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冒険者ギルド災厄級クエスト業務日誌  作者: 神谷錬
プロローグ
2/36

諭吉を出したら怒られた。

ゴブリンどもの姿はもう跡形もない。周囲にその気配もない。木の幹に背中を預けて倒れたままの俺だったが、ようやく我をとりもどすとのろのろと立ち上がる。隣にはさっきの少女がいて、立ち上がると見下ろす格好になる。

俺の身長は172センチ、少女はそれよりちょっと背が低い165センチくらいだろうか。露出が多いせいか、肉付きの良い肌が見える。変な格好だ。コスプレイヤーか? ともあれ、この子は俺を助けてくれたんだよな。


「ありがとう。助かった」


 頭を下げる。命の恩人だ。だが、彼女は「うム」と、うなずいて手のひらをこちらに差し出してきた。


「え?」


 思わず声が出る。


「え?」


 女の子もつられて声を出した。仕方がないので、俺は差し出された手を握った。握手というやつだ。しかし、すぐに振り払われる。


「ちがウ! 助けたラ、なんかくれル! そういうことダ!」


 あー。礼を求めているのか。俺は懐から財布を取り出して、一万円札を彼女に渡そうとする。だが……。


「なんなのダ! こんなピラピラいらなイ!」


 逆に怒られてしまった。よくわからんが、これはお気にめさないらしい。しかし、だったら何を渡せばいい。お礼に諭吉を渡して怒られるとは思わなかった。よくよく考えた末、通勤カバンの中からカロ○ーメイトを取り出して、封を切ってやる。俺がいつも通勤カバンに忍ばせている非常食だ。


「これはどうかな」


 彼女はそれをまじまじと見つめたあとで、首をひねった。俺が差し出したブロック栄養食のにおいをくんくん嗅いだりしている。判断がつかないようだ。食べられるものであることを示すために、俺はそれを一口かじった。咀嚼して飲み込む。


「ほら」


 彼女は不安そうにしていたが、俺が差し出したそれをゆっくり口に含み、もそもそと食い始めた。


「むむム!」


 急に声を上げる。うまかったのだろうか。一気に食いつくした。残りも袋を破って、差し出してやると俺の手から直接たべた。ネコかイヌにでもエサをやっている気分だ。瞬く間にすべてなくなる。


「もうないのカ?」


「ない」


「そうカ! まぁ、いいだろウ!」


 とりあえず、腹が満たされた彼女は俺にこんなことを聞いてきた。


「それで、どこまでいくのダ?」


「どこまでって……。それは俺が聞きたい。そもそもここはどこだ。どこに行けば帰れるのか」


「なんだ、お前、迷子カ!」


 はっきり言ってくれるな……。若干、落ち込んだが、まぁ、そういうことなのだろう。

 俺が見知らぬ場所に迷い込んだのは、理解した。そして、すぐには帰れそうもないことも。こういう時は自分の所在位置をはっきり確認することから始めたい。

 だから、逆に聞く。


「ここはどこなんだ?」


「山ダ!」


 それは知っている!


「なんていう名前の山なのだ?」


「山は山だろウ! 名前なんてどうでもいイ!」


 だめだ、感謝はしているが、この子はアホの子だ。話が通じない。ならば、別の人間に話を聞く必要がある。


「なら、町はどっちにあるかな? 誰かほかの人に会いたいのだが」


 少女はやっと望んでいた質問が来たといった風情で「あっちとあっちダ!」と指をさす。二か所あるのか。どうする。


「それなら、近いほうはどっちかな?」


「んー? あっちだナ!」


 自分が来た道のほうを指さした。


----


 暗い山道を二人で歩く。

 少女は俺の隣を鼻歌まじりで歩いている。こんな暗い山の中なのに、怖がっている様子がみじんもない。


「ところで、名前を聞いてなかったな。俺は風見周史。君は?」


 彼女は元気に答えてくれる。


「ドラミ!」


「ぶッ……!」


 俺は盛大に吹きだした。ネコ型ロボットの妹を思い出したからだ。


「こら、わらうナ! 失礼なヤツ!」


「いや、すまん。知ってる人と名前が同じだったんでな。ところでド○えもんって知ってるか?」


「なんだ、それハ! 美味いのカ!」


 食い物じゃねぇ!


「いや、知らないならいいんだ。ごめんな」


 あの国民的アニメを知らないとは。どこかのコスプレ娘かと疑いもしたんだが、やはりここは日本ではないのか。不安に駆られながら、しばらく無言で歩き続けた。すると、また。


「おイ!」


「なんだ?」


「なんカ、はなセ!」


 急になんなのだ。たしかに無言で連れだって歩くと空気が重くなるけども。


「別に話さなくてもいいだろう?」


 そもそも、そんな気分じゃない。自分のおかれた状況も整理できていない。考えることは山ほどあるし、正直、この少女にかまっている暇はない。

 だが、ドラミは頑固だった。


「よくなイ! 話すのは、ひさしぶリ! もっとはなセ!」


 終始こんな調子だ。


「ワタシは少し前からこの山で生活していル! だけド、誰にも言葉が通じなイ! さみしイ!」


 そんなに堂々と言われても。だけど、変だな。


「言葉が通じない? 君も日本語をしゃべっているだろ? ここは日本じゃないのか」


「ニホンゴってなんダ?」


「う、うむ……」


 別の意味で、言葉が通じない。


 

 暗い森の中を数時間歩いた頃だろうか。こんなに歩くのは何年ぶりだろう。普段は車を使っているせいで、すっかり足を使わなくなって久しい。

 空は明るみはじめている。すでに足は棒のようになっていた。きっと明後日は筋肉痛で苦しむだろう。

 

 急に視界が開けた。峠に出たらしい。眼下に町の姿が見えた。ここからなら、わりと近い。


「おお! 町が見えた! ……のはいいんだが、なんか城壁で囲まれているな」


 とても日本の風景とは思えない。石造りの城壁の中に、家や建物が密集している。こんな町は日本にはない。どこかのテーマパークかと思ったが、そうでもなかった。町の外観からものすごい生活感が漂っている。

 

----


 俺達はようやく町にたどり着いた。遠くから見ているときは城門は閉まっていたが、今さっき、ちょうど開いたようだった。衛兵と思われる槍をもった人間が城門を守っている。


「やっと人のいるところに来ることができた」


 自然と足取りは軽くなるが、城門まであと少しのところでドラミが立ち止まった。つられて、俺も立ち止まる。


「どうした? いかないのか?」


 ドラミは首を振った。


「ワタシはいイ」


 さっきまで、ワハハと笑いながら元気に俺の隣を歩いていたのに、今はとてもしおらしかった。彼女は、くるりと振り返って背中を見せる。


「またナ、シュージ」


 そう言って、背中の翼を広げて空に飛び立っていった。空を舞うように飛ぶ少女が、視界の中で小さくなっていく。俺は彼女の飛んでいる様を唖然としてみていた。

 そして、強く実感した。


 ああ、ここは俺が元いた世界ではないのだ、と。


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