表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者ギルド災厄級クエスト業務日誌  作者: 神谷錬
案件その2 アダマンゴーレム討伐案件
20/36

決戦前夜

 ほぼ予定通りに、計画が進んでいる。

 アダマンゴーレム討伐に参加した冒険者たちを一旦、クリルナに招集し、事前説明。そして、いよいよ明日、アルタルに向かう事となった。


 俺は自宅のダイニングで、味のよくわからない酒を飲みながら、気持ちを落ち着けていた。もし、失敗したらどうなるのか。頭の中はそれでいっぱいだった。今日、銀行に確認にいったら、アルタルの領主からきっちり2000万Rが振り込まれていた。

 金はすでにもらってしまった。

 この金額でアダマンゴーレムを討伐できると相手に言った。もういいわけは通用しない。失敗すれば、相手も責任を追及してくるだろう。だが、誰も本当の意味で責任なんて取れない。俺が辞職したところで、ゴーレムは動き続ける。もし、クリルナ支部に金があれば依頼料を返還できるのだが、支部の財布はカラッカラなのだから、それも無理だ。あとは、依頼者に必死に頭を下げて許してもらうしかないが、精神的に追い詰められるのはわかりきっていた。


「大規模クエストの責任者が、失踪したり、首くくったり、精神を病んだりするのもよくわかる……」


 もっともこういう仕事を元いた世界でもあった。無茶振りをされて、それに応えられなければ責められるという理不尽。だが、それでも人が死ぬようなことはまずなかった。


「そうか。俺は自分の指示で人が死ぬのが怖いのかもしれない」


 アダマンゴーレムは都市防衛用の兵器だが、その性質上大量破壊兵器の側面も併せ持つ。先のゴブリンラッシュなどとは違う。本当に危険な戦いなのだ。そして、それを押し付けられるように請け負うのが、今の俺だった。


マリンさんはかつてこの仕事を人柱だと言った。

その意味が今になってよくわかった。誰もやりたがらない仕事というのもわかる。アダマンゴーレムを直に見て実感した。俺はこれからああいう化け物と何度も戦っていかなければならないのだ。


軽いめまいを覚える。

ふと、人の気配がした。

顔を上げると、ミヅキが薄手の夜着姿で、少し離れたところに立っている。


「眠れないのか」


「はい……」


「ドラミは?」


「部屋で寝ています」


「座ったらどうだ?」


ミヅキは少し戸惑ったようだが、同じテーブルについた。見れば肩がかすかにふるえている。寒いのか、いや、それとも……。


「お前には期待しすぎてしまっている。重圧になっているのだな」


 ミヅキはうつむく。


「そんなことは……。いえ、やはり緊張します。うまくやれるかどうか」


「許してくれ。お前が居なくては、勝機すら見いだせない」


「そこは……、理解しています。いえ、逆にうれしいくらい」


「うれしい?」


「私は自分の国では、いらない子でした。だから、必要としてもらえるだけでも……」


「それだけ剣が使えて、いらない子もなにもないだろう」


 ミヅキはあきらめたような笑いを顔に張り付けて首を振った。


「『私が前に居た場所』では、一対一で正々堂々と戦って強いこと。それだけがその人の価値でした。そして、私は弱く、価値のない人間だったのです」


おかしなことを言う。


「人の価値は強さだけじゃない。学問でもいいし、料理でもいい。いろんな才能が認められてしかるべきだ」


 ミヅキは同意しながら、それでも肩をすくめてみせた。


「普通の生まれなら、あるいはそうかもしれません。しかし、私はトウエイでも名のある武門の生まれ。強さが全てで、だから、そこから逃げることはできませんでした。ですが、ご存知の通り、私のエクスは致命的なスキを生みます。一対一だと、集中している間に斬られておしまい」


「やはりエクスか」


「エクスは戦いにおいて切り札になることが多いですから。普通に戦っていたのでは、戦闘用のエクスを持つ他の剣士たちにはかないません。魔法を絡めてくる剣士、一振りで十の斬撃を生む剣士、私は彼らに対して自分の力だけで戦わなければなりませんでした。そして、手も足も出なかったのです」


「だから武者修行か」


「はい。……いえ、半分は嘘です。修行に出ろと言ったのは、私の母でした。母はトウエイでも指折りの剣士で道場も持っていました。門下生もたくさんいます。ただ、後継ぎには常に頭を悩ませていました。本来なら、長女の私が継ぐはずなのですが、このありさま。そして、二つ下に妹がいるのですが、彼女は私と違って非常に剣士に向いたエクスを持っていました」


「姉妹どちらに継がせようか迷っていたのか」


ミヅキはかぶりを振った。


「母はすでに妹に道場を継がせることを決めていたようです。でも、トウエイは慣例的に長子が家を継ぐのが普通です。だから、私が邪魔だった。武者修行というのは、体のいい厄介払いです。旅の途中で、私の身になにかあれば、大手を振って妹を後継ぎに指名できます」


「ミヅキ……」


俺が名前を呼ぶと、ミヅキはあきらめたような笑顔をこちらに向けた。


「私が家を出る時の母と妹の目を忘れることはできません。感情もない瞳で見送られて、私はいよいよ棄てられたのだな、と思い知りました。そして、ふらふらと大陸を移動しながらこの町にたどり着いたのです。ちょうど路銀も尽きたのですが、同時に心も擦り切れてしまって。あの路地裏で座り込むと動けなくなりました。今の自分の居場所はこんなに寒く、うす暗く、狭いところなのか、そう思うと涙もでません。おなかもすいていて、だけど動く気力もなくて。そこに声をかけてくれたのが……」


「……」


「最初は、呼びかけられてもわかりませんでした。こんな自分に誰かが声をかけるとは思ってもみなかったからです。だけど、それでも声を重ねてくれて。あれよという間に一緒に住まわせてもらうことにもなって。誰かと一緒に生活するなんて、とても久しぶりですごく楽しくて。でも、ゴーレムを倒せなければその生活も壊れてしまうと知ると、いてもたってもいられませんでした」


「だからエクスを使ったのか」


「はい、可能性はあったので。自慢にもならないのですが、私が『一閃』を使って斬れなかったものは、今のところありません。それに、そんな私のエクスをほめてくれたのも、やはりあなたが初めてだったので、その……」


ミヅキは立ち上がると回り込んで、座っている俺の背後に立った。俺は何事かと若干椅子を引いたため、テーブルと自分の間にわずかな隙間ができた。

ミヅキはその空間に滑り込むように侵入してきて、俺の膝の上に足をそろえて座った。そして、そのまま俺の胸に頭をあずけてくる。


「じ、じつはっ……! ドラミさんが飛びついたり、抱き着いたりするの、見ていて少しうらやましかったのです」


 この少女が上擦った声で話すのも珍しい。俺の膝の上に乗りながら、いまさら「ちょっとだけ、いいですか?」なんて上目遣いで聞いてくる。


「別にかまわないが……」


 俺はミヅキの様子を観察する。


「耳が真っ赤だぞ。照れているのか」


「て、てれてなんかいません!」


 密着したところから、ミヅキの体温を感じる。

 唐突に理解した。

一人で大陸を旅してきたミヅキは他人の体温に飢えていたのかもしれない。


そして、無意識に妻と娘のことを考えないようにしていた己のことも自覚した。思い出してもつらくなるだけだったので知らず封印していたが、ミヅキの体温を感じることでよみがえってしまった。自分の娘も――、「りん」の体も抱きしめると、とても暖かかった。


 帰りたい……。いや、帰るのだ……!


体の中から新しい熱が生まれてくるのを感じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ