだろう、作戦の続行も難しいかもしれない。そんなことを考えた。だが、俺は彼らをなめていたのだ。あいつらは、ゴーレムに対して、士気を保ちながら果敢に向かっていった。
彼らが『便利屋』とか『傭兵』などという名ではなく、『冒険者』と呼ばれる意味がその時初めて分かった気がした。逆にその姿に勇気づけられる。
「態勢を立て直せ! 同じパーティーに負傷者がいる場合は、救護班のところに運べ! ドラミはいるか!」
「シュージ!」
俺の頭上からドラミが、名前を呼び返してきた。
「いつも頼ってすまない。態勢を立て直す時間を稼いでくれ!」
「まかせロ!」
アダマンゴーレムに対して、高速で突撃していくドラミを見送る。俺は嫌な予感がしてミヅキの姿を探した。
「いない!? どこだ、ミヅキ!」
先ほどまでいた場所に姿がない。
「まさか……」
俺は慌てて駆け出し、あたりを探した。少し離れたところで、ミヅキたち『一閃』パーティーを見つけることができた。だが……。
「ミヅキ!」
パーティーの回復役が、腕をけがした盾役の一人に必死に回復魔術を行使している、その横にミヅキの体横たわっていた。俺は慌てて駆け寄ると、ミヅキを抱き起した。
「お、おお……」
脈も感じる、生きている。
そばにいた『一閃』パーティーの回復役魔術師が教えてくれた。
「光線の爆発の余波で吹き飛ばされ、体を地面にしたたかに打ち付けていました。でも、治癒を施したので大丈夫。もうじき意識も取り戻します」
「そうか。ところでもう一人の盾役の姿が見えないのだが」
「……」「……」
『一閃』パーティーの盾役と回復役は何も言わずに顔を伏せた。つまり、そういうことなのだ。俺は迷った。
「一旦、引くか……」
ミヅキが動けなければ、作戦は続行できない。そう考えたが……。
「大丈夫です。い、いけます!」
俺の腕の中で、ちょうどミヅキが目を覚ました。そして、歯を食いしばると剣を杖がわりに立ち上がった。
「いけるのか、そんな状態で」
「こ、この程度!」
回復役の魔術師がさっとミヅキのそばに来て、さらに回復魔術をかけてくれる。ほんわりした暖かい光をまとわせた手でミヅキのケガの場所に手を当てる。それを見て、俺は冷静さを取り戻した。そして、ドラミの方を見る。
ドラミは、ゴーレムの攻撃をかわしながら適度にハルバードで攻撃を加えていた。ゴーレムは一定の間隔毎に光線を放つが、ドラミは光線が誰もいないところを通過するように、きれいに誘導していた。離れた場所に居ても光線だけは心配だったが、あれなら流れ弾に当たって死ぬこともなさそうだ。
その間に、こちらも態勢を立て直し始める。先ほどと同じようにゴーレムを囲み、おとりパーティーが攻撃を仕掛け始める。冒険者たちは再び陣形を整え始めていた。
ただし、先ほどと変わったことがある。それは、光線が発射されそうになるとおとりパーティーはさっきより早いタイミングで退避し、代わりにドラミがアダマンゴーレムに連撃を加え始めたことだ。
一番怖いのは、光線を全方位に向けて薙ぎ払う様に発射されることだった。それをドラミがさんざんゴーレムを打ち据えて注意を惹き、一人で引き受けた。光線はドラミのいる空中に向けて発射されるため、地上への被害は最小限になった。
そして、ミヅキは愚直なまでに同じことを繰り返した。集中し、力を溜めたら『一閃』を放つ。ゴーレムの体に傷をつけるたびに、冒険者たちから声が上がる。もう、何発『一閃』を放っただろう。途中までは数えていたのだが、今ではそれも意味をなさなかった。予定していた二十一発などとうに超えている。完全な見積りミスだが、どのみち、敵が倒れるまでやるしかないのだ。
似たような状況が続いた。ゴーレムが光線を放つと誰かが死ぬこともあった。だが、誰も逃げ出そうとしない。そんな冒険者たちの気迫が呼び寄せたのか、好機が到来した。
『一閃』がついにゴーレムの膝を切断した。バランスを崩して、半回転し、空を見上げるような形であおむけに倒れたゴーレム。追撃が来ないのを確認したミヅキはゴーレムの至近距離で集中をはじめ、再び『一閃』を放った。
ざっくりとわき腹をえぐり取る一撃。アダマンタイトの装甲が切り裂かれ、内部構造があらわになった。俺はそれを見て叫んだ。
「マール!」
応募者の中に彼女の名前があったのは知っていた。この叫びが届いたかどうかは知らないが、数秒の後、サンダーボルト・ブレイドが装甲のはがれたわき腹を直撃するのを見た。ゴーレムがビクビクとのたうちまわる。
気づけばドラミが、戦場から少し離れていた俺のそばまで戻ってきている。重要な役割を担ってくれた。相当消耗しているのだろう。大きく肩で息をしながら、つぶやいた。
「終わりダ」
その直後、ミヅキがゴーレムの首を切断した。